普段、安全保障とは縁遠いテレビのワイドショーまでもが北朝鮮情勢を取り上げ、米国政府による北朝鮮攻撃まで秒読みだと論じている。米国はすでに準備が完了していると述べるコメンテーターも少なくない。しかし、本当にそうだろうか。

 筆者は“現時点”では、その見解には反対である。米国の先制攻撃の蓋然性はなく、可能性も低いとみている(ツイッター等でも一貫して主張してきた)。以下ではその根拠と、今後どのような場合に蓋然性が高まるのかを述べてみたい。

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空母1隻では戦力不足

 第1の根拠は、空母打撃群の展開状況である。

 現状で西太平洋に展開する空母は、カール・ビンソンただ1隻だ。空母ロナルド・レーガンも横須賀にいるが、これは5月まで整備予定であり、その上、さらに訓練を行わなければ実戦投入は不可能だ。リビア空爆(1986)は空母3隻、湾岸戦争は空母6隻、ユーゴ空爆は空母1隻+同盟国軽空母2隻、アフガン攻撃は空母4隻程度、イラク戦争は空母6隻で攻撃を実行している。ブッシュ政権末期にイラン攻撃がささやかれた際は空母3隻がペルシャ湾に集結した。だが、現状はたかだか空母1隻でしかない。これではいかにも戦力不足である。

 というのは、北朝鮮の対空ミサイルを中心とする防衛網は相当強力だからである。航空戦力は無きに等しいが、イラン製の新型フェイズドアレイレーダーを装備しているほか、ロシア製S-300のコピーとされるKN-06対空ミサイルを複数装備している。また、低空攻撃であれば、携帯式対空ミサイルや対空砲が数千門を超える数を展開している。

 それに対して空母打撃群1個では、明らかに戦力が不足しているし、撃墜された時のパイロット救助もままならない。しかも、北朝鮮の軍事力は山岳地帯をくり抜いた防空壕やトンネルに守られており、トマホークミサイルでは打撃を与えられない。

 古い事例だが、1969年にニクソン大統領が北朝鮮への懲罰的攻撃を検討した際は、空母4隻が投入される予定だった。やはり最低でも3個の空母打撃群を展開しなければ、話にならないだろう。

ゆっくり移動している米空母部隊

 第2の根拠は、カール・ビンソン空母打撃群の動きである。その動き―特に速度―を見ると、先制攻撃の意図があるとは思えない。

 カール・ビンソン空母打撃群は4月8日にシンガポール沖で豪州行きを中止し、朝鮮半島近海(公式声明では北上)への移動を開始した。シンガポール沖から朝鮮半島近海までの距離は、ざっと計算して4800キロメートルである。この距離は巡航速度20ノットであれば5.4日、最大速度30ノットであれば3.5日、駆け足25ノットであれば4.3日で到着する。しかし16日に至るも、カール・ビンソン空母打撃群は到着した気配はない。しかも、17日の声明ではまだインドネシア沖に展開していたという。

 これこそが、米政府の意図を明瞭に語っている。つまり、意図的に空母打撃群の展開を遅らせているのである。

 歴史を振り返ってみると、1996年の中台危機の際も同様のことがあった。当時、台湾海峡を目指したニミッツ空母打撃群は、「第7艦隊司令部より、ゆっくり移動するように」という事実上の命令を受け、あえて巡航速度よりもかなりの低速で台湾海峡へと向かった。しかも、移動命令は命令の5日後に移動を開始せよというものだった(この経緯の詳細は秋元千明著『アジア震撼―中台危機・黄書記亡命の真実』を参照していただきたい)。

 なぜなら、空母打撃群の性能をフルに発揮してアッという間に到着してしまうと、中国政府を焦らせ、冷静な判断力を失わせることになってしまうからだ。米国としてはじわじわと中国を威圧して台湾への威嚇をやめさせることを狙っていたのだという。

 今回のカール・ビンソン空母打撃群も、やはり非常にゆっくりとした動きを見せている。また、ちょうど4月11日に錬成訓練が終了し、実戦投入が可能となったニミッツ空母打撃群もカリフォルニア沖から動く気配がない。

 これは現在の状況が、あくまでも軍事力による威嚇によって、相手の妥協を迫る「強制外交」(coercive diplomacy)のフェーズでしかないことを意味している。要するに、先制攻撃はまだ先であるということだ。

いまだ整わない報復攻撃への防衛態勢

 第3の根拠は、在韓米軍の防衛体制が整っていないことだ。

 北朝鮮への先制攻撃の形としては、B-2ステルス爆撃機で高高度から核施設等の一部を叩くという選択肢もあり得る。しかし、それでは北朝鮮の弾道ミサイル等による報復を招き、韓国に居住する多くの米兵とその家族が犠牲になるおそれがある。だが、在韓米軍は自国民保護の対策を取れていない。

 実は、迎撃に使用する在韓米軍のパトリオットミサイル2個大隊(96台)は、先月末から更新に入ったばかりである。在韓米軍の説明によれば、3月25日より、韓国に展開する米軍のパトリオットミサイルは、レーダーや指揮システムを含む全てのハードウエアとソフトウエアを最新式に交換する作業を実施しており、製造元のレイセオン等の技術者が長期間滞在して実施するという。報道によれば、在韓米軍の関係者は「海外の米軍の防空部隊を対象にこれだけ大々的な性能改良作業が行われるのは初」としている。今までにない規模のこの改良作業がすぐに完了することはないだろう。

 しかも、韓国への高高度ミサイル防衛システム(THAAD)配備もいまだ途上段階であり、使用可能な状況に至っていない。加えてトランプ政権はTHAAD配備の先送りすら示唆するありさまである。

 これでは北朝鮮からの反撃に対して、万全の体制とは言い難い。また、現在、北朝鮮からの報復として懸念されているのは、砲兵部隊によるソウル攻撃だけでなく、小型ドローンにサリンなどの化学兵器を積載してソウルに飛ばしてくることである。その対策として在韓米軍の増強がなされているかも疑わしい。

 ちなみに、米軍が北朝鮮に攻め入る際はどれくらいの兵力が必要だろうか。2013年に米陸軍は北朝鮮崩壊時の核兵器等の差し押さえを想定したウォーゲームを実施した。その際の結論は、最終的に2個師団の投入に56日間かかり、9万人の米軍の兵力が必要、というものであった。現在、米韓軍事合同演習が実施されている最中だが、とても数が足りない。

 また、この演習での結論としては、(1)オスプレイによる敵中深くへの戦力投射は、すぐに膨大な北朝鮮軍に包囲されてしまい失敗の連続となる、(2)人的情報がとても足りず、偵察衛星や盗聴による技術情報ではとても埋め合わせができず攻撃等に難儀した、というものであった。これも一部のメディアが「近いうちに行われる」とする特殊部隊やトマホーク等による斬首作戦の困難性を示唆している。

北朝鮮攻撃の蓋然性が高まるのはいつか

 では、どのような状況になると北朝鮮攻撃の蓋然性が高まったと見なせるのか。

 それは、ニミッツ空母打撃群が西太平洋に展開し、ロナルド・レーガン空母打撃群も合わせて3個体制に移行し、パトリオットミサイル部隊の更新とTHAADの配備が終了し、在韓・在日米軍の増強が開始されたときだろう。

 無論、現時点でも限定的な攻撃は、米本土からB-2爆撃機を飛ばせば可能である。意外性を好むトランプ大統領の「ギャンブラー」としての性格を考えれば、あり得ない選択肢ではない。

 しかし、トランプ氏自身が繰り返し述べてきたように、現政権は首尾一貫して中東重視である。実際にシリアに地上兵力を投入しており、これを15万人に増やすべきという議論も政権内で行われている。

 そして、トランプ政権の安保政策の主導権を握っているとされるマティス国防長官やマクマスター国家安全保障担当補佐官は、イラク戦争で苦労した経験を持つ軍人である。後先を考えない楽観主義に基づく戦争の尻拭いを10年以上やってきた彼らが、そのような攻撃の計画をトランプに提案する可能性は低い。

 そう考えれば、やはり、米軍による先制攻撃は、少なくとも上記のような態勢への移行がほぼ完了した時点と考えるのが妥当だろう。

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筆者:部谷 直亮