山田朝夫氏が2010年から2015年まで「流しの公務員」として勤めた愛知県・常滑市役所(資料写真、出所:)


 インパクトのある表紙だ。なにしろ「便器」である。男性トイレに設置されている、あの縦長の大きな便器だ。その便器を、ある男性が笑顔で掃除している。

 男性は何者か。本の帯には「霞が関を捨てたキャリア官僚」とある。トイレ掃除とキャリア官僚というギャップが気になり、思わず本書『流しの公務員の冒険 ―霞が関から現場への旅―』(時事通信社)を手に取った。

『』(山田朝夫著、時事通信社)


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35歳で霞が関を捨てる

 男性はやはりただ者ではなかった。読み終えて「この人はすごい」と恐れ入った。

 その男性は山田朝夫氏。「流しの公務員」である。流しの公務員とは山田氏の造語で、<各地を渡り歩き、求めに応じて、単身、地方行政の現場に飛び込み、関係者を巻き込み、その潜在力を引き出しながら、問題を解決していく「行政の職人」>を意味する。

 元々、山田氏はキャリア官僚だった。東大法学部を卒業して1986年に自治省(現総務省)に入省。鹿児島県、衆議院法制局、自治省選挙課、大分県、自治大学校などでの勤務を経て、35歳で霞が関を捨てて流しの公務員への道を踏み出した。

 本書は流しの公務員としての活動の記録と、現場での数々の成功や失敗を通して体得した仕事論を、山田氏が綴ったものだ。

 山田氏には「冷えた体を温めるには、手先足先から」というポリシーがある。つまり、<霞が関に優秀な人材を集め、いくら素晴らしい政策をつくっても、それが現場できちんと実施され、効果が上がらなければ日本は良くならない> ということだ。山田氏はひたすら現場に飛び込み、地元の人たちと一緒に汗をかき、目の前の課題を解決していく。そうやって導き出された仕事論は説得力に満ち、巷の頭でっかちな「べき論」とは明らかに一線を画している。

「死人病院」の再生というミッション

 本書には、山田氏が日本各地の自治体で携わったさまざまなプロジェクトが登場する。圧巻はなんといっても最も多くのページを割いて語られる愛知県常滑市における市民病院の再生だろう。

 山田氏は、かつて自治体大学校の“教え子”だった常滑市長(年齢は市長の方が7つ年上だ)から「市民病院の再生」を依頼される。築50年を超えた常滑市民病院は老朽化が進み、市民からは「死人病院」と陰口を叩かれる始末。また、毎年7〜8億円近くの赤字を出し続け、累積債務が膨れ上がっていた。

 参事として常滑市役所に赴任した山田氏は、瀕死の状態の市民病院を再生するミッションに着手する。

 だが、常滑市では新病院建設の計画がすでに何度も立ち上がっていたものの、その度に延期され、関係者の間で諦めムードが漂っていた。挙句の果てに県庁の職員からは「ゲームオーバーです。みんな『潰しモード』に入っている」と告げられる。

「100人」の心が一つに

 そんなどん詰まりの状況から、山田氏はどうやって新病院を建設し経営をV字回復させたのか。

 まず、財源の捻出に大きく寄与したのが、事業仕分けと職員の給与カットの断行、交付金の獲得などである。「愛知県の医療界の最大実力者の1人」の協力を得られたことも大きな支えとなった。

 さらに、市民や病院スタッフ、市議会議員たちを団結させ、新病院建設への大きな推進力を生み出すことになったのが「100人会議」の実施だった。

 100人会議は、山田氏が <常滑市民に市民病院の『オーナー』である意識をもってもらい、その行く末を決めてもらう> ためにスタートした。参加者は、無作為抽出公募と自推公募の一般市民、そして行政職員と病院職員を加えた約100人である。会議は5回開かれ、市民と行政と病院が対等の立場で「本当に病院が必要なのか」「どんな病院を作るのか」などについて話し合った。ファシリテーターは山田氏が務めた。

