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【映画を聴く】『スウィート17モンスター』前編
共感しかない、超リアルな青春映画

“17歳”というのは、16歳ほど子どもではなく、18歳ほど大人でもない。その字面からしていかにも鋭角的で、割り切れない奇数というのも思春期特有の不安定な感じを象徴するかのようだ。17歳の主人公を題材にした物語や歌はこれまでも数限りなく作られてきたし、その主人公たちは例外なくそれぞれの置かれた立場や境遇に居心地の悪さを覚え、そこから抜け出そうとしている。この『スウィート17モンスター』は、そんな“17歳もの”の新たな傑作として、多くの共感を得るに違いない青春映画である。

これって誰トク!?の大変さ。思春期のコドモは複雑すぎる!

原題は『The Edge of Seventeen』といって、主人公のネイディーンはそのタイトル通り、とにかくトンガった17歳。何をやっても優秀な兄に対するコンプレックスから、やり場のない不満や怒りを大人たちに日々ぶつけまくっている。幼なじみで親友のクリスタが、あろうことかその兄と恋に落ちたことで完全に孤立してしまったネイディーンは現実と直面せざるを得なくなり、こじらせながらも大人になることを学んでいく。

音楽は、往年のグラムロックを現代的解釈で鳴らすザ・ストラッツ、早熟の女性シンガー・ソングライターであるバーディー、オランダのバンドのハンサム・ポエッツから、ベックやエイミー・マンといった有名どころまで、同時代的なアーティストが中心。その隙間をアイスランドの映画音楽家、アトリ・オルヴァルッソンのメランコリックなピアノ曲が補っている。

そんな中で印象的なのが、ネイディーンが父とカーステレオで聴くビリー・ジョエルの「You May Be Right」だ。17歳になる前のネイディーンにとって数少ない理解者だった父が好きなこの曲は、「君が正しいのかも/僕がクレイジーなのかも/でもそんな変人こそ君が探している誰かかもしれない」といった内容が歌われている。自分が間違っているのか? 他人がみんなバカなんじゃないか? そんな自意識ばかりが邪魔をして、人とつながりたいのに素直になれないネイディーン。「この人はこういう人だ」と決めつけて、問わず語りを繰り返す彼女を優しく肯定するようなこの歌は、父からネイディーンへあてた“遺言”のようにも聴こえる。

ケリー・フレモン・クレイグ監督は、本作の脚本を4年の歳月をかけて完成させたという。“思春期あるある”として、思春期を通り過ぎた人なら誰でも共感できるエピソードを並べるだけでなく、多角的かつ重層的な見方ができる奥行きと深さが周到に準備されている。音楽の使い方にもひとつひとつに明確な意図が感じられ、いくらでも深読みのできる作品になっているから凄い。

後編「女優と歌手を軽やかに往来する新世代の最注目株!」へ続く…