細やかに風味を感じる 写真/五感生活研究所

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 人間の感覚は、ふとしたことをきっかけに鋭敏になるものだ。作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏が注目のレストランをレポートする。

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 4月20日、銀座エリア最大の商業施設誕生。大注目の中でオープンした「GINZA SIX(ギンザ シックス)」。テーマが「百貨店らしさを変える」というだけあって、吹き抜けの空間には巨大なアートオブジェが。

 草間彌生の作品を森美術館が監修し、期間限定の新作インスタレーションとして展示しているのだとか。つまり、「モノを売る」だけでなく、斬新な「空間的体験」を提供する。それが「GINZA SIX」の特徴らしい。ネットでモノを買う時代だからこそ、そこへ足を運ばなくては味わえないコトを、と。

 そして、もう一つのコンセプトは「New Luxury」。つまり、日本の良き伝統文化や歴史を継承しつつ世界の最先端を取りこんでいくというチャレンジ。例えばかつて渋谷・松濤にあった観世能楽堂が、「GINZA SIX」の地下へそのまま移築されたことも大きな話題になっています。「伝統と革新性が同居する」ような「空間的体験の提供」をもくろんでいる、ということでしょう。

 そして多くの人にとって関心の高い体験といえば、やはり「食」。「GINZA SIX」の中で、私は不思議な味覚体験に提供するお店に出会ったのです。日本初の「目隠しグリルリストランテ」。なんじゃ、それ?

 目隠しをしたまま、熟成肉を味わうレストラン? そこでいったい何が起こるの? どんな「新体験」をさせてくれる? 興味津々、トライしてみることに。

 まずは、手ぬぐいで目隠し。さらに、ヘッドホンで耳を覆う。視覚を遮断し、耳からは、ジュージューと何かを焼いているような音だけが入ってくる。そして、目の前のテーブルにサーブされた(らしい)料理を、手探りでフォークを握り、突き刺して口へと運ぶ。

 噛むと……舌の上には四角い物体。ぐにゅっとゴムのように凹む。舌にぶつかる肉の繊維。柔らかいわりには歯を跳ね返す弾力も。固さ、柔らかさ、歯が食い込む感覚、割れていく繊維……繊細な感じ分けをすること自体、ワクワクして面白い。まさに「目隠し」効果です!

 舌先、口の粘膜で、口の中に入ったものの「質感」を必死に感じ分けようとしている自分に気付く。普段の食事の時は、ほとんどやらないような触覚の使い方。普通におしゃべりしながら食べる時では、感じとれない微細な世界。

 その時、ちょっと焦げたような、芳ばしい匂いが鼻を通り抜けました。なんだか甘い匂いも。そして肉の旨みが、香りとともに口の中に広がっていく。いつより細やかに、風味を感じている自分がいる。

 なるほど、そうなのです。視覚を遮断すると、「別の感覚が活き活きと立ち上がる」ことになる。触覚、嗅覚がぐぐっと目覚めて感度が高くなる。そんな法則を、改めて実感。

 それにしてもいったいどうやって、「目隠し」レストランという風変わりなアイディアに辿りついたのでしょうか? 

「私自身20年ほど料理人として働いてきましたが、素材の味をしっかりと感じようとする時には、自分でも無意識のうちに、ふと目を閉じているんです。目を閉じた方が味の違いについて繊細に感じとることができることに気付きました。『目隠し』というコンセプトもそこから生まれました」と、「旬熟成 GINZA GRILL」を経営するフードイズム・跡部美樹雄代表取締役は言います。

「普段はどうしても、見た目で判断して、何でも分かったつもりになってしまいますよね。食べているようでいて料理そのものを実は細かく味わっていない。質感にも匂いにも気付いていないことってわりと多いんですよね」

 ここ「旬熟成 GINZA GRILL」は、今までにない”本当の肉の味”をテーマにしているとか。

「最高級の但馬牛を100日間発酵熟成し、肉の持つ独特の旨みと味わいを提供したいと思っています。だから最初の数口だけは目隠しをしてヘッドホンをつけていただいて、お客様の五感をいきいきと使って熟成肉の最高の旨みというものを体感していだたきたいのです」

 なるほど。面白いコンセプト。奇をてらっているようですが、実はそうではない。考えてみれは、私たちの祖先は「五感をいきいきと使う」ことがかなり得意でした。例えば一年を「二十四節気」「七十二候」に細分化し、微妙な空の色の変化や植物の変化、湿度や温度、雲の形に鳥の声と、季節によって移ろっていく「違い」を感じ分けてきました。

 あるいは江戸時代に「四十八茶 百鼠」という言葉も生まれました。茶色には四十八種類、 鼠色に百種類の色がある、という意味です。つまり、当時の人たちは「茶」「鼠」という色において、数十から数百の微妙な色の違いを染めによって創り出し、感じ分けて楽しんでいた、というわけです。

 それもこれも、繊細な感性があったからこそできること。いや、21世紀の今だって虫の声を聞き、枯葉の移ろう色を味わい、お香やお茶の香りを楽しんでいる……そう、「五感を繊細に使いこなす」ことは、まさしく「日本の伝統」的な技。

「GINZA SIX」のテーマ「伝統と革新性の同居」というコンセプトを、目隠しして熟成肉を味わうこの不思議なレストランの中でもしっかり感じることができたのでした。