“天才”小野伸二と「一緒にプレーできたことは誇り」 帰還果たす盟友へ、浦和MFが語る固い絆

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平川にとって無二の親友であり「スーパープレーヤー」 札幌の一員として古巣浦和と激突へ

 コンサドーレ札幌の元日本代表MF小野伸二は、22日のリーグ第8節で古巣の浦和レッズと埼玉スタジアムで対戦する。

 小野と同郷であり清水商業高校(当時)でもチームメートで、浦和でも共にプレーした同じ1979年生まれのMF平川忠亮が、改めて無二の親友である小野について「一緒にプレーできたことを誇りに思う選手」と語っている。

 小野は1998年に浦和に加入すると、すぐに主力として君臨。その年の6月に開催されたフランス・ワールドカップにも最年少で出場した。平川は筑波大学に進み、ユニバーシアード日本代表の主将も務めると2002年に浦和へ加入。しかし、その当時小野はフェイエノールト(オランダ)に移籍しており、ともにプレーしたのは2006年と07年の2シーズンだったが、リーグ優勝、そしてAFCチャンピオンズリーグ制覇を果たした当時のチームにおいても、絶大な存在感があったと話している。

「伸二は小さい頃から知っていたし、同級生だけど、常に引っ張っていってくれる存在だった。稀なスーパープレーヤーですよね。当時のレッズはチームのメンバーも充実していて、誰が出ても優勝するチームだったと思うけど、その中でも一際目立つプレーヤーだったと思います。やっぱり、あのタイトルも伸二がいたからこそ、というのがあると思いますよ。一緒にプレーできたことを誇りに思う選手です」

もし今の“ミシャレッズ”に小野がいたら…

 当時の浦和はブラジル代表歴を持つFWワシントンが絶対的な点取り屋として君臨し、トップ下にはMFロブソン・ポンテも在籍。他にもFW田中達也、FW永井雄一郎などが前線に構え、中盤には現日本代表主将のMF長谷部誠やMF鈴木啓太も在籍。まさに多士済々のメンバーが揃っており、小野と言えどもスタメンが保証される存在ではなかった。それと同時に、ギド・ブッフバルト、ホルガー・オジェックといったドイツ人指揮官の下で、浦和は比較的ボールポゼッションよりもカウンターを武器にするチームだった。

 それだけに、現在のミハイロ・ペトロヴィッチ監督が推し進めるパスとコンビネーションを重視するサッカーの中に小野がいたらーーという“たられば”も、想像したくなる面がある。平川は「もちろん、たらればですけど」とした上で、「伸二がいたらと考えると、いろいろなプレーが想像できますよね」と笑みを浮かべた。

 平川は小野と「1週間、連絡を取らないことはないですよ」とした上で、相手チームの選手として迎えるゲームについてこう話す。

「普段は、もちろん違うチームの選手としてチーム状況やサッカーの中身の話をしないのは暗黙の了解だし、試合の90分間は相手として厳しいプレーもしなくてはいけない。でも、試合終了の笛が鳴った時点で仲間に戻れるし、それが揺るがないだけの絆がある。元気に埼スタに来てほしい」

「J1のトップでやるのは厳しい時期だけど…」

 日本サッカー界の中で“黄金世代”と呼ばれる79年組の中でも、1999年のナイジェリア・ワールドユース(現U-20ワールドカップ)準優勝の中心メンバーであり、小野はその中心的な存在としてプレーしてきた。平川もまた同級生でありながら、小野の背中を見てプレーしてきたという。そんな彼らも、今年38歳の誕生日を迎える。小野はここまで公式戦3試合の出場でフル出場はなく、平川はまだプレー機会をつかんでいない。平川も「J1のトップでやるのは厳しい時期にある」と認めた上で、それでもできることがあると話す。

「お互いに今年38歳になるけど、この経験を生かして伝えていくことはまだまだできる。僕もそうだし、伸二にもチームを引っ張っていってほしいですよね」

 盟友の平川と小野が、ピッチ上で対峙する機会が訪れるかは分からない。それでも、平川は小野と再会することを楽しみにしている気持ちを話した。小野にとってリーグタイトルやアジア王者を決めた思い出のある埼スタでの古巣対決は、どのような結末を迎えるのだろうか。

【了】

轡田哲朗●文 text by Tetsuro KUTSUWADA

ゲッティイメージズ●写真 photo by Getty Images