 当初、参加者たちの大半が新病院の建設に反対し、「市民病院は不要」と考えていた。それが回を追うにつれて、「どうしたら存続できるのだろう。問題は何なのか。どうしたら解決できるのか」と変わっていき、最後は「経営改革を前提に新病院を建設しよう」と心が一つになる。

 山田氏はどうして「100人」の心を一つにすることができたのだろうか。ポイントを1つ挙げると、ファシリテーターの山田氏が“結論を導かなかった”ことである。

 参加者の気持ちが変化していった秘密を、市の職員から尋ねられた山田氏は、「わたしは何も変えてないよ。むしろ参加者を導かなかっただけだよ」と答えている。確かに山田氏は議論をリードしなかった。自分の意見は殺し、あくまでもテーマを設定する役、参加者たちが退屈しないように会議を盛り上げる役、必要な情報を提供する役、に務めた。

 山田氏は、<人間はやりたい気持ちが強すぎると、マイナスの材料を無視する傾向があります。仕切り役は、『どちらでもよい』くらいのスタンスがちょうどいいのだと思います。> と記す。結果的に、参加者たちには「自分たちの病院をつくるのだ」という意識が芽生え、病院づくりに積極的に協力するようになる。元々、誰もが抱いていた「自分たちの市を良くしたい」という気持ちが引き出され、「やる気」に火がついたのだ。市民の心がドラマチックに変化していく様子は、感動を覚えずにいられない。

主役になるべきなのは地元の人

 また本書では、山田氏が数々のプロジェクトや人との出会いなどを通して体得した仕事論が語られる。例えば山田氏にとっての“良いリーダー”とは、自分がいなくなった後のことを考えるリーダーである。

 本書は第1章が常滑市の病院再生の物語なのだが、第1章を読み終えたとき、その終わり方に違和感を持った。山田氏が市役所に苦言を呈して終わっているからだ。これほど感動的な話なのになぜ市役所への苦言で終わるのか、なぜ関係者を称えないのかと不思議だった。

 しかし、読み進めていくうちにその理由が分かった。山田氏には、“自分が赴任中に手がけたことよりも、自分がいなくなってからの方が大切だ”という信念があるのだ。山田氏はこう記している。

<外から何かを持ち込んだり、自分がぐいぐい引っ張ったりするのではなく、地元の資源や人の技を磨き、地元の人が主役になるような仕事の進め方をしなければ、手がけたことは残りません。>

<常滑市民病院の再生プロジェクトでは、特に、私がいなくなった後のことを考えていました。>

 常滑市民病院の建設・再生は言ってみれば「奇跡」である。だが、一度きりの奇跡で終わらせてはいけない。「大事なのは花を咲かせることではなく、根を育てること」なのだ。

こんな「役人」もいる!

 自分がいなくなってからのことを考える上記のリーダーの心得は、カー用品チェーン「イエローハット」の創業者、鍵山秀三郎氏に教わったのだという。鍵山氏は、山田氏の“トイレ掃除の大師匠”である。本書では、山田氏とトイレ掃除の出会い、トイレ掃除の効果、トイレ掃除によっていかに山田氏が生まれ変わったかなども記されている。山田氏は、トイレ掃除が「人としてのあり方を変えてくれた」とまで言う。

 本書を読み終えたときには「なぜ、よりによってこの写真が表紙なのか」という最初の疑問は消えていた。この写真こそが、山田氏の人となりや仕事哲学を端的に伝える一枚であった。

 日本ではとかく「役人」の評判が悪い。しかし、中にはこんなにフットワークが軽く、現場力があり、成果を出している役人がいる。

 表紙のインパクトにひるむことなく、また「元キャリア官僚」という取っつきにくい肩書きに惑わされずに、ぜひ読んでみてほしい。

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筆者:鶴岡 弘之