低所得者と富裕層の「1」はこんなに違う

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10万円をもらったら多くの人は喜ぶだろう。しかし富裕層は100万円でも喜べない。なぜ収入の高い人ほど幸福度が鈍くなるのか。

■所得が増えるほど小さな楽しみを味わう能力は減るのか?

所得が一定の水準以上になると、幸福度は頭打ちになるのではないか。

前回*は、そんな「飽和点仮説」の説明の中で、プリンストン大学名誉教授ダニエル・カーネマン(行動経済学)の以下の言葉を引用しました(*年収10億 富裕層の結論「“ビンボー”が幸福を呼ぶ」http://president.jp/articles/-/21655)。

「もうそれ以上は幸福感を味わえないという所得の閾値は、物価の高い地域では、年間所得ベースで約7万5000ドルだった(物価の低い地域ではもうすこし少ないだろう)。この閾値を超えると、所得に伴う幸福感の増え方は、平均してゼロになる。所得が多ければ多いほど、好きなところへ旅行に行けるしオペラも見られるなど多くの楽しみを買えるうえ、生活環境も改善できるのはまちがいないのだから、これはじつに驚くべき結果と言える。なぜこうした追加的な快楽は、感情経験を高められないのだろうか。考えられるひとつの解釈は、所得が増えるほど生活の小さな他の楽しみを味わう能力が減ってくるのではないか、ということである」(ダニエル・カーネマン著『ファスト&スロー下』早川書房)

今回は、この中に出てくる、「所得が増えるほど生活の小さな他の楽しみを味わう能力が減ってくる」という部分について考えていきます。

高所得の人とそうではない人で、同じ楽しみを経験しても感じ方が違うのでしょうか? あるいは、資産が多い人とそうでない人では同じ楽しみを経験しても感じ方が違うのでしょうか?

僕は、お金に対する人間の感覚は絶対的なものではなく、すでに保有している資産によって感じ方の変わる相対的なものであると感じています。

■人は何g増えたら、「重くなった」と感じるのか?

ドイツの生理学者エルンスト・ヴェーバーは1834年におもりを持ち上げる実験で、おもりの重さの変化を感じ取る感覚は、何g増えたかといった差ではなく、何倍になったかという比に依存していることを示しました。

これは、後に「ウェーバーの法則」と言われます。

【ウェーバーの法則】
弁別閾(気づくことができる最小の刺激差)は、原刺激の値に比例している。
△R(弁別閾)/R(刺激量) =K(定数) 
 (K=ウェーバー比)

ある強さの感覚刺激をRとし、△Rだけ強めるか弱めるかして変化させたときに初めてその刺激の強度の相違が識別できたとします。この場合の△Rを弁別閾値といいます。そして、「△R/R=K(一定)」というこの法則は、重さ・音・明るさなど五感の多くで(中等度の強さの刺激に対して)成立します。

例えば、重さのウェーバー比が0.02だとします。

指先に100gのおもりを載せ、1gずつ加えて重くしていって何g加わったら「重くなった」と感じるかを調べます。その場合、2g増えたときに重さの変化に気づくのに対して、最初の重さが200gのおもりだと2g増えただけでは重さの変化に気づきません。この場合、200gにウェーバー比の0.02をかけて4g追加しないと重さの変化に気づくことはないということです。

つまり、重さの変化は同じ2gの差であっても、最初に持っているおもりの重さによって感じ方が違うということです。また、弁別閾以下の数値が加わったとしても人にはその差が感じ取れないということです。

そして、お金の場合にもウェーバー比が一定だとすれば……。仮に1000万円の資産を持っている人にとって弁別閾が10万円だったとします。でも、10億円の資産を持っている人に同じ10万円が増え10億10万円になっても「お金が増えた」とはとても感じられないということです。仮にウェーバー比が0.01だとすると、10億円持っている人は1000万円お金が増えないと増えたと感じられないのです。

確かに、外的なお金の増加は10万円という客観的な数値(購買力)で測ることができますが、それは誰にとっても同じ感じ方(金銭感覚)であるわけではなく、保有する資産が大きくなれば小さなお金の増加を嬉しいと思うことはないということです。

大きな資産を持つ人にとっては、前出のカーネマンのいう「所得が増えるほど生活の小さな他の楽しみを味わう能力が減ってくるのではないか」ということが該当し、違いを感じるためにはより大きな資産の増加が必要だということになります。

■低所得者と富裕層の「1」はまるで違う!

ヴェーバーの弟子のグスタフ・フェヒナーは「ウェーバーの法則」から以下のフェヒナーの法則を導き出しました。

【フェヒナーの法則】
感覚量は刺激強度の対数に比例する。
E(感覚量)=K(定数)logR(刺激強度)

これをグラフにしてみると、下記のようになります。

仮に、図の「刺激強度」を所得とすると、所得が低い間は1単位の感覚量は少しの増加で急激に上がっていきますが、その後は1単位の感覚量の増加に膨大な収入の増加が必要になってきます。

所得1000万円の人が所得1億円になったときに感じる感覚量の差を所得1億円の人が感じようとすると所得10億円になる必要があります。

つまり、所得の増加は高額所得者になればなるほど、だんだん所得の増加によって与えられる感覚量を鈍くしていくことになります。

「所得が増えるほど生活の小さな他の楽しみを味わう能力が減ってくるのではないか」というカーネマンの説はフェヒナーの法則とも符合するものかと思います。

前回の記事でもお話しましたが、横軸を収入の値とし、それを対数で表示した場合。どこまでも幸福感(図の縦軸)が伸びるとしても、現実的に所得を一定の水準を超えて指数的に伸ばし続ける人が世の中にいるかと言えば、ほとんどいません。

僕は脱サラしてから数年で所得1億円を達成しました。しかし、10億円超えには実に16年という歳月がかかりました。そして、その次の桁(100億円)を達成することは僕が生きている間にはさすがに難しいでしょう。

そして1単位の主観的幸福(縦軸)を増加させるために残りの一生涯をかけることには正直意味がないんじゃないかなと思っています。

だとすれば、幸福感が頭打ちの状態になる程度の所得なり資産なりを獲得した人が主観的幸福に影響を与える要因について考える、つまり幸福学について考えていくのは当然の流れだと言えます。

ただ単に「所得だけ」が主観的幸福に影響を与えるわけではありません。

人間関係、心身の健康などお金をかけることで大きな見返りが得られるものが他にあるのに、無理して指数的な所得の増加という手段で幸福感を得る必要がないことは明らかです。

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(行政書士・不動産投資顧問 金森 重樹)