【アニメ・ゲームの“中の人”】第12回:アニメーター・田中紀衣 ロングインタビュー!

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クリエイターの生の声をお届けする本連載。第12回はアニメーターの田中紀衣さん。田中さんは「ダンボール戦機ウォーズ」、「アブソリュート・デュオ」、「この素晴らしい世界に祝福を!2」に総作画監督で参加。「ハンドレッド」では総作画監督とキャラクターデザイナーを務め、実力派の若手アニメーターとして業界内外から注目されている。当インタビューでは影響を受けた作品、経歴、仕事に対するこだわり、アニメーターに求められる資質能力、今後の目標などについてうかがった。

 

「鋼の錬金術師」でアニメーターを知る

 

─本日はまことにありがとうございます。早速ですが、田中さんが影響を受けた作品を教えていただけますか?


田中紀衣(以下、田中)子供のころはBS2衛星アニメ劇場でやっていた「女神候補生」(2000)がすごく好きでした。その時はまだアニメーターという仕事を知らなかったんですけど、当時は影響を受けていました。アニメーターの千羽由利子さんがキャラクターデザインをされた「鋼鉄天使くるみ」(1999〜2000)もよく観ていて、アンドロイドのかわいい女の子がいっぱい出てくる、そういった作品の絵柄にも憧れていました。


アニメーターという仕事を意識するきっかけになった作品は、学生の時に観た水島精二監督の「鋼の錬金術師」(2003〜04)です。アニメ雑誌などで初めて原画を見て、「描いている人が色をつけるんじゃないんだ」、「絵の素を作る人がいるんだ」と驚きました。アニメーターになってからも、影響を受けた作品はたくさんあるんですが、最初に衝撃を受けたのは「鋼の錬金術師」ですね。


―尊敬している人は?


田中 私が「心の師匠」と勝手に思っている人なんですけど、「ダンボール戦機ウォーズ」(2013)のキャラクターデザインをされた西村博之さんです。この作品で初めて西村さんのお仕事に私も総作画監督で参加させていただいたのですが・・・すごい、すごい方なんです!


理想のアニメーター像って人によって違うと思うんですけど、西村さんが私の中の理想像に近いんです。とにかく手が早くて、修正量がすごいんです!! 何でも描けて、なおかつ個性もあって、動きもできる、非の打ちどころがありませんよ。誰が一緒に仕事しても好きになるお人柄だと思います!

 

美少女や子供向けの作画、感情芝居が得意

 

―お得意な作画やお好きな作画は?


田中 女の子が出てくる作品や子供向けの作品は、ずっとやってきたのもありますし、私自身楽しく仕事できますね。


―田中さんの参加作品には女の子の胸が揺れたり、下着が見えたりするのもありますね。そういった表現にご抵抗は?


田中 全然ないですし、もっとみんなテンションを上げて描いてほしいと思います(笑)。


―「アブソリュート・デュオ」(2015)、「ハンドレッド」(2016)、「この素晴らしい世界に祝福を!2」(2017)には魅力的な美少女キャラがたくさん登場しますが、顔だけでなく、胸や体格の描き分けも大変そうですね。


田中 こういった作品では胸もキャラクターの個性の一部なんで、さまざまなキャラたちの胸がみんな同じだと、ある意味個性がなくなっちゃうじゃないですか。なので「胸が小さい子」、「胸が大きい子」ちゃんと描き分けて表現してあげたいと思っています。


―そのほかにこだわっておられる作画は?


田中 感情表現を含んだ芝居ですね。「ものすごい怒っているとか、泣いている」とか、そういった芝居が好きです。


―アクションはいかがでしょうか?


田中 勉強中です(苦笑)。私が「描ける」と言ったら、本当に描ける方に怒られてしまいます。ただ、アクション自体は好きなので、やっていきたいなとは思います。今は作監や総作監を中心にやっていますが、原画のほうが好きなんです。

 

3か月で原画、1年で作画監督、4年で総作画監督

 

―キャリアについてうかがいます。最初からアニメーターをご志望だったのですか?


田中 もともと「アニメーターになりたい」という意志はそんなに強くなかったんです。最初は「絵を描いて、それを仕事にできたらいいのにな」と漠然と考えていました。その後、アニメーターという職業を知り、興味を持ったので、大阪の代々木アニメーション学院に通い、そのまま今もアニメの絵を描いているという感じです。


―ほかのお仕事を選ばなかった理由は?


田中 その時はアニメーターが一番かっこいいと思っていたので、漫画家とかイラストレーターとかは考えていなかったですね。イラストレーターなら塗りや背景まで描いて世界観を表現できる人、漫画家ならお話まで考える人、というイメージがあります。でも、当時の私はそこにあまり興味がなくて、「絵をたくさん描いたら、絵がかっこよく動く」という事実に気づいた衝撃が大きかったんです。


―最初に入られたスタジオは?


田中 大阪のスタジオ・ワンパックです。3年ほど勤めた後、上京して、C2Cに入社しました。


―大阪時代はどういったお仕事を?


田中 動画を始めて3か月くらいで、「我が家のお稲荷さま。」(2008)の原画をやらせてもらいました。最初の動画は、「チョコレート・アンダーグラウンド」(2008)だったと思います。


それから1年ほど経って、「おまもりひまり」(2010)の作監をすることになりました。私が言ったわけじゃないんですが、このころから美少女描くのが好きなんだろ、みたいに思われてましたね(笑)。


―入社3か月で原画は早いですよね!


田中 動画をある程度経験して、「もう大丈夫だな」と先輩が思ったら、原画を振るんですが、比較的早く原画をやらせてもらえました。先輩が後輩何人かをみる班制度みたいなのがあって、私はその時の班長から指導を受けました。でも、最初に原画をやった時はどう描いたらいいのかもわからず、班長にほとんどカットを全修正され、コテンパンにのされました(笑)。


―C2Cさんにはどのくらいいらしたのですか?


田中 「バクマン。」2期(2011〜12)や「マギ」(2012〜14)、「ダンボール戦機ウォーズ」といったシリーズを回していたこともあり、2015年までそこで作監と総作監をしていました。


―グロス環境での作監はいかがでしたか?


田中 元請けの現場とはまた違うところで、大変なことも多いです。たとえば、監督やキャラデなどを作っている相手が見えないので評価がわかりにくく、これでいいのだろうかと不安になることも多いです。そんな環境の中でも私自身いい思い出もあって、ラッシュチェックで元請けスタジオにうかがった際に、総作監の方に「私の修正を楽しみにしている」と言っていただいて、お世辞かもしれませんが、その時はすごく嬉しかったです。

 


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