ウマい焼鳥の証明書「紀州備長炭使用店」

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「紀州備長炭使用店」の看板はさながらウマい焼鳥の証明書。一体なぜ、備長炭を使うのか? そもそも備長炭とは何なのか? 焼鳥における名脇役の正体を探る!

紀州備長炭使用店――。

店先でこの札を見れば焼鳥通は「ほう」と微笑み、そうでない人も「たぶん高級な炭を使って、肉を焼いてるんだろーな?」くらいは思うに違いない。

ウチは備長炭を使ってるよ(だから旨いよ!)などと言外に匂わせるなど、並大抵のブランド力ではない。一体どんな炭なのだろう? 多くの焼鳥の名店が「備長炭の話といえば……」と名前を挙げる「佐藤燃料」の門を叩いた。

■「備長」は人の名前でした

「そもそも備長というのは、江戸時代の炭問屋・備中屋長左衛門に由来している、というのが通説です」

そう話すのは都内の備長炭の扱いを一手に引き受け、焼鳥界の陰のフィクサー的存在(と、噂の)佐藤仁志さんだ。

時は元禄年間(1700年頃)、紀伊田辺藩城下で商いをしていた長左衛門が、江戸へ紀州の良質な炭を出荷したところ、鰻屋などで大評判に。勢いづいた長左衛門が、自分の名前から「備長炭」と名付けて定着させた……てな具合。

「ようするに炭問屋のブランド名だったわけです」

長左衛門が取り扱っていた炭は、堅いウバメガシを使った白炭で「紀州備長炭」の原型だ。近年では中国やラオスでも“備長炭”がつくられているが、ここで一度、炭の分類について軽く整理を。

木炭は黒炭と白炭の2種に大別される。黒炭はいわゆる“普通の炭”で、ホームセンターなどでキャンプ用に売られている真っ黒いやつ。対して白炭は、備長炭に代表される、表面がやや白いものだ。

2種の炭の最大の違いは、製造時の消火方法。黒炭は炭焼きのあと密閉し、時間をかけて鎮火するが、白炭は超高温のまま外にかき出し、白い灰をドサッとかぶせて“急冷”する。結果、不純物が少なく密度の濃い(堅い)炭が出来上がる。

では、紀州備長炭は何がすごいのか?

「炭の香りなどもありますが、最終的には“火力が強くて長時間もつ”これに尽きます」(「実験その一」参照)

実は炭というのは、火力が強ければ短時間で灰になってしまい、火力が弱ければ長くもつ。火力と持続時間は反比例するものなのだ。だから「高温を長時間維持」という矛盾する性質を兼ね備えているのはスゴいことなのである。

■備長炭と鶏肉の奇跡的な出会い

さて、備長炭と鶏肉の“焼いて焼かれて”の蜜月関係を理解するには、やはり味や焼き上がりについて検証する必要があるだろう。題して「3種類の炭で焼いてみた」。一般的な黒炭、外国産の備長炭、紀州備長炭を用いて、渋谷の人気店「とり茶太郎」の金子拓也さんに焼き比べてもらったのである。

▼実験1:備長炭のどこがすごいの?

3種の炭を比べると紀州備長炭の「高温を長時間維持」する力はダントツ。なお安価な黒炭は1.5kgで500円程度、外国産の備長炭は5000円前後。紀州備長炭はなんと1万2000円前後。この価格差でも火持ちのいい紀州備長炭は大人気だという。

▼実験2:3種類の炭で焼いてみた

備長炭を熟知する金子さんは言う。「備長炭の特性が最もよく出るのは皮と肉質。高温で皮はパリッと、遠赤外線で内側はフワッとジューシーに仕上がる印象ですが、実はほかの炭で焼いたことがなくて……」。名人も足を踏み入れたことがないという、炭違いの焼鳥の味はいかに!?

3種の炭を比べると紀州備長炭の「高温を長時間維持」する力はダントツ。なお安価な黒炭は1.5kgで500円程度、外国産の備長炭は5000円前後。紀州備長炭はなんと1万2000円前後。この価格差でも火持ちのいい紀州備長炭は大人気だという。

詳しくは写真をご覧いただきたいが、要約すると「黒炭ではまともに焼くことすらできず、外国産の備長炭は少し焼きムラができるが及第点、紀州備長炭は完璧な仕上がり」といったところか。

なかでも特筆すべきは、紀州備長炭による「串を抜いた穴をふさぐほどのふっくら感」である。なぜこんな見事な焼き上がりになるのか。先の佐藤さんは「要素はいろいろありますが、一番は紀州備長炭の遠赤外線効果でしょう」と語る。

備長炭を割ると「美しい光沢の断面」が現れるが、この輝きこそ燃料(炭素)が詰まっている証。遠赤外線は物質が燃えることで発生するが、備長炭はその物質(炭素)が超高密度であるため放出量もケタ違い。それが肉の内部をふっくらと焼き上げるのだ。

現在、日本で備長炭がつくられるのは元祖・和歌山のほか、技術が伝わった高知、大分などの一部のみ。なぜ他の地域で発達しなかったかといえば材料となる堅い木材(ウバメガシなど)がないからだ。だが堅い木材が育つ山とは、ようするに岩山である。他の産業が育ちにくい厳しい土地なのだ。

備長炭など白炭の製法を伝えたのは和歌山県・高野山を開いた空海とされている。唐から持ち帰った白炭の製造技術が、たまたま厳しい岩山に育つ堅い木に出合い、良質な炭を生み、それが江戸時代に商魂たくましい備中屋長左衛門によってブランド化された。そうして生き残った紀州備長炭は、世界中のどの炭よりも焼鳥を旨く焼き上げる――。

つまり備長炭を使った「皮はパリッと、肉はジューシー」な日本の焼鳥の味は、さまざまな奇跡の上に成り立っているということだ。こんなにおいしい奇跡、そうあるものではない。

(文・漆原直行 撮影・岡山寛司)