◇電柱の地中化には地域の理解と協力が不可欠





土屋:一人でも多くの人に「無電柱化」を知ってもらって、無電柱化に関心を持つ人が増えれば政治は動くのでしょうか。

松原:国民が関心を持つということはとても重要です。なぜなら電線を埋めるにあたって、近隣住民に迷惑をかけるのは間違いないんですよ。

土屋:道路工事は大変ですよね。

松原:「お宅の前の道路を1ヶ月封鎖しますよ」って言われたら、誰だってイヤじゃないですか。 ただ、これも国民の気持ち1つというのがある。いままでは工事の話を決める時に、電力会社と国交省や自治体が主に話し合って決めてきた。

でも、これからは街づくりをしている人達、町内会の人達が入って、どういう形で埋めるのかという選択をする時にも合意していき、そこで合意する形になれば、工事の期間も短くなっていくだろうと言われているんですね。

土屋:というと?

松原:電力会社が望んでいるのは、工事中に掘った穴を埋め直さない工法。現在の道路工事って、掘って作業して、夕方にはまた道を埋めなおしているんですよ。穴があると通行人が危ないからとされて。でも穴をいちいち埋めなおさなければ、相当費用が安くなるらしいんです。

土屋:あー!なるほど。

松原:関西電力が今、京都の先斗町でやっている方法が面白い。あの狭い道を無電柱化しようとしているんですけど、いちいち土を入れて埋め戻さずに、発泡スチロールみたいなものをドンと入れて蓋をする。 狭い道だったら出来るんですよ。蓋の上を車が通らず、せいぜい人しか通らないから。何トンも重さがかかると落ちちゃう。それはそれで、新しい工夫が出てくると思いますけど、とりあえず今はそういう工夫がされている。 埋戻しをしなくていいことに住民が合意してくれたら、工事費用が相当に下がるらしいんですね。

土屋:工事の大半が埋めるのと掘るのですもんね。

松原:もちろん、穴が空いたままでは恐いというのはあると思いますけど、それはどういう形の蓋をつけて安全にしていくかをみんなで合意してもらって、納得する形を決めるべきだと思います。最大の問題は、それでもなお、変圧器が路上に残る場合、どこにどう入れるか。

「うちの家の前はイヤだ」と全員が言ったら、どこにも置けなくなってしまいます。それだったら、電柱が無くなっても、街灯は残るから街灯のところに入れましょうとか、代替案になると思います。それもみんなで合議である程度、案を出して決めていくってことになると思う。そのためには、住民が意思決定にかなり参加してもらわないといけないでしょう。


◇無電柱化は街の価値を向上させる



土屋:みんなが世界遺産登録に躍起になるように、景観がいいと、「この商店街にもう1回来たいな」ってなりますよね。僕、電柱がなくなった永福町(京王井の頭線)の駅前を見て本当に思ったんです。街の資産というか価値というものに、空ってすごく重要だなってことを感じました。電柱のない街は土地の値段が上がったりしないんですかね?


いち早く電柱地中化を実施した永福町の商店街。電線がなく空が広い。


松原:地価については調べた人がいるんですよ。デベロッパーさんはこれまで、住宅地を開発する時に無電柱化したいとなって、自腹で埋めてきたんです。それで地価がどうなるかっていうと、電柱のない街のほうが4〜7%上るっていう結論だったんですね。それなら、政策でもっと無電柱化を打ち出す市町村があってもいいと思うんですけど。

静岡県の三保の松原では、電柱が多く富士山が電線で横切られて綺麗に見られない。それで世界遺産の認証団体から「取り消しもありうる」って指摘がなされたらしい。そこで電柱を取り払うことになりました。無電柱化の重要性に気がついたところは、どんどん取り払って行ってます。私が一番気になっていた1990年頃って、電柱・電線無しに富士山の写真を取れる場所が消滅した時期なんですよ。

土屋:どこから見てもみたいなことですかね。

松原:今は、東京の富士見坂とか富士見台とかでも、富士山がすっきりと見えなくなっているじゃないですか。ビルが邪魔しているからですけど、富士山に近づいていっても、電柱・電線無しに写真が撮れないって状態じゃあ、何のための世界遺産か分からない。

やっぱりそういう時に「うちはベストショットが撮れますよ」とアピールしたい自治体が出てきたら、そこが電柱を無くすことはありえますよね。そうやって今後、やる気のある自治体が条例を作って、新しい電柱を作ることを禁止するとか。もっと強く、これまであるものを取り払おうとか。 そういう話で競争が始まることを僕らは期待しているんですけど。小池さんは、新設禁止を東京都で条例に盛り込むでしょう。


◇電柱を新設できない仕組みが必要



土屋:それはいいなと思います。三谷幸喜さんの映画じゃないですけど、制約があった方が面白い。たとえばワンカットで作品を撮ると決める。そうしたら、じゃあどう工夫しようかってことになる。「今後電柱を建てるのは禁止」っていうのは、分かりやすいなと。

松原:分かりやすいですよね。そうすると、電力会社も本気になってやれば、元々ものすごい技術力を持っているわけだから。それを無電柱化に投入したら、かなりのことが可能になると思うんですよね。 ただ電力会社もいままで動かなかったのは当たり前のところもあって。実は電柱って、埋めることに比べると、めちゃくちゃコストが安いんですよ。区道だったら区に払うお金は、年間で1本1000〜2000円って言われていて、1km辺り数千万円で終わっちゃっている。埋めると現在は1億8千万円で。

今後、規制するとして、経済学的にいえば電柱の家賃を10倍にすればいいんじゃないか。1本に建てることに対して、道路を持っている人に払うお金を10倍にする。もし埋めたら、逆に返しますよっていうのもいいかもしれませんけどね。

土屋:電力会社には「そりゃねえよ」って言われると思いますけど、「だったら地中化やるか」ってなりますもんね。

松原:今までは、電柱を立ててきた人にとって、あまりにも有利な状況を作りすぎたので、それをどうするか。いままで道路の所有者は「電柱を立てたい」と言われたら、認めなければきゃいけない法律があったんです。ところが、昨年末にできた無電柱化推進法によって、「イヤですよ」という権利が道路を持っている人にも出てくるんじゃないかという話になっていて。法律的にどう解釈できるのか議論をしようとしているところなんですね。

もし家主さんが「イヤだ」と言ったら、「出ていきなさい」って話になるわけですよ。これは新設だけじゃなくて、場合によっては、すでにあった電柱もダメってことになる。そうすると、道路所有者に「地中に埋めなさい」って権限が出てきます。これが、今一番ホットな議論ですね。

土屋:電力会社への賃料を上げるとなると「いいぞ!」って、国民は味方になる気がします。


◇無電柱化はモデルケースの積み重ねが大切



数多くの電線が張り巡らされている巣鴨地蔵通り商店街


松原:最近では自分たちから無電柱化をやろう、という自治体があちこちで出てきています。東京で言うと、豊島区。巣鴨のとげぬき地蔵通りはこれから無電柱化工事をやるんですよ。徐々に調査も始まっています。

土屋:それは住民の方と話し合った上でそうなったってことですか?

松原:あそこはゴチャゴチャした道で、ある程度幅はありますけど、ずっと幅広の歩道が取れるほどではない。これまでの国道のように共同溝が埋められるわけではないので、そういう意味でモデルケースになりそうです。色々なタイプの新しい技術も入れると思いますので、こういうケースが何ヶ所か出てきたら、地方は真似できる。

地方の細い道を持っている自治体って、完全に無電柱化だけを担当するような担当者はいないでしょ。知識がないこともあって、対応に消極的だったんですが、事例がたくさん出てきたら「あそこと同じやりかたでいいじゃん」とマネできるじゃないですか。これからかなり事例を作っていかなきゃいけない。台東区のかっぱ橋道具街もやると言っています。

土屋:先生の考えるベストプランっていうのは、僕たちが市民レベルで望むことによって市区町村や首長さんが動いて、モデルケースを積み上げることが一番大事だということですか?

松原:そうですね。国民、住民がそういう風に気持ちを前向きにしていただいたら、電力会社さんも自治体もやる気になるだろうと。国のレベルでも、ただ法案を出しただけじゃなくて、電力会社に前向きになる動機付けをしないと。

土屋:電力会社のメリットは、どういったことが考えられますか?

松原:税制だったり、色々なことがあるでしょう。普通はマイナスに見えるかもしれないけど、地価が上がって、みなさんに喜んでもらって、「これだったら電力自由化しなくてもいいんじゃないの」って言われるようになれば。 いくつも電力会社があったら、停電が起きるかもしれないし、それよりも安定供給してもらう方がいいっていう話になるかもしれない。そのようにお互いがウィンウィンになるような関係になれたら、よろしいんじゃないですかね。

土屋:今、原発の問題とかもあるから、電力会社に旨味のあるような話をするのは、なかなか難しいんだろうなと思いますけども。

松原:電力会社の間でも、無電柱化は競争になっていくと思いますね。この前、関西電力の方と話をしたら、すごくやる気でした。「うちはもうトップに行きますよ」と言っていましたから。


プロフィール


■土屋礼央



1976年、東京都国分寺市出身。RAG FAIR として2001年にメジャーデビュー。 2011年よりソロプロジェクト「TTRE」をスタート。ニッポン放送「土屋礼央 レオなるど」、TOKYO MX2「F.C. TOKYO魂!」、FM NACK5「カメレオンパーティ」などに出演中。ニューアルバム「ブラーリ」が好評発売中。
TTREニューアルバム「ブラーリ」
土屋礼央 オフィシャルブログ
Twitter - 土屋礼央 @reo_tsuchiya




■松原隆一郎



東京大学大学院総合文化研究科教授。社会経済学者。2015年に小池百合子東京都知事との共著『無電柱革命 (PHP新書)』を発表。日本の電柱地中化を提言している。
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