自由民主党HPより

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●自民・古屋圭司選対委員長が沖縄差別をFBに

 問題発言を連発している安倍政権だが、今度は自民党の四役級から飛び出した。自民党選挙対策委員長・古屋圭司衆院議員がFacebookで差別的記述を行ったのだ。

 古屋選対委員長は4月16日、沖縄県うるま市で同日に告示された市長選挙の出陣式に参加し、そのことを自身のFacebookに投稿。〈夢子供基金10億を積み国の交付金を活用していわゆるヤンママ(若い母親)と子供支援を実践〉などと自民・公明党推薦の現職をアピールした。

「ヤンママ」はヤンキー出身のママの略語であって「若い母親」を意味しないのだが、それはさておき、一騎打ちとなっている社民や共産、自由、民進党などの推薦を受ける新人候補について、古屋選対委員長はこのように書き綴ったのだ。

〈何でも反対、全く財源の裏付けのない無責任な公約や、空虚なキャッチで市民への詐欺行為にも等しい沖縄特有のいつもの戦術〉

 TPPしかり選挙公約の撤回は安倍首相の十八番であり、詐欺行為というのならまずは自分の党の総裁に向けるべき言葉だが、そればかりか古屋選対委員長は「詐欺行為にも等しい沖縄特有の戦術」などと沖縄への蔑視を露わにし、侮蔑したのだ。

「沖縄特有」などと言って問題を県民性に求めることはあきらかに沖縄ヘイトであり、到底許されるものではない。たとえば、2011年には米国務省日本部長だったケビン・メアが「沖縄はゆすりの名人」などと発言していたことが発覚し更迭されたが、今回の古屋選対委員長の記述も同根の問題であり、辞職に値するものだ。

 しかし、驚くべきことに古屋選対委員長はこの記述に批判が高まっても、謝罪はおろか、「私のホームページをご覧になれば、私の考えは理解頂ける」「私は今までの客観的なファクトを申し上げたにすぎません」と開き直り、投稿の削除さえ拒否。自民の竹下亘国会対策委員長も「そういう側面はあるのではないか」と言い、差別に同調してみせたのだ。

 しかも恐ろしいのは、このように沖縄に対して侮蔑に侮蔑を重ねるような態度は、もはや安倍政権のスタンダードとなっていることだ。

●鶴保庸介沖縄担当相や西田昌司議員による「沖縄ヘイト」

 実際、昨年問題となった機動隊員による「土人」発言では、鶴保庸介沖縄北方担当相は「『土人である』と言うことが差別であると断じることは到底できない」と国会で明言、明白な差別発言を「容認」した。その上、政府は鶴保沖縄担当相の発言を"謝罪したり国会答弁を撤回、訂正したりする必要はない"とする答弁書を決定。

 このダメ押しによって調子に乗り、鶴保沖縄担当相は今月11日の記者会見でも、辺野古移設反対という沖縄県の動きについて「ポジショントークするような向きも、ないではないかもしれない」「(基地反対と声を上げることで)気持ちよかったね、と終わったんじゃ意味もない」などと発言。選挙によって沖縄が示してきた民意を、馬鹿にするかのように嘲ったのだ。

 この鶴保沖縄担当相も、今回の古屋選対委員長も、その根本にあるのは"自分たちに逆らう者は徹底して貶めていい"という安倍政権の態度だろう。

 事実、沖縄ヘイトデマを垂れ流した『ニュース女子』問題では、DHCシアターのホームページで公開されたデタラメな反論番組に、自民党の西田昌司参院議員が出演。同番組で「反対運動を煽動する黒幕」と印象付けされ、「韓国人はなぜ反対運動に参加する? 親北派のため、米軍基地の建設を妨害している」などと国籍に対する差別まで受けた辛淑玉氏について、「在日を振りかざしたかたちで政治発言をする。(中略)政治発言をしているにもかかわらず、また政治発言をしている人に対してね『それは差別だ』とかいう言い方でね、今度は差別問題に変えてしまうのはね、ものすごくこれは卑怯」「MXは堂々とこのことについて反論すべきです」などと徹底擁護した。

 また、百田尚樹が「本当に沖縄の二つの新聞社はつぶさなあかん」と発言した「文化芸術懇話会」で、「沖縄の特殊なメディア構造をつくってしまったのは戦後保守の堕落」「左翼勢力に乗っ取られている」などと述べた長尾敬衆院議員は、その後もTwitterで辺野古移設に反対する市民運動を〈反社会的行動〉と評するなど、沖縄を蔑ろにする姿勢を崩していない。

●安倍首相が沖縄差別を「容認」することの意味

 ようするに、安倍政権に刃向かえばそれは反社会的行為となり、そうした反対する者を「土人」や「沖縄特有」などと攻撃することを容認してみせることで"差別して当然の存在"と扱おうとしているのだろう。つまり、これは沖縄だけの問題ではなく、安倍政権による国民全体への"恫喝"なのだ。

「学芸員はがん」と述べた山本幸三地方創生相や、南スーダンPKO問題でトンデモ答弁を繰り返し森友学園問題でも虚偽答弁を行った稲田朋美防衛相、「自主避難者は自己責任」と言った今村雅弘復興相などが開き直りつづけているのは、無論、安倍首相がそれを認めているからだ。そして、今回の古屋選対委員長による差別的記述も、安倍首相は容認しているのである。

 だが、これはたんなる放言などではない。安倍首相が古屋国体委員長の記述を容認することが意味する暴力性を、メディアはもっと強く訴えなくてはいけないのだ。