大和総研チーフエコノミスト・執行役員 熊谷亮丸氏

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■肉の焼け具合まで気を配れますか

おそらく熊谷亮丸氏は、エコノミストのなかでも、とりわけ多忙な日々を過ごす一人だろう。ホームグラウンドである大和総研ではチーフエコノミストとして40人のスタッフを統括し、経済分析レポートをまとめる。そのかたわら「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など複数のテレビ番組のコメンテーターもこなす。加えて、全国各地での講演活動、単行本執筆と八面六臂の活躍だ。

「デール・カーネギーが『道は開ける』で<今日、1日の区切りで生きよ>といいました。私も、人間は一瞬一瞬だと思う。だから、1回のレポート執筆、テレビ出演、講演に全力を集中します。そのためには準備も万全でなければいけない。例えばWBSでは、1回の出演で3回話しますが、1回1分のコメントでも20〜30分話せるだけの材料を用意しています」

こう語る熊谷氏の1週間スケジュール表は、文字どおり分刻み。日曜日には、NHKの「日曜討論」があり、ウイークデーの欄になると、大和証券グループでのレクチャー、マスコミの取材対応、対談、講演と目白押し。18時以降ともなれば、政治家や経済界の首脳、大手メディアの記者との情報交換を兼ねた食事会で埋まる。

そんな熊谷氏も年の初めには、1年の計を立てる。その前提として10年、20年後の自分のなりたい姿を思い描いてプライオリティを決める。そして、定期的に棚卸しをして、未達成の計画は見直す。そのバランスが大事だという。基本的には、仕事は細かいことの積み重ね、つまり“凡事徹底”にほかならない。

プロ野球解説者の野村克也氏は、監督時代に若手選手を育てるとき、技術やセンスもさることながら、日々の振る舞いで、それができるかを判断した。例えば、グラウンドの転がっているボールに気づいて、さっと拾えるかどうか。食事の場面で、肉の焼け具合に気を配れるかだ。

■知識と見識を深め情報を正しく読む

「私の場合、区切りとなるサイクルは、内閣府がGDPを公表する3カ月単位。レポートを作成するに当たっては、一番旬なテーマや切り口を調査本部のエコノミスト、研究員と一緒に徹底的に議論する。このプロセスは部下の指導も兼ねています。仕上げの直前は1日おきぐらいに集まって、数時間議論して詰めるのです」

新たなビジネスチャンスに巡り合ったとき、取捨選択と本人の対応次第によって結果が大きく異なってくる。特にそのなかから付加価値の高い仕事を選び、相手が納得する成果を挙げられれば、より一層、評価も高くなり、収入も増えていくと話す。

「仕事を軌道に乗せるポイントというものがあります。当社の仕事に当てはめれば、政策当局やマスコミ、顧客にはタイムリーな情報発信が不可欠です。その関係が良好になると、相手からの情報収集や意見交換ができるようになります。そこで得た情報を正しく読むことで、さらなるビジネスチャンスにつながるでしょう。このような好循環にすることが大切で、このサイクルは、うまく回り始めると習慣化します。とはいえ、それをつくり出すには、ビジネスマンとして相応の知識と見識を深める必要があります。さらに、人間の幅を広げることが大切でしょう」

熊谷氏は、それを“リベラルアーツ”の体得だという。自分の得意分野だけでは、もはやビジネスマンとして一流とはいえない。やはり、哲学、歴史、文化、宗教まで幅広いジャンルの教養は必要だ。

去年から熊谷氏が「不識塾」という勉強会で学んでいるのも、その一環にほかならない。この塾は、中谷巌一橋大学名誉教授が理事長を務める不識庵が主催するもので、各業界から1社、経営の中核を担うと期待される執行役員、部長クラスの30名が10カ月間研鑚する。目標とするところは、確固たる歴史観と大局観を養い、アイデンティティを確立するとともに、グローバルな場においても稼げる経営者の育成である。

「当然、得意な分野をブラッシュアップしていくことは大切です。しかし、それだけでは視野が狭くなり、アウトプットする切り口も限られてしまう。もともと私は、他人の講演会に参加するのも好きですから、この塾は自分自身の充電の場として楽しんでいます。講師陣も、政治学者のフランシス・フクヤマさんやiPS細胞の山中伸弥博士と多士済々で、多方面の話を聞き、視野を広げ、多面的な思考に役立つと同時に人脈の拡大にも資するわけです」

もちろん、情報収集のソースとして新聞、テレビニュースも欠かせない。購読紙は、日刊6紙に加え「フィナンシャル・タイムズ」に「ウォール・ストリート・ジャーナル」、駅売りの夕刊紙のほかに格闘技好きな熊谷氏は「東京スポーツ」なども愛読する(熊谷氏が目を通す資料は図の通り)。これらは、通勤や出張の移動時間を活用して目を通すが、数紙を読み比べることで、偏りのない情報を手に入れることにつながる。

■気持ちは熱く判断は冷静に

テレビは、NHKの朝と晩のニュース、民放の深夜枠のニュース番組や週1回の報道番組は録画しておいて、早送りで視聴する。とりわけ注意しているのは、そこに登場するコメンテーターたちの発言だ。なるほどと感心するような鋭いものはチェックして、テークノートしておくのだ。

「このようにして獲得した情報は、いうまでもなく玉石混交。それらを取捨選択する必要があるわけですが、最後の決め手は直感だと思います。ですから、それを研ぎ澄まさなければなりません。私が意識しているのは、論理をつかさどる左脳と感性を生み出す右脳をバランス良く使うことです。人の出会いにしてもそうでしょう。当面の利害だけにとらわれず、自分を成長させてくれる相手を見極めることが大切です」

よく、物事をなすに際しては、“クールヘッド・バット・ウオームハート”であるべきだといわれる。もちろん、 目的に対しての気持ちは熱くて、純粋でないといけない。だが、いざ動く際には、冷静に判断するのが当然だ。そこでは、あまり周囲を気にしすぎてもいけないのだろう。むしろ、したたかなぐらいでいいのかもしれない。

まったく休む暇もなさそうな熊谷氏だが、やはり1日、1週間のなかではオンだけでなくオフもつくり出す。まず、睡眠時間だが、意外にも、最低6時間は取るように心がけているという。仕事が深夜までおよび、早朝から地方に移動ともなれば、なかなかそうはいかない日もあるが、やはり、頭がクリアでないと、すぐれたアイデアはひらめかないからである。

まれに1、2日の余裕ができると、温泉に行くのが、熊谷氏の楽しみになっている。都内の日帰りの湯や温泉地で「ぼーっ」とする時間は、何物にも代えがたい。そんなときは、頭のなかを無にして、日ごろの疲れを癒やす。そうして心身をリフレッシュさせ、再びビジネスの戦場に臨んでいく。

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大和総研チーフエコノミスト・執行役員 熊谷亮丸
1989年、東京大学法学部卒業後、日本興業銀行(現みずほ銀行)入行。2007年大和総研入社。15年より現職。著書に『パッシング・チャイナ』など多数。

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(岡村繁雄=文 小川 聡=撮影)