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246GTと308GT4、同じディーノで、どうしてこうも現在の評価が開いてしまったのか。ジェームズ・エリオットがその原因を探ってみる。

大論争の的となった2台の革新的フェラーリ

246GTと308GT4。本当にこの2台のディーノには、名前以外に共通点は何もないのか? そんなことはあろうはずがない。どちらもフェラーリにとっては革新的だったクルマであり、そのため独自のブランドを与えられたほどだ。そして、この2台とも、発売当初から、熱狂的なエンスージァストの間で、果たして本物の跳ね馬の伝統と価値をもっているのかどうかの大論争を巻き起こしたのも事実である。そして、246GTについてはある程度、評価は定まった。とはいってもV12を搭載した同時代のライバルに現在のリセール・バリューで及ぶものではない。そしてもう片方の308GT4は、一部の熱狂的なファンを抱えていることは否定のしようがないものの、相変わらず後継モデルのモンディアルを別にすれば最も安いフェラーリの汚名に甘んじている。

246GTは6気筒であることが、308GT4はベルトーネ・デザインであることが問題だった

では、いったい何が原因だったのだろうか? 246GTの場合は絵に描いたように明白で、V型エンジンにはわずか6本のシリンダーしかなかったからだ。しかも、このカッコウの卵のようなエンジンは搭載場所も誤っており、なんと運転席の後部、すなわちミドシップであった。それに加えて、マウントは横置きだった。これらは全て嘆かわしいほど非フェラーリ的であり、フロント・エンジンが当たり前の当時は到底容認できなかったのだ。

ゴージャスなピニンファリーナのラインはクーペのGTで最高に魅力的。


308GT4もフェラーリ・エンスージァストの許容範囲を超えていた。ミドにV8エンジンを搭載していることは、すでにフェラーリ・ファンの理解を得られていたが、そのスタイリングは終身刑ものだったのだ。黎明期のコーチビルダー時代を含めても唯一のベルトーネのデザインによるマラネロのクルマであり、このクルマを非難する人たちは、なぜ、それ以後、彼の手によるフェラーリが登場していないかを、大きな理由としている。この折り紙のような大胆なボディ・ラインは、フェラーリでお馴染みのふくよかな曲線からはあまりにもかけ離れていたのである。

V8エンジンと4座シートが2.55mのホイールベースに押し込まれている。


もっとも、もろ手を挙げて評価されなかったことだけがこの2台の共通点ではない。この2台は本物のライバルであり、それは路上でもガレージでも場所を選ばない。実を言うと、246を即金で買える財力の持ち主ならこの記事を読んでも何も動揺することはなく、代わりに308を買って残りの金額を預金しようなどということはありえないだろうし、また市場の誰も、308の価値を£130,000(1,690万円)相当に見直した上であえて246を選ぶわけはない。

意外と多くの共通点を持つ2台のディーノ

しかし308GT4は本当に246GTの1割程度の価格のマシンでしかないのか? この見落とされている2+2を買った人ははるかに高価な兄弟分とほとんど同等のドライバーズカーを入手したことにはならないのか? この2台は外見以外は多くの共通点を持っており、何よりもその製造時期が重なっているのだ。販売された台数もほとんど同じだし、外寸も驚くほど近く、0-97km/h加速は0.5秒以内の差に収まるし、最高速度の差も5km/h程度でしかない。そして両方ともコメンダトーレ・エンツォ・フェラーリからは不興な存在だったのだ。

当然ながら先に出たのは246だった。ディーノというブランド名が付けられたのは、夭折したエンツォの息子にちなんだものであると同時に、この廉価なスポーツカーを志向していたクルマを「本物の」12気筒のフェラーリと意識的に区別するためであった。マラネロは「ほとんどフェラーリ」として売り出していたが、大量の解雇者を出していた当時のこのフレーズは現在見れば滑稽でもあるものの、ディーノの誕生の苦しみを強調するには実に効果的であった。

繊細なクロモドラ製アロイホイール。

記録的な販売台数を達成した246GT

ピニンファリーナによるプロトタイプの206が1966年のトリノ・モーターショーで成功を収めた後、翌年になってフェラーリはこのクルマの製造に乗り出し、アルミ合金製のボディ・スキンは主にスカリエッティによって製造された。鋼鉄ボディの246(より大排気量で鉄製ブロックのV6を搭載)が2年遅れてそれに続いた。ディーノは74年まで販売が続けられたが、そこにはフェラーリの思惑を遥かに超える販売量という理由があった。フェラーリの権威をもって任じる人の好みには合わなかったかも知れないが、それ以外の誰もがこのクルマを愛し、その販売台数は記録的な数字に達したのだった。

フェラーリに格上げされた308GT4

議論の的となった2+2の兄弟分が加わったのは1973年のパリ・モーターショーでのことだ。こちらのクルマは7年間製造され、1976年には好評を得たためフェラーリ本来のエンブレムが付けられることになった。デザインを実際に担当したマルチェロ・ガンディーニがそれほどの工夫を凝らしていないのは、この308GT4の図面をその前の仕事であるランボルギーニ・ウラッコのものと比べてみれば一目瞭然であり、これがフェラーリの気に入らなかったのは、トップ・デザイナーから外されたピニンファリーナが腹を立てていたのと、正に同様であった。シャーシは246の鋼管スペースフレーム構成をストレッチしたもので、さらに兄貴分のその他の(フェラーリにとって)先進的な機能もそのまま受け継がれたが、その中でも4輪ディスク・ブレーキとラック&ピニオンのステアリングは特筆に価する。

V6の宝石は’69年に登場した246を機に1987ccから鉄製ブロックの2418ccになった。


エンジンは別として、この2台のディーノはメカニズムとしてはかなりの部分を共有しており、4連ウェーバー製キャブで吸気する4カムV8の、3連ウェーバーV6に対する出力上の優位は、246の重量上の利点をもってしてもそれを打ち消して十分なものだった。これは予想よりもはるかに僅差の激戦かもしれない。

対象的なルックス 大接戦のインテリア

しかし、低く構えたしなやかな曲線で構成されたスポーツ・レーサーという、246が当然のごとく勝ち得ている不滅の美学的評価は、もしかするとルックスの領域の問題ではないかもしれない。全てのイコンとなった古典的名車のほとんどと同様に、そのシェイプは実に魅力的だ。それに比べGT4はむしろ古さを感じさせる。切れのよい清潔なラインは控え目で、記憶にあるほど鋭いものではない。さらにシェイプには見事なシンメトリーが存在しており、特に真横から見ると、思い切り角度のついたグラスと細いピラーのためにそれがよくわかる。しかし、冷静にじっくりと見てゆくと、このデザインもなかなか魅力的であることに気がつく。あと2+2であることも忘れてはならないところで、特にモンディアルのいかにも収まりの悪そうなシルエットに比べたら、308GT4のパッケージングのほうがはるかに完成度が高いことは納得していただかねばなるまい。

マラネロの新しい赤子にフェラーリのブランドは付かなかった。


インテリアの戦いはまさに大接戦だ。246のほうがより質素で、3本のレバーがほとんどの機能を担当し、シートとヘッドレストは今回の1972年式の個体でもまだプラスチック製だ。これは現在となっては本当にレアなもので、動作可能な8トラックのプレイヤーと同じくらい珍しい。室内はスタイリッシュかつ快適で、ダッシュボードの正面にずらりとメーターが並んでいるのが印象的だ。また予想よりも車内は広く、閉じ込められたように感じることは決してない。

ほとんど同じことはGT4にも当てはまる。ホイールベースが延長されているにも係わらず、2+2のレイアウトのせいで、わずかではあるが足元はこちらのほうが狭い。リヤのジャンプシートはなんとか実用になるもので、私は写真撮影後40マイルをこの後席で過ごしたが、特に不快に感じることはなかった。しかしGT4で特に心を動かされるのは今までに見た数あるクラシックカーの中でも最高のひとつに数えられるダッシュボードだ。運転席に座るとまるで漫画「未来飛行士ダン・デア」の主人公が土星に向かって宇宙飛行しているような気分であり、真正面の主要なメーターはブラシ研磨のアルミ製フェイシアに収まっていて、補助メーターは理想的な角度でドライバー側を向いている。実に素晴らしく居心地のいい場所だ。

308GT4の引き締まったV8サウンド

始動すると背後のV8がわずかに気になる程度の音を奏でるが、サウンドのほとんどは4本出しのテールパイプを経由したものだ。とは言っても3ℓエンジンの引き締まったボンゴのようなビートを感じさせるには十分な音量であり、世界がいつの間にか慣れ親しんでしまったその辺のたるみきったV8とは全く違った音質である。

ギアボックスに関しては全くのフェラーリであり、それらしからぬところは何もない。多少重いクラッチと長いレバーの操作はそれなりの労働を要求するが、トレードマークであるオープン・ゲートの5本指の間を行き来するギア・チェンジは素早く、オルガン型ペダルのスロットルを踏み込めばウェーバーに一気に燃料が供給され、気持ちのいいペースで走り出していく。

「星型」のアロイホイールは80年代のフェラーリに一貫して使われ続けた。


ステアリングは実に楽しめる。軽くて素晴らしくシャープで、細めのモモ製ホイールを通じてまさに適正な量だけの重みとフィードバックが返ってくる。このダイレクト感に加えて見事なハンドリングが備わっており、重量級とはほど遠いGT4を軽やかな足取りで走らせ、連続するアペックスへ短距離走者のように突っ込み、ヨハン・ブレークのような軽快なフォームでコーナーを鮮やかに抜けていく。パワフルでしかも実に優雅だ。

最大の驚きは乗り心地だった。予想外に柔らかく、よほどハードに攻め込まない限り実に快適であり、このジュニア・スーパーカーはそれでいて足元が引き締まっていて、反応を要求されたときにわななくようなことは絶対にない。全てのミドエンジンのクルマと同様に、無作法な扱いをすれば即座に鋭い牙を剥いてくることは間違いないが、敬意を持って扱えばたとえぎりぎりまで攻め込んでも限界を越える前に穏やかなスライドではっきりと警告を与えてくれる。

シンプルなスポーツカー、246GT

246GTに比べ308の方が後に生産されているのは、明らかに246に有利に働く。なぜなら通常、1960年代に誕生した246のほうが、優れた走りをするとは、とても想像できないからだ。もっともその差はわずかなものでしかない。乗り心地は硬めだが、こちらを好む人もいるだろうし、しかもクラッチは軽く、ステアリングはこちらのほうがさらに甘美かもしれない。ギアボックスのフィールはほとんど同一で、シフトレバーの位置は高めだが運転席からは遠い。しかし、これは右ハンドル仕様のせいかもしれない。246のほうが着座位置がかなり低く、このためにもともとコンパクトなクルマが一層小さく感じられる。大きなアーチを描くフロント・ボンネットの峰をながめながら、ラインをトレースして行くのは極上の楽しみに違いない。実用性で優るGT4は、2+2としては魅惑的な優れたスポーツカーではあるが、246にはそのような但し書きは無用だ。このクルマは要するにプレーンでシンプルなスポーツカーに徹している。そしてその点では最高級の存在だ。確かに、もう少しパワフルであったならと思うこともあるかもしれないが、しかし大排気量のエンジンはこの特筆に価するバランスを崩す危険があり、また見事な敏捷性を損なう可能性もある。

254ps/7700rpmを発揮するV8ユニット。


初代ディーノはちょっと特別なクルマだ。価格が£15万(1,950万円)かそれ以上に向けて急上昇しているという事実は、お買い得とは言いがたいが、246はそういうクルマなのだ。フェラーリというリーグの中にあって、独自のポジションにあるのはGT4も同様だが、こちらは滑稽なほど安値な評価がなされている。その風潮は確かに評価の高いデイトナとは真っ向から反するものかもしれないが、それがこのクルマの個性であり、だからといって、クルマそのものの面白さが劣るわけではないのである。

ディーノの名前は戻ってきた。

ほぼ互角の内容 だとしたら308GT4はバーゲン・セール

GT4はその先輩と同等の評価は受けられないかもしれないが、それ以外の点ではどこを取ってもほとんど互角である。というわけで、伝説のイコンである246とほぼ互角の素晴らしい走りを見せる宝石がわずか1割の値段なら? 単に最も不当に過小評価されているフェラーリであるだけではなく、もしかしたら全てのクラシックカーの中でも最も真価を認められていないクルマかもしれない。-