タイはASEANのIoTの中心拠点となるかもしれない。 Photo by , under CC BY 2.0.


 多くの場合、IoTで話題に上るのはドイツやアメリカなど先進国の企業動向である。一方で、日本企業が多く進出するタイにおいても、産業高度化という文脈から政府主導でIoTへの注目が高まっている。

 本稿では、IoT導入という観点から、“ASEANの中のタイ”の現状と課題、タイ政府の動向、それらを踏まえたタイに拠点を構える日本企業への示唆を述べる。

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日本企業の生産機能が集約するASEANの中心

 タイには、人件費の安さや直接投資への恩典などを理由に、自動車産業を中心に多数の日系メーカーが進出してきた。生産機能に加えて開発機能の進出も早くから進んでおり、現在ではASEAN域内における生産・開発の中心となっている。

 また、昨今のASEAN統合の流れを受けて、周辺国とつながる道路インフラの整備が進み、「陸のASEAN(タイ・カンボジア・ラオス・ミャンマー・ベトナム)」の中心国としての位置づけも強まってきている。タイ政府としても自国内の市場規模が限定的であることから、これら周辺国との結びつきを強化しており、ASEAN地域のゲートウェーを目指している。

 一方で、経済成長や政治的背景によりタイの人件費は上昇しており、生産機能設置時のコストメリットを得にくくなってきた。2013年には、地域によって異なっていた最低賃金が、全国一律で1日あたり300バーツに引き上げられている。

 また、タイは既に高齢化社会に突入しているため労働力不足が深刻になってきており、今後は人件費上昇圧力がより高まるといえる。タイの経済成長率は現状および今後とも周辺国と比べて低い約3%で推移するとIMFは予測しており、タイは「中所得国の罠*1」に陥っているといえる。

*1:「先進国の高付加価値製品」と「後進国の低人件費による低価格製品」に挟まれて経済成長が頭打ちとなり、1人当たり国民所得が中程度で停滞する状況。

政府はIoTが鍵となるThaialnd4.0を推進

 タイ政府は、「中所得国の罠」脱却を目指して、製造業の高度化戦略(労働集約型から知識集約型へ)をうたった“Thailand4.0”を2015年に発表した。Thailand4.0では、特定産業の育成を特定地域で集中的に行うクラスター政策(産業集積政策)を成長戦略の基軸に据えている。

 タイ政府は、タイの産業高度化に資する10の産業を選定し、産業ごとに定められた指定地域への投資に対して、選択的に恩典を与えてきた。2017年2月には、これまで各産業で異なっていた指定地域を、バンコク東部に位置するチョンブリ県、ラヨン県、チャチュンサオ県の3県(=東部経済回廊(EEC))に集中させ、より優れた恩典を与えることを発表した(最長8年間の法人税免除に加え、その後5年間の法人税50%を免除など)。

 タイ政府は、Thailand4.0成功の鍵はデジタル化・IoTにあると考えている。推奨産業となる10の産業はそれぞれ関連性が示されているが、「デジタル(IoT含む)」はいずれの産業にも関与している。

 また、2016年9月には、デジタル化関連施策の推進役としてデジタル経済社会省を発足させた。2017年2月には、10の産業の基盤となる重要な技術として、デジタル技術(IoT含む)をはじめとした4つの技術を指定し、諸条件を満たせば法人所得税を9〜13年間免除すると発表している。

IoTを活用したタイ拠点のマザー工場化

 タイの現況と産業高度化という政策の方向性を踏まえたとき、日系企業は、自社の課題解決のために、IoTを活用したどのような取り組みをタイで実施しうるのか。有力な選択肢として、「IoTを活用したタイ拠点の新興国向けマザー工場化」を挙げることができる。

 背景となる日系メーカーの課題は、グローバルで兵站線(日本拠点が海外拠点に行うヒト・モノ・カネ・情報の支援範囲)が伸びきっていることである。多くの場合、ASEAN地域も含め、各国での工場の立ち上げ・生産準備・工程改善には日本拠点からの支援が求められており、日本拠点のエンジニアリソースは逼迫している。

 この問題に対しては、最終的にはIoTを活用した「スマートなマザー工場」が1つの解となる。ネットワークに連結された各国工場の情報が、知識データベースシステムに蓄積され、不具合の発見と過去の知見との照会による原因の提示、解決策の示唆まで行うというものである。

 事例としては、ボッシュ(Bosch)のブライヒャッハ工場が挙げられるが、工作機械の自前・標準化など、当該コンセプトを他社が現状すぐに実践することは難しい。

 これに対して、ASEAN地域においては、最終的な「スマートなマザー工場」に至る中間段階として、ASEAN各国の工場を管轄する「IoTを活用した新興国向けのマザー工場」をタイに設置するという施策が考えられる。タイには、生産拠点集積地としての歴史から工程設計に優れた人材・企業リソースがあり、また多くの日系メーカーはASEAN他国と比して充実した生産機能の基盤を既にタイに持っている。

 一例として、デンソーは、タイ拠点をマザー工場と位置づけて、タイで成立させたラインをより技術レベルや人件費の低い周辺国に順番に移管していく「玉突き戦略」をとっている。

 政府の支援も後押しとなる。タイ政府は、特定産業・特定地域への投資に対する恩典を厚くするクラスター政策を推進しているが、先に述べた恩典対象地域の東部経済回廊(EEC)は日系企業の集積地であり、指定産業も進出する日系メーカーの事業領域と一致する点が多い。

 また、タイ政府は、外資企業に対してタイへのASEAN地域の統括拠点設置を促すべく、IHQ(International HQ:国際地域統括本部)という統括会社の枠組みを2015年に設定した。マザー工場機能を持ち、他国拠点をサポートするタイ拠点がIHQの認定を受けられれば、恩典を受けられる可能性がある。

 一方で、タイをはじめ新興国にマザー工場機能を設置すると、人材流動性の高さゆえ持続可能性が課題となる。

 しかし、IoTを用いることで、問題検知やデータ蓄積、問題のふるい分けを自動的に行ってエンジニアの物理的な移動効率を上げたり、エンジニアの経験に基づく領域をシステムで代替したりすることが可能となりうる。

 これらは、必要な熟練エンジニアの数を減らすことに繋がり、人材流動性の高さへの現実的な解となるのではないか。

グローバル展開に向けた実験場としての“ASEANの中のタイ”

 IoTが企業の生産活動に対して与える影響は、短期的には限定的だが、長期的には無視することができない。日本企業は長期的な観点でIoTが適用された生産機能をイメージしつつ、準備を進めていく必要がある。

 一方で、初めから生産機能に対する大規模な変更をグローバルに導入していくことは、検討規模と影響範囲の大きさから容易ではない。また、日本での導入は、既存のシステムとの整合性や慣習、しがらみもあり、一筋縄ではいかない。

 上記を踏まえたとき、ASEANの中心に位置づくタイ拠点のマザー工場化は、グローバルの生産システム改革に向けた実験場と位置づけることもできるのではないか。

 ASEANはひとくくりにまとめられることが多いが、経済水準・文化・法制度の異なる複数の国で構成されたモザイク状の共同体である。そのため、各国の各工場で起きるトラブルは異なり、グローバルにおける地域ごとの違いを、規模を縮小して模したものになりうる。また、各国間の距離は近く、タイのマザー工場から各工場へのエンジニアの物理的移動もグローバルで検討するよりも実施しやすい。

 将来のIoTを用いた「スマートなマザー工場」の時代を見据えて、スピーディかつ実践的に試行錯誤を繰り返す場として、“ASEANの中のタイ”を捉えることは日系企業にとって有益と考えられる。

筆者:吉村 英亮