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血圧計と言えば、本体とカフ(腕帯)がチューブでつながった"チューブ式"と呼ばれる形態が一般的だ。しかし、オムロン ヘルスケアが3月1日に発売した新製品「オムロン 上腕式血圧計 HEM-7600T」(以下HEM-7600T)は、これまでの常識を打ち破り、本体とカフが一体化したチューブレスタイプの画期的な製品となっている。

装着から測定までをスムーズに行うことができ、ユーザーの使い勝手の大幅な向上に成功したHEM-7600Tのデザインを担当した同社デザインコミュニケーション部の荻原剛氏に話を伺った。

○「シームレス」な血圧計を目指して

HEM-7600Tのデザインでコンセプトとして、最初に掲げられたのは"シームレス"だという。3つの要素を「シームレス」にすることを軸として開発が進められた。

「血圧を"測る"という行為をユーザーが習慣として取り入れるためには、装着や操作がめんどうでなくなるということが不可欠です。これが開発における1つ目の軸になると考えました」(荻原氏)

そこで目指したのは前述のとおり、本体とカフが一体となった血圧計。これを実現するためには、ポンプやセンサーなどの各部品を小型化することがまず検討されたとのこと。

血圧計で心臓部となるのは、ポンプとモーターから空気を排出する弁の部品だが、この2つは一から新しく開発が進められたのだという。ただし、ただ単に小さくすればいいというわけではない、と荻原氏。

「小型化すると言っても、ある程度限界はあります。というのも、モーターを小さくすると、必然的に周波数の高い稼働音になり、うるさく感じてしまうんです。ゆえに、ただ単に部品を小型化すればいいというわけではないんです。初期のモデルはモーター音がかなり大きかったのですが、ソフトでモーターを制御し、同じ大きさでも極力音を抑えることに成功しました」(荻原氏)。

また、ユーザビリティとの兼ね合いも必要だ。「コンパクトさと使い勝手の両立をめざし、開発チームとともに、さまざまな構造を検討しました。小型化しすぎても逆に使いにくくなってしまいます。チーム内で意見が分かれるところもありましたが、薄く見せるための配置パターンを10通りぐらい作ってみたり、使い勝手と装着感とのバランスなどを見ながら、一つひとつ議論して決めていきました」

従来のタイプの血圧計における装着の煩わしさを解消するため、開発されたのが同機だ。しかし、ディスプレーが独立しているために大きな画面で測定結果を見やすいという従来機のメリットは失われる。本体とカフを一体化させた場合のディスプレー部分には、多くの課題があったという。

そこで、表示部として採用されたのが有機ELディスプレーだ。従来の液晶に比べると高精細な表示が可能で、文字がつぶれることがなく視認性に優れているためだ。しかし、荻原氏によると、問題はそれだけではなかったとのこと。

「表示部がカフの一部として収まっているため、まずはどういう向きで取り付けるか、ということも考えなければなりません。そこで実際にユーザビリティーテストを行ってみたところ、操作する面が手前側にあるほうが使い勝手がいいと感じるユーザーが多いとわかりました」

○ユーザーフレンドリーなエラー画面

モーター音の問題と同様、装着感をよくするために、何もかも小型化を図ればよいというわけではない。特に表示部に関しては"見やすさ"を損ねないレベルで位置や配置を検討する必要がある。さらに、視認性を高めるために採用された有機ELディスプレーも次なる課題を招いたのだという。

「血圧計というのは、測定前に毎回必ずキャリブレーション(目盛調整)を行います。従来の液晶の場合だと4〜5秒程度かかっていても、画面の立ち上がりと連動していたため気になりにくかったのですが、全点灯するというワンアクションがない有機ELだと、とても長く感じるんです。そこで、ソフトを使ってキャリブレーション時間を1.5秒ほど短縮しました。早すぎず遅すぎもしない、ちょうどいい時間というのが意外と難しいんですよ」

もちろん、高精細な表示が可能になった有機ELディスプレーに表示される内容についてもわかりやすさに配慮され、改良が施された。

大きな点では、エラー内容を日本語で具体的に表示できるという点だ。電化製品にありがちだが、従来の血圧計ではエラーとなった場合は英数字を組み合わせたエラーコードが表示されるのみで、詳細は取り扱い説明書を参照する必要があった。それを、ディスプレー上で確認できるようにしたのだ。例えば測定中に体が動いたり、カフの巻き方がゆるかったりした場合には、「再測定をおすすめします」というメッセージやその理由がマークや文字で表示されるので、ユーザーが惑わされないで済む。

○性能と快適さのはざまで

カフの向きや位置を気にせずに装着しても正確に測定できるというのも、測定に関わる"シームレス"化においてのもう1つの大きなポイントだ。荻原氏によると、技術以上に大きく立ちはだかったのは、各種機関による認可や法律上の壁だったという。

「"医療機器"として販売する血圧計は厚労省など発売する国の機関の基準をパスし、認可を受けなければなりません。カフをどちら向きに装着しても問題なく測定できるかどうかという検証には力を入れました。実は、今回製品化にこぎつけましたが、この機器の構想自体は10年ほど前からあって、プロジェクトとしては3年ぐらいかかりましたね」

その他、肌に直接装着するカフの快適さも重要だ。カフの内部には血圧を検知するためのセンサーがあり、全周が空気袋となっているのが基本構造。ただし、位置や向きを気にせずカフを装着可能にした構造により、HEM-7600Tの空気袋はこれまでの1.5倍ほどの長さになっている。

さらに、空気袋は気密性を保つことが重要なため、周囲を布で包むと性能を担保しやすいが、布は空気を通してしまうのでコーティングを施す必要があり、その結果触感がゴワゴワとしてしまい、ユーザーが装着した時の快適さを阻害してしまうというジレンマもある。

そこで、「素材の選定にあたっては開発担当者と一緒に探すところからやりました。最終的には肌に直接触れる部分の上にもう1枚布を施すことにしました」と荻原氏。

○"自立する"血圧計を実現

同製品が目指したコンセプトの2点目は"日常生活"のシームレス化だ。荻原氏によると、オムロン ヘルスケアでは従来のチューブ式の血圧計の最大のデメリットは"佇まい"にあると考えていたという。

「チューブをなくすという課題に挑んだ新しい商品で、そのコンセプトを形に閉じ込めるためには、"立たせる"ことが必須と考えました。チューブレスなので、テーブルなどに置いていても邪魔にならず、血圧が気になった時にすぐに測定することを可能にしたかったんです。開発チームにも、この"自立する"という機能はマストでお願いしました。"めんどう"と思う部分を少しでもなくしたかったんです」と荻原氏。

ところが立たせると言っても現実的にはそれほど単純ではない。立たせるためにはカフの幅を広くするというのがもっとも簡単な方法だが、広く海外にも展開している製品である以上、ある程度レンジの広い層に適合する幅でなければならない。空気袋を制御するための機構を収めることも必要。ゆえに3Dプリンターで本体のモックアップ模型をいくつも作成し、検討が続けられたとのことだ。

荻原氏は「本体は腕に装着することを想定して内側にわずかに湾曲しています。切り出した面は一見平面のように見えますが、実は少しねじれています。ここが真っ直ぐだと、湾曲しているので成形した際に金型から抜けなくなってしまうんですよ」と打ち明ける。

デザインコンセプトとして、"シームレス"と掲げられた3つ目の項目は管理だ。HEM-7600Tは、計測結果を本体のディスプレーに表示する他に、Bluetooth経由でスマートフォンと接続し、専用アプリでデータの確認と管理が行うこともできる。スマホとの通信に関しても難しさを排除し、アプリ上でわかりやすくガイドできる接続フローを意識したとのことだ。

○シルバーをカラバリから外した理由

HEM-7600Tの本体カラーはブラックとホワイトの2色を展開する。もともとはホワイトのみだったが、ブラックが追加されたのだという。アメリカではブラックのみを販売する。カラーバリエーションの考え方について訊ねると、荻原氏は次のように説明した。

「血圧計は家庭用の電子機器であり、デザイン上も家電的なイメージを持つ人が多いかもしれませんが、そもそもは医療機器でもあります。サイバーな印象のシルバーも見た目としてはかっこいいと思いますし、候補には挙がりましたがが、実際には筐体は非金属のため塗装で金属っぽく演出する必要があります。いくら見栄えが良くても、それはフェイクですよね。医療機器としての本物感を出したかったこともあり、あえて却下しました」

ユーザビリティを改善することで、めんどうがらずに習慣的に血圧測定を行ってほしいという思いから誕生したHEM-7600T。担当者に話を伺ってみると、単に本体とカフを一体化したというだけには留まらない開発秘話や、表向きにはわかりにくい、ユーザー本位の視点に立った細かな配慮や工夫が随所に散りばめられていることがわかった。

血圧を測るという行為を気軽で簡単にすることで、高血圧に起因する心疾患や脳疾患を減らしたいという同社の思いが、プロダクトデザインとしてまさに昇華された商品とも言えるだろう。

(神野恵美)