「彼女のテクニックは我々よりも先進的だ。これから彼女の強みを全力で分析しなければいけない」

 長く覇権を独占してきた中国女子の代表監督・孔令輝は、自らの口からこぼれた言葉が世界中に広まっていく意味をどう理解していたのだろうか。中国・無錫で開催された卓球のアジア選手権女子シングルスで、史上最年少優勝を飾った平野美宇(JOCエリートアカデミー/大原学園)のプレーは、鮮烈なインパクトと共に卓球界に新たな時代の風を吹き込んだ。


中国勢を破り、17歳でアジア選手権を制した平野 今大会には出場しなかった男子の日本代表で、リオ五輪で日本卓球史上初のシングルス銅メダルを獲得した水谷隼(木下グループ)は『美宇ちゃんすげえ。ワールドカップでティモが中国人3連破して優勝したの思い出した』とツイートした。

 男女のプレーを同等に比べることには異論もあるだろうが、リオ五輪女子シングルスの金メダリストで世界ランク1位の丁寧にフルセットの末、3-2で逆転勝利。続けて同ランク2位の朱雨玲、5位の陳夢を共に3-0で圧倒したプレーは、2005年のワールドカップでティモ・ボル(ドイツ)がその足下に食らいついた時よりもさらに激しく、卓球王国・中国の土台を揺るがしたのではないだろうか。

 言うまでもなく、卓球は個人競技である。だが、平野の急成長を個人の曲折と研鑽だけで語ることはできない。

 7歳の時に全日本選手権バンビの部(小学2年生以下)で優勝し、天才卓球少女と騒がれた平野の視線の先には、常に2人の先人がいた。日本の卓球界を長年にわたって引っ張ってきた福原愛(ANA)と、その背中を追い続けた石川佳純(全農)である。

 福原と石川は幼少期から上の世代に勝つことで「天才」の称号を手にしてきたが、平野の場合は違う。今大会の団体戦を共に戦って銀メダルを獲得した伊藤美誠(スターツSC/昇陽高)と、早田ひな(希望ヶ丘高)という同世代のライバルたちと常にしのぎを削りながら成長してきたのだ。世界的にも希有(けう)な才能が同世代に集まったことは、福原や石川という突出した個の才能が進むべきレールを敷いてくれたからだけではなく、日本の女子卓球界が積み上げてきたジュニア世代の育成システムが、ようやく実を結びつつあることの証左でもある。

 リオ五輪団体戦で銅メダルを獲得し、平野より先に陽の当たる場所に立った伊藤は「同じ世代に強い人がいっぱいいるので、国内で代表切符をとる戦いのほうが大変です」と語ったことがあるが、そうした同世代のライバルの存在こそが、今回の平野の急成長の背景にもある。

 リオ五輪の女子代表3人が決まった2015年9月、世界ランキングで石川と福原、そして伊藤に及ばなかった平野は、失意の中で大きな決断をした。

 相手のミスを待つ守備重視から攻撃型へ、プレースタイルを変えたのである。

「格下の選手には安定して勝てるけど、格上の選手に勝つ武器が私にはない。今の壁を突き破って東京五輪に出場するためには、そう決断するしかありませんでした」という言葉が、筆者の取材ノートに刻まれている。

 だが、幼少期から培ってきた土台をいったん破壊し、新たな土台を一から作り直すのは、諸刃の剣でもあった。スタイルを変えてから初の公式戦で惨敗すると、平野は味わったことのない不安と向き合うことになる。

「持ち味だった安定感を捨てて攻めたら、パワーが足りない。このまま、長所を全部なくしてしまえば、誰にも勝てなくなってしまう。そう思うと、胸が苦しくなりました」

 振り返れば、この時点で彼女の心が折れなかったことが、今回の快挙に結びついたと言えるだろう。コーチらスタッフの献身に支えられながら、リザーバーとして参加したリオ五輪で伊藤の活躍を間近で見た憧憬と焦燥、中国超級リーグへの挑戦、史上最年少での全日本女子シングルス制覇……。そういったさまざまな感情と経験を糧に、平野は国際卓球連盟が「マーベラス・ミウ」と讃えるスピードと強打を身につけたのだ。

 リオ五輪団体戦で日本の女子代表を2大会連続のメダル獲得に導き、代表監督の座を退いた村上恭和は、東京五輪開催が決まった時にこんな展望を語っていた。

「中国との力関係は3対7ぐらいで、まだまだ差がある。この力関係を東京までに五分五分か、あるいは4対6ぐらいまでにしておきたい。そこまで接近すれば、試合当日のコンディションや勝負運次第で金メダル獲得のチャンスが生まれてくる」

 平野、伊藤、早田たちの成長がトップランナーである福原や石川の力をさらに向上させることにつながれば、村上が描いた未来図は現実になるかもしれない。そしてその時には、全日本を制した直後に平野が「日本の絶対的なエースになって東京五輪のコートに立ちたい。私との対戦が決まった時点で、相手が試合をあきらめてしまうような存在になりたいんです」と語ってくれた夢も、実現しているはずだ。

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