ローソンの店舗(「Wikipedia」より)

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 4月12日、ローソンの取締役会で玉塚元一会長が「退任して、新しいことをやりたい」と辞意を伝えた。

 三菱商事出身の竹増貞信社長は、玉塚氏と一緒に出席した共同記者会見の場で、「慰留を重ねたが、玉塚氏の(退任の)意思は固かった」と述べた。だが、玉塚氏が退任を決意した理由は竹増氏、さらに三菱商事の「自分に対する評価の低さ」にあったと関係者は推察している。

 記者会見で玉塚氏は、「色々な話を頂いている。これから考えて決めたい」と語り、「あまりアイドリングはしたくない。次に突入するが、まったく違う業界かもしれない」と意味深な捨てゼリフを残した。

 玉塚氏は退任の理由について「(ローソンが)三菱商事の子会社になったことが、ひとつのきっかけ」と明言した。5月末の株主総会での退任を表明した玉塚氏は、時折、目に光るものがあった。涙の意味は、おそらく「悔し涙」だとみる向きが多い。

 先述の捨てゼリフから、流通業界関係者は「三木谷浩史会長兼社長と話がついているのではないのか。電撃的に楽天入りして、苦戦が明らかになっている楽天市場を担当するのではないか」と予測する。

 また、ある百貨店幹部は、「まったく違う業界」という言葉から「日本電産の永守重信社長兼会長のもとで、新しい業態の仕事を立ち上げるのではないか」とみる。日本電産が消費者と直結するビジネスに打って出るという見方をしている。

 いずれにしても、オーナー経営者の企業に入って社長兼COO(最高執行責任者)となり、陣頭指揮するという見立てだ。

 一方で、こんな情報もある。三井物産に入り、同社が日本マクドナルドホールディングスを買収した暁に、マクドナルドの社長兼CEO(最高経営責任者)になる、というものだ。だが、この情報には少し飛躍があるかもしれない。

 2016年6月、筆頭株主の三菱商事が竹増氏をローソン社長に送り込んだ。今年2月には、株式公開買い付け(TOB)によってローソンを子会社にした。当初は、玉塚氏がCEOとして国内を担当、竹増氏がCOOとして海外を担当という役割分担をしてきたが、3月にCEO、COOを廃止し、竹増氏に権限を集中させた。

 玉塚氏の仕事は企業統治とされたが、要するに「第一線から引け」という意味だったのだろう。

●新浪氏が三菱商事の反対を押し切り社長に

 ローソンの元社長でサントリーホールディングス現社長の新浪剛史氏が、10年に玉塚氏を直接スカウトしてローソンに入社させた経緯がある。14年に新浪氏の後を継いで社長に就任したが「玉塚氏の社長就任に三菱商事の経営陣は強い難色を示した」(三菱商事の元役員)といわれている。そのため、「新浪氏が当時、三菱商事の会長だった小島順彦氏を説き伏せて玉塚社長の誕生にようやくこぎつけた」(同)という事情がある。

 三菱商事の現経営陣は、玉塚氏をまったく評価していないのだ。そのため、玉塚氏の権限を徐々に狭め、退任への道筋をつけたといっても過言ではない。
 
 三菱商事は、コンビニエンスストア業界3位のローソンへの出資比率を33.47%から50.1%に引き上げ、子会社にした。

 三菱商事は16年3月期の連結決算で、資源相場の下落を受け銅、LNG(液化天然ガス)などの資源事業で4260億円の減損損失を計上し、創業以来初の1493億円の最終赤字に転落した。15年間維持してきた純利益で商社トップの座を伊藤忠商事(純利益2403億円)に明け渡した。

 そこで、首位奪還を目指し、垣内威彦常務執行役員・生活産業グループCEOが4月1日付で社長に就任した。垣内氏は「資源をあてにした経営はやめる」と宣言し、食品や非資源分野を軸に出資先の経営に深くかかわり、“稼ぐ力”を構築する方針を明確に示した。

 出資比率が20%以上50%未満の持分法適用会社の出資比率を50%超に高めて子会社にしたローソンは、当初、ダイエーのコンビニとして誕生した。01年2月、三菱商事は経営が悪化したダイエーに代わってローソンの筆頭株主になった。

「3年で結果を出せ」――。当時、三菱商事社長だった佐々木幹夫氏が、ダイエーやローソンを担当していた新浪氏に与えたミッションがこれだった。三菱商事は2000億円以上を投じてローソンの株式を取得したが、企業価値はすでに半分以下になっていた。ローソンの経営を立て直して株価を引き上げるという、差し迫った課題を解決するため02年5月、新浪氏はローソンの社長に就いた。

 43歳の若さで、大商社の“安全地帯”からコンビニの“荒野”に飛び込んだ新浪氏をメディアは「コンビニ業界の風雲児」と持ち上げた。

 新浪氏はローソンの立て直しに、ひとまず成功したといっていいだろう。12年間ローソン社長を務め、11年連続増益を達成した。

 彼の最大の功績は、ローソンを支える加盟店のオーナーの信頼を取り戻したことだ。14年5月の株主総会では、株主として出席していた加盟店のオーナーから“新浪コール”が巻き起こり、急遽、新浪が壇上に登る一幕があった。新浪氏は加盟店のオーナーからの万雷の拍手に送られ、社長を辞任した。これは流通業の経営者として何よりの勲章といえる。

 その新浪氏が後継者に選んだのが、玉塚氏だった。玉塚氏は、ユニクロを運営するファーストリテイリングの社長を務めたが、結局、柳井正会長兼社長のお眼鏡にかなわず社長を更迭され、自分で立ち上げた投資会社を経て、ローソン入りを果たした。そして14年5月、ローソンの社長に就いた。

 玉塚氏が社長時代に、ローソンはコンビニ2位の座から転落した。16年9月1日、3位だったファミリーマートが、サークルKサンクスを傘下に持つユニーグループ・ホールディングスと経営統合し、店舗数や国内売上高でローソンを抜いて第2位に躍進したからだ。3位に転落したローソンを再浮上させるために三菱商事が打った策が、ローソンを子会社にすることだった。

●玉塚氏、辞任は不可避な状況だった?

 ローソン子会社化に向けて、重要な伏線があった。ローソンは16年3月、竹増氏が6月1日付で社長兼COOに昇格し、玉塚社長が会長兼CEOに就く人事を発表した。

 今では三菱商事の新戦略「事業投資から事業経営へ」のシフトと連動した人事だったことが、はっきりとわかる。ローソンを直接経営するとの意思の表れだ。

 ローソンの首脳人事も三菱商事が決める。玉塚氏に代わって竹増氏が社長に就任したのは、その具体例だった。

 竹増氏は14年に三菱商事からローソンに副社長として派遣された。三菱商事の畜産部門出身で、16年4月に三菱商事社長に就任した垣内氏とは、畜産部門で13年間、上司・部下の関係にあった。ローソンに派遣される前の4年間は、三菱商事の前社長、小林健・現会長の業務秘書として仕え、「一緒によくカラオケにも行っていた」(別の三菱商事の元役員)ほどの関係だった。

 竹増氏の使命は、子会社ローソンの企業価値を高めて、親会社の三菱商事に大きなリターンをもたらすことだ。持分法適用会社から子会社になったローソンの成長の道筋をどうやってつけていくかである。

 昨年9月、当サイトで、「玉塚氏はCEOの職位を1年以内に竹増氏に譲ることになると見られている。玉塚氏が退任した後は、会長のポストを空席にするとの見方もある。そうすれば、ローソンの経営の風通しは一気に良くなる」と予測したが、これがズバリ的中したことになる。
(文=編集部)