スバルのショールーム(「Wikipedia」より)

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「社名とブランド名を統一して魅力あるグローバルブランドに成長させる。(社名変更は)これから価値を提供するブランドとして生きる決意表明」(吉永泰之スバル社長)

 年間販売台数が100万台を突破し、4月1日に社名を富士重工業から変更したSUBARU(スバル)の動向が注目されている。成長の要だった米国新車市場に変調の兆しが見え始めているのに加え、「米国第一」を掲げるトランプ米政権の政策が不透明だからだ。さらに円高ドル安の為替動向も業績に暗い影を投げかけている。今年6月には重鎮の役員が相次いで経営の第一線から外れることも決まり、ポスト吉永をめぐる動きも活発化している新生スバル。自動車業界で引き続き存在感を打ち出せるのか。

 スバルの2016年のグローバル販売台数は前年比3%増の101万2000台と過去最高となり、初めて100万台を突破した。成長はリーマンショック後から一貫して続いてきた。09年のグローバル販売台数が約55万台で、この7年間で約45万台増えたことになる。スバルの高い成長を支えてきたのが米国市場だ。リーマンショック前の07年の米国販売が18万7000台だったのが、16年には61万5000台と45万台近く増えている。17年には67万台にまで伸ばす計画を掲げる。

 スバル車は「走り」にこだわり、水平対向エンジンや4輪駆動システムの「AWD」などが特徴のニッチ(すき間)なブランドで、スバル車に乗り続けるユーザーは「スバリスト」と呼ばれるなど、コアなファンが多いことで知られている。マニアックなクルマだけに年間販売台数50万台前後の自動車メーカーだったが、ここ数年の成長で一躍、注目のブランドとなっている。

 スバルが注目される理由は、急成長に加えて、利益率の高さにある。国内最大手トヨタ自動車の15年度の売上高営業利益率が10.0%、日産自動車が6.5%、ホンダに至っては3.4%なのに対して、スバルは17.5%と、世界の自動車メーカーのなかでも群を抜いて高い。スバル車ユーザーはこだわりが強く、値引きもある程度抑制できることが理由のひとつだ。

 スバルは戦前の航空機メーカーである中島飛行機が前身で、1953年に社名を富士重工業に変更した。中島飛行機の創業から100周年を迎えるのを機に社名変更し、新たな成長を目指すはずだったスバル。しかし、早くも試練を迎えそうだ。

●ピークアウト

 ひとつが、主力市場でこれまでのスバル成長の要だった米国市場の先行き不透明感が増していることだ。米国の3月の新車販売は前年同月比1.6%減の155万6000台と、3カ月連続マイナスとなった。しかも販売奨励金(インセンティブ)は過去最高レベルに達しているものの、在庫は増えている。米国新車市場は16年まで2年連続で過去最高を更新してきたが、ピークアウトが鮮明になりつつある。

 スバルの米国販売は依然として伸びているものの、「販売競争が激化しており、スバル車といえども今後、インセンティブを積み増さないと厳しくなるのは確実」(自動車ジャーナリスト)とみられ、利益率に影響する。スバルにとって米国での販売台数やインセンティブの動向が、業績を大きく左右する。もともと「米国一本足打法であることが経営の最大のリスク」(アナリスト)とされていただけに、リスクが現実の危機になりかねない状況だ。

 トランプ米政権の政策も今後の懸念材料のひとつだ。同政権は貿易赤字削減に向けて日本との通商交渉を本格化させる。スバルは同政権が批判しているメキシコに工場は持っておらず、米国販売の伸びに伴って米国工場の生産能力を増強している。それでも、米国で販売している60万台のうち、米国生産は40万台で、残りの20万台は日本からの輸出だ。これに加え、スバルは米国で車両は生産しているものの、エンジンは日本から輸出しており、現地調達率が高いとはいえない。日米の通商政策見直しは、スバルにとって大きな経営のリスクになる可能性がある。

 さらに、為替水準が円高ドル安傾向となっていることによる業績への影響は避けられない。1円の円高で営業利益が100億円以上悪化するほど、為替の影響を大きく受けるスバルの業績に深刻な影響を及ぼす可能性がある。すでに16年4-12月期の業績は、販売台数が伸びているにもかかわらず為替差損で営業減益となっており、営業利益率は前年同期の18.0%から12.6%にまで低下している。さらに円高が進めば業績に大きなマイナスのインパクトを与える。

●経営体制の一部を刷新

 潮目が変わりつつあることを感じてか、新生スバルは経営体制の一部を刷新する。今年6月、生産部門のトップだった近藤潤副社長が代表権を返上して会長に就任、開発部門トップの武藤直人取締役専務執行役員が退任する。近藤氏も武藤氏も吉永社長よりも年上。吉永社長より1歳下の高橋充取締役専務執行役員も6月で退任するなど、世代交代を進める。

 また、同年代の日月丈志取締役が代表権を持ち、実質ナンバー2となり、吉永―日月体制で経営を主導する。11年にスバルのトップに就任した吉永氏も今年で7年目。米国事業の成功によって販売台数、業績ともに拡大一辺倒できたことから長期政権を樹立してきたが、次の世代へのバトンタッチも視野に入れている模様だ。後任には6月にボードメンバー入りする岡田稔明常務執行役員、加藤洋一常務執行役員の2人が有力視されており、早ければ18年にもトップ交代が予想される。

 ただ、米国市場の動向によっては経営環境も一変する可能性もある。吉永社長の思惑通り、吉永―日月体制で、市場環境の変化を乗り切り、スムーズに新しい経営体制にバトンを引き継いで持続的な成長を実現できるのか。「奇跡的な成長」を遂げてきたスバルは正念場を迎える。
(文=河村靖史/ジャーナリスト)