ローソンの店舗(「Wikipedia」より)

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 4月12日の夜に、外資系企業の元経営者で著名な方からメールをいただいた。

「ネット情報によると、ローソンの玉塚さんが罷免されたようですね。」

 改めてニュースを見てみると、同社の玉塚元一会長が12日に開かれた取締役会で自ら退任を申し出たということで、罷免ということではない。5月30日の株主総会で正式に会長職と取締役を解かれて顧問に就任する、ということだ。

 しかし、退任という情報が誤って「罷免」として経営者仲間を駆け巡ったのは、それが突然のことであり、ローソンにおける玉塚経営への評価があったからのように思われる。

●華麗な経歴、スター経営者・玉塚元一

 12日の退任会見で、退任を考えたのはいつ頃かと問われた玉塚氏は、「今年の2月末ぐらいから。ちょうど三菱商事によるTOB(株式公開買い付け)が成立した直後というタイミングだった」と答えている。しかしTOBを行うことは、2016年9月に発表されていた。その時点でローソン株の33.4%を有していた筆頭株主の三菱商事が、さらに50%超まで株を公開で買い付けるという内容だ。

 その意図について私は当時、本連載記事で以下のように解説していた。

「私はずばり、玉塚元一会長CEO(最高経営責任者)への不信任の徹底ということにあるとみる。別の見方をすれば、6月に玉塚元社長が会長に上がったときに新社長COO(最高執行責任者)に就任した、三菱商事出身の竹増貞信氏への経営権集中ということだ」(2016年10月2日付記事『コンビニ、2強生き残りかけ最終戦争突入…ローソン、玉塚氏排除で三菱商事が直接経営』)

 私の分析に、後になって玉塚氏自身の認識が追いついたのではないか。玉塚氏が辞表を叩きつけるべきタイミングは、本当は昨年9月だったのではないか。育ちのよさは人を鷹揚にさせるのかもしれない。

 経営者としての玉塚氏のファンは多い。幼稚舎から大学まで慶應義塾という育ちのよさと、大学ではラグビー部のキャプテンを務めて、学生選手権や全日本で活躍した。

「ラグビーで鍛えた堂々たる体躯。身長は181センチ。甘いマスク。誰とでも一瞬にして打ち解けることができる。それが玉塚の最高のスキルである」(「週刊東洋経済」<東洋経済新報社/14年11月22号>より)

 こう評された人間的な魅力などにより、その去就がいつもマスコミで報道されるスター経営者だった。

 大学卒業後のキャリアをみてみても、旭硝子から米国留学を経て日本IBMに転職、ここまでは平のサラリーマンだが、ファーストリテイリングの柳井正社長に見込まれて同社に参画、やがて02年に40歳で柳井氏の後継として社長に登用された。しかし、05年には更迭されて同社を離れ、企業再生のリヴァンプを澤田貴司氏(現ファミリーマート社長)と創業して共同代表を務めた。

 そして10年に玉塚氏をローソンに招聘したのは、同社の新浪剛史社長(当時)だった。三菱商事から転籍してきた新浪氏は、ローソンで辣腕を振るい、カリスマ経営者として君臨していた。

 14年5月に新浪氏が会長に退き、玉塚氏が社長に就任するという人事が発表されたとき、私はそれを新浪氏が外部に転出するための準備だと予言した。果たしてそのすぐ後、6月に新浪氏のサントリー社長への転進が発表された。そもそも新浪氏が玉塚氏をローソンに招聘した時には、すでにサントリーへの転出を見据えてのことだった、とも評論した(14年11月24日付本サイト記事『サントリー新浪社長、就任まで4年越しの深慮遠謀』)。

 新浪氏の転出に伴い、ローソンの筆頭株主だった三菱商事は自社から後任社長を出そうという意向だったが、新浪氏が自らのシナリオに沿って強く玉塚氏を推挙したとされる。フランチャイズ・システムであるローソンにとって、後継社長は店舗オーナーに受けのよい人間力を持っている玉塚氏を最初から考えていたのだ。

●キングになれなかったプリンス

 前述のような玉塚氏の華麗な転進の連続