猛獣のように獲物のボールへ一心不乱に突進する。ムサエフは詰めてきた原川力より一瞬先に、鋭く右足を振り抜く。「枠内に蹴り込むことをまず考えた」という抑えの効いたムサエフショット。まさに弾丸と化したボールが、ゴールネットに突き刺さった。
 
 残り時間は、あと1分――。ヤマハスタジアムを埋めたホームチームのサポーターは狂喜乱舞し、英雄となったムサエフへのコールがこだました。
 
「苦しい時間に1点奪われたけれど、必ず勝てると信じていた。最後まで諦めない気持ちが、勝利につながった。皆さんの声援も大きな後押しになりました。皆さん、おめでとう!」
 
 ヒーローインタビューではストレートな英語で、彼はそのように想いを語った。観客の心に響く熱いメッセージだった。
 試合後の取材対応では、ムサエフは冷静に試合を振り返った。

「コンビネーションも徐々に良くなってきている。ボランチを組むハヤオ(川辺)の競り合いから決められたしね。興奮して眠れない? いえ、最高の気持ちで、ゆっくり気持ち良く眠れるよ(笑)」
 
 課題を挙げるならば、プレースタイルや特長を考慮すればある程度は仕方ないものの、イエローカードをもらいやすく、静岡ダービーのように早い時間(22分)に警告を受けると、チームとしても交代枠の使い方などプランが変わってきてしまいかねないので注意したい。また、鳥栖戦では、「ミヤ(宮崎)が数人に対応しなければいけなくなった時、ボランチなどのフォローを明確にしなければ」と、中村はなりふり構わず攻める場合は仕方ないものの、ある程度攻勢に立った際のバランスのとり方も課題に挙げていた。
 
 ムサエフはそういった点を十分認識している。「勝ったから良かったが、もっと良くなれる」と気を引き締めていた。

 ピッチ上では迫力十分だが、それでいてクレバーさを兼ね備える。そういった課題を確実に修正しているあたりにも、ムサエフの環境に対応する柔軟性が感じられる。そんな姿勢も、ファンやサポーターから支持されるファクターとなっているのだろう。
 
 ちなみに『サッカーダイジェスト選手名鑑』の選手アンケートによると、「過去対戦して最も衝撃を受けた選手」は韓国代表でありプレミアリーグのスウォンジーでプレーするキ・ソンヨン。「自チームで敵に回したくない選手」は中村俊輔で、「日本最高のプレーヤー」と理由に挙げる。そして「一緒にプレーしてみたい選手」はG大阪の遠藤保仁だ。そういった人選からも謙虚さが感じられる。
 
  静岡ダービーと鳥栖戦で、ムサエフは値千金のゴールを決めた。いずれも磐田サポーターが埋めたホーム側のゴールで決めたもの。ムサエフはゴールに加え、その後ろで声援を送り続ける磐田サポーターの心までも射止めた。
 
 応援を力に変えてしまう男。早くも攻守両面で貴重な存在となっている。しかも成長しながら。サックスブルーの背番号8が魂を込めてボールを奪い、ゴールを目指す。磐田の勝利と歓喜のために――。
 
 
■プロフィール■
ファズィル・ムサエフ 
1989年1月2日生まれ、ウズベキスタン出身。183センチ・75キロ。右利き。ウズベキスタン代表20試合・0得点。ボランチを主戦場に、過去にはセンターバックでもプレー。ナサフ・カルシ-マシュアル・ムバレクーナサフ・カルシ-ブニョドコル-ムアイザル(カタール)―ロコモティフ・タシケント-セパハン(イラン)―ナサフ・カルシ。

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取材・文:塚越 始(サッカーダイジェスト編集部)