4月中旬に全米(4月14日)、及び世界各国で公開された『ワイルド・スピード』シリーズの8作目『ワイルド・スピード ICE BREAK』(日本公開4月28日)は、世界64カ国で最初の週末だけで5億3200万ドル(約581億円)を稼ぎ出し、『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』が記録した5億2900万ドル(約577億円)を上回って初週の興収世界記録を更新した。日本でも前作『ワイルド・スピード SKY MISSION』はシリーズで初めて興収30億を突破(35.4億)、シリーズへの支持は着実に拡大傾向にあったが、今や海外では文字通りナンバーワン・コンテンツとして君臨しているわけだ。

 『ワイルド・スピード』の絶大な人気はスクリーンだけに収まらない。前作『ワイルド・スピード SKY MISSION』のテーマソングとなったWiz Khalifa featuring Charlie Puth「See You Again」はビルボードのシングル・チャートで12週間1位を記録、世界中で2015年最大のヒットソングとなった。同曲が収録されたサウンド・トラック・アルバムも当然のようにビルボードをはじめとする各国のアルバム・チャートで1位を記録。注目すべきは、日本でもアルバム・チャートの上位に延々とランクインを続け、最高でウィークリー総合2位まで上昇するという、外国映画のサウンド・トラックとしては異例の大ヒットとなったこと。もともと日本の地方都市を中心に生息する「走り屋」の文化の強い影響下にあり、作中でもGT-R、スープラ、WRXといった日本車が大活躍してきた同シリーズだが、日本においてシリーズの人気を加速させた要因の一つは、サウンド・トラックへの幅広い層からの支持だった。

 『ワイルド・スピード』のサウンド・トラックはどうしてそんなに世界中で支持されているのか? それは「単純に作中で使用されている曲のコンピレーション作品として楽しめる」という一般的なサウンド・トラックの役割だけでなく、クルマ映画としての特権を存分に生かし、その時代の音楽シーンの流行を最もビビッドに反映した「最強のカーステ音楽」を体現してきたからだ。前作『ワイルド・スピード SKY MISSION』でそれが最も顕著に表れていたのは、今や完全にラップ・ミュージックの中心勢力となったトラップの先取りだった。イメージ的には「See You Again」の大ヒットが一人歩きしていたが、実は前作にはT.I.、Young Thug、Future、Lil Jonといったトラップ・シーンの中心にいるラッパーたちが大挙参加していた。もともと「白人よりも有色人種」「北部よりも南部」というのが『ワイルド・スピード』の作品世界における暗黙のルールなわけだが(アメリカにおける人種的マイノリティが主要キャラクターであること、そして都市よりも地方というその志向は、同シリーズが世界的な共感を生んだこととも密接に繋がりがある)、南部アトランタが発信源となったトラップの流行を、『ワイルド・スピード』のサウンド・トラックはいわば必然的にメインストリームの作品としていち早く取り入れていた。

 そんな『ワイルド・スピード』の「南部」志向にさらにギアが入って、今回は冒頭から海を越えたキューバの首都ハバナから物語がスタートする『ワイルド・スピード ICE BREAK』。そのサウンド・トラックにおいて、トラップへの傾倒はさらに決定的なものとなっている。前作から連投のWiz Khalifaは、歌モノで「See You Again」の二番煎じを狙うような真似はせず、Young Thug、2 Chainzら今最も注目度の高いラッパーたちを従えて、冒頭の「Gang Up」からゴリゴリのトラップのトラックで勝負。アルバム全体のリード曲となったTravis Scottの「Go Off」でフィーチャーされているのは、今やトラップの代名詞ともいえる大ヒットソング「Bad And Boujee」のMigosのメンバーQuavoと、同曲でも客演していたLil Uzi Vert。そのMigosは単独曲「Seize The Black」でも参加。他にも、リリースされたばかりのデビューアルバム『Painting Pictures』が各主要音楽メディアで大絶賛されている現在19歳のKodak Black、同じく19歳にして今年のブライテスト・ホープと目されているLil Yachty、さらに彼らより若いYoungBoy Never Broke Again(まだ17歳!)といった新しい世代の重要ラッパーたちが勢揃いしている。

 Kehlaniによる爽快なポップ・チューン「Good Life」、いずれもキューバをルーツに持つPitbullとCamila Cabelloのかけ合いが楽しいラテン・ポップ「Hey Ma」をはじめ、もちろんトラップ系以外の人気アーティストによるポップ・チューンも充実している本作だが、やはり作品全体の印象を決定づけているのは半分以上を占めているトラップ系のフレッシュなトラックだ。逆に、前作でトラップと並ぶトレンドとして取り入れられていたEDMのテイストは完全に後退。今や音楽シーンのトレンドセッターとなった『ワイルド・スピード』、時代の移り変わりや、新しい世代の才能のフックアップに対して、敏感すぎるほど敏感なのである。

 個人的に期待しているのは、今回の『ワイルド・スピード ICE BREAK』のサウンド・トラックが日本におけるトラップ人気の起爆剤となること。アメリカではラップの流行の発信源が南部=サウスとなって久しいが、日本にいるとどうしてもそのような「線」ではなく、個々のラッパーの作品を「点」として受容してしまいがち。そういう観点からも、『ワイルド・スピード ICE BREAK』のサウンド・トラックは現在の音楽シーンの動向を「線」として伝えてくれる、音楽ファンにとって格好の手引きになっている。(文=宇野維正)