【ライターコラムfrom松本】「4.16」熊本。完敗の松本山雅がこの試合から得たもの

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 手を抜いたわけでも、空気を読んだわけでもない。

 4月16日。「熊本地震復興支援マッチ」と冠されたアウェイ熊本戦で、松本は0-2と苦杯をなめた。震災後の一時期は救援物資の集積拠点となっていたスタジアムが約14,000人のサポーターで赤く染まり、勝利の凱歌「カモンロッソ」がとどろく。普段なら松本が負けた試合の後は、悔しさを噛み殺しながら足早に記者席を後にして監督会見の部屋へ移るのが常。だがこの日はエレベーターで1階まで降りた後、足がピッチサイドへと向いた。サッカーのある日常がいかに幸せなのか、そしてスポーツの存在意義とは何か――。そのことを全身で体感しておきたかったからだ。

 震災から1年。特別な一戦に懸ける熊本のプレーは一つ一つが、ユニフォームの赤そのままに情熱的だった。とはいえ対する松本も、クラブと街の未来を一身に背負って戦っている。ましてや昨季は得失点差でJ1自動昇格を逃しただけに、今季はチーム全体で「勝ち点1の重み」を共有しながら臨んでいる。田中隼磨が「ピッチの上ではお互いにリスペクトしながら僕たちのサッカーをしようと心がけて集中して戦っていた。(相手を)上回る気持ちはみんな持っていた」と振り返る通り、決して腰が引けていたわけではなかった。

 だが、純粋に熊本がそれを上回っていた。セカンドボールの奪い合いで先手を取られ、がむしゃらに前進する相手を食い止めるのに苦労した。ブロックをかいくぐって攻撃を仕掛けてもシュートはことごとく枠外へ。ならばと伝家の宝刀セットプレーに期待を掛けたが、CKもFKも熊本のゾーンディフェンスに次々と跳ね返された。「相手の気迫を感じたし、自分たちはそれを上回れなかった。それが結果に表れてしまった」。岩間雄大が素直に敗北を受け入れたように、この90分間でより勝利に飢えていたのは相手の方だった。

 復興への置き土産に「勝ち点3」を捧げる格好となった松本は、この敗戦から何をくみ取ればいいのだろう。もちろんピッチ内の戦術的な要素に言及するなら、結果論でいくらでも課題を探すことはできる。例えば先制を許した7分。浅い位置でロングボールを収めてミドルシュートを放った安柄俊に、悠々と前を向いてボールを持ち運ぶだけの余裕をなぜ与えてしまったのか。松本の流儀に照らし合わせるなら、すかさずプレスを掛けて自由を奪っていたはずだ。ただ指摘されるまでもなく、チームは毎週のミーティングで課題の確認と修正を繰り返している。再びアウェイとなる次節の京都戦では、敗戦の悔しさを糧に好パフォーマンスを発揮するだろう。

 だが、真に糧とすべきものは、この特別な一戦で「やられ役」という損な役回りを演じたからこそ得られたのではないか。試合後、反町康治監督の記者会見。「足を運んだ方々におめでとうと言いたい」と珍しくホームの観客に向けた言葉から切り出し、「昨年のことを一瞬でも忘れ、足取り軽く帰られるのではないかなと思う」と言葉を紡いだ。常に勝利へのあくなき執着心を示す指揮官が、悔しさを押し殺してまず先にそう話した意味は重い。新潟時代の2004年にも新潟中越地震を経験しているだけに、他人事ではなかったのかもしれない。

 日本は地震大国。信州も活断層が複雑に入り組んでおり、被災地にならない保証はない。もし自然災害がホームタウンを襲って人々の日常が崩れ去ったとき、松本山雅FCは復興への旗印になれるだろうか。熱心なサポーター以外の市民にも勇気と笑顔をもたらし、明日への活力を吹き込めるだろうか。最古参の飯田真輝は言う。「山雅もさまざまな立場の人たちに支えられて初めて成り立っている。もし熊本と同じ状況になったら、やっぱり勝ってみんなで喜び合いたいというのが一番。その意味では僕らが負けて喜んでいたわけだから悔しいけど、熊本にとっては大きなことだったと思う」。その視点を再認識できたことこそ、持ち帰ってきた無形の財産ではないだろうか。

文=大枝令