[Playback!] レアルとバルサの両方でプレーした10人の偉大なフットボーラー

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今週末に予定されているレアル・マドリー対バルセロナのクラシコ。

マドリーの消化試合が1つ少ないが、いわゆる「6ポインター」であることに変わりはない。マドリーが勝利すればリーグ制覇をより確実なものとし、バルセロナが勝利すれば逆転での優勝に望みを残す。

いずれにしても、全世界が注目する大一番となるはずだ。

そこで今回は、過去の記事をプレイバック!

マドリーとバルサの両チームでプレーした選手の中でも特に優れた10人の選手をご紹介しよう。

GK:リカルド・サモラ / Ricardo Zamora

国籍:スペイン
生年月日:1901/01/21 - 1978/09/08

バルセロナ:1919 -1922年
レアル・マドリー:1930 - 1936年

スペインの伝説的ゴールキーパー。第二次世界大戦前に活躍した神話的プレーヤーだが、その名はリーガ・エスパニョーラの年間最優秀GK賞にもつけられており、「サモラ賞」でお馴染み。アントワープ五輪では銀メダルに輝き、1934年ワールドカップ大会では開催国イタリア相手にスーパーセーブを連発したといわれている。スペイン、バルセロナ出身。

MF:ベルント・シュスター / Bernd Schuster

国籍:ドイツ
生年月日:1959/12/22 (57歳)

バルセロナ:1980 - 1988年
レアル・マドリー:1988 - 1990年

華麗なタッチとファンタジー溢れるプレーで世界を沸かせたテクニシャン。レアル・マドリーとバルセロナの両クラブでそれなりの実績を残しタイトル獲得に貢献した数少ない選手で、いわゆる“禁断の移籍”も体験。2007年から2008年にかけレアル・マドリーの監督に就任しているが、バルセロナ戦の通算成績は2戦2勝。サッカー解説者としてお馴染みの亘崇詞氏の子供の頃のアイドルなのだとか。ドイツ、アウクスブルク出身。

MF:ミカエル・ラウドルップ / Michael Laudrup

国籍:デンマーク
生年月日:1964/06/15 (52歳)

バルセロナ:1989 - 1994年
レアル・マドリー:1994 - 1996年

「デンマーク史上最高」の呼び声高きレジェンド。ヨハン・クライフ率いる「ドリームチーム」でも中心として活躍し、1991-92シーズンには史上初となるバルセロナの欧州制覇に貢献。1994年に“禁断の移籍”でレアル・マドリーに移籍し、「クラブを跨いでのリーグ5連覇」という変わった記録を樹立した。なお、ヴィッセル神戸でもプレーしたことで知られるが、マドリーからの移籍だった。デンマーク、コペンハーゲン出身。

FW:ゲオルゲ・ハジ / Gheorghe Hagi

国籍:ルーマニア
生年月日:1965/02/05 (52歳)

レアル・マドリー:1990 - 1992年
バルセロナ:1994 - 1996年

「カルパチアのマラドーナ」の愛称を持つ、ルーマニア史上最高の10番。いわゆるファンタジスタタイプの攻撃的MFで、1994年のアメリカW杯ではドーピングで大会を追放された本家マラドーナを尻目に大活躍。その大会でのイメージがどうしても強いが、レアル・マドリーへの移籍は1990年大会直後のこと。なかなか本領を発揮できずブレッシャへと活躍の場を移し、1994年大会の直後にバルセロナへと渡っている。ルーマニア、サチェレ出身。

MF:ロベルト・プロシネツキ / Robert Prosinečki

国籍:クロアチア
生年月日:1969/01/12 (48歳)

レアル・マドリー:1991 - 1994年
バルセロナ:1996 - 1997年

鋭い切り返しでピッチを駆け抜けた、“バルカンの黄金銃”。レッドスター・ベオグラードでその名を知らしめると、1991年にレアル・マドリーへと移籍。期待されたほどの活躍はできず3年で退団したが、レアル・オビエドで再び評価を高めると今度はバルセロナへと移籍。しかし、どちらのチームでもリーグ優勝を達成することはできなかった。現在は指導者に転向しており、アゼルバイジャン代表の監督を務めている。ドイツ、シュヴェニンゲン出身。

MF:ルイス・エンリケ / Luis Enrique

国籍:スペイン
生年月日:1970/05/08 (46歳)

レアル・マドリー:1991 - 1996年
バルセロナ:1996 - 2004年

常に「全力プレー」で戦ったファイト溢れるクラック。ヒホン出身でスポルティング・ヒホンで台頭すると、レアル・マドリーへとステップアップ。5シーズンで安定した成績を残すと、今度はバルセロナへ“禁断の移籍”を果たした。当初は多方面から集中砲火を浴びたが、その人柄とプレーでクレの信頼を勝ち取るだけではなく数多くのタイトル獲得に貢献。現在ではバルセロナの監督に就任しており、2014-15シーズンは就任1年目にして三冠という偉業を成し遂げた。スペイン、ヒホン出身。

MF:ルイス・フィーゴ / Luís Figo

国籍:ポルトガル
生年月日:1972/11/04(45歳)

バルセロナ:1995 - 2000年
レアル・マドリー:2000 - 2005年

ドリブラーにとってスピードが不可欠なものではない―、そんなことを世界に証明して見せた魅惑のドリブラー。2000年夏、バルセロナの中心選手でありながらレアル・マドリーへと“禁断の移籍”を果たし、クレからは「守銭奴」と呼ばれその反発は社会現象に。カンプ・ノウで行われたクラシコでは、コーナーキックに向かうフィーゴに対して無数のペットボトルや豚の顔の皮が投げられ、試合がおよそ10分中断したほど。カルレス・プジョルらの説得によりようやく試合は再開されたが、こうした状況にあってもフィーゴはボールを離さずこのコーナーキックを蹴ることにこだわった。ポルトガル、アルマダ出身。

FW:ロナウド / Ronaldo

国籍:ブラジル
生年月日:1976/09/22 (40歳)

バルセロナ:1996 - 1997年
レアル・マドリー:2002 - 2007年

「史上最高のストライカー」の呼び声高き、フェノーメノ(超常現象)。PSVでゴールを量産し1996年にバルセロナへと移籍すると、加入1年目ながら37試合34得点と大暴れしバロンドールなど個人タイトルを総なめに。魅惑のパサー、イバン・デ・ラ・ペーニャとのコンビは相性抜群だった。インテル時代に右膝靭帯部分断裂の大怪我を負うも、なんとか復帰し2002年のワールドカップでは得点王に輝く。大会後、レアル・マドリーへと移籍。フェルナンド・モリエンテスを追い出す形となったがリーガの得点王に輝き、スペインの2大クラブでこのタイトルを獲得した数少ない選手となった。ブラジル、リオデジャネイロ出身。

FW:サミュエル・エトー / Samuel Eto'o

国籍:カメルーン
生年月日:1981/03/10(36歳)

レアル・マドリー:1998 - 1999年, 1999 - 2000年
バルセロナ:2004 - 2009年

CLを3度制すなど、数々の実績を手にしたカメルーンのストライカー。レアル・マドリー・カスティージャ出身だがトップチームではなかなかプレーできず、移籍先のマジョルカで覚醒。2004年にバルセロナへと移籍すると、ロナウジーニョらとともに魅惑の3トップを組みエースとして長く活躍した。2008-09シーズンにはペップ・グアルディオラの構想外であったが、実力でポジションを奪いチームの三冠に貢献。レアル・マドリーに滅法強かったのも、ある意味皮肉である。カメルーン、ドゥアラ出身。

FW:ハビエル・サビオラ / Javier Saviola

国籍:アルゼンチン
生年月日:1981/12/11 (35歳)

レアル・マドリー:2007 - 2009年
バルセロナ:2001 - 2004年, 2004 - 2007年

2001年に開催された自国開催のワールドユースで得点王とMVPに輝いた、“エル・コネホ”。大会後にバルセロナへと移籍すると、パトリック・クライファートとの補完性ある2トップでカンプ・ノウのサポーターを大いに沸かした。しかし、フランク・ライカールトの就任以降は構想外となり、モナコやセビージャへとローン移籍が続き、2007年にレアル・マドリーへと移籍。現時点では、この両チームでプレーした最後の選手である。アルゼンチン、ブエノスアイレス出身。

なお、レアル・マドリーとバルセロナの両クラブでプレーした選手は他にもいる。

例えば現スペイン代表監督のフレン・ロペテギも両チームに在籍。出場機会には恵まれなかったが、バルセロナではルイス・エンリケやジュゼップ・グアルディオラ、ローラン・ブランらとともにプレーし、当時のチームにはジョゼ・モウリーニョもいた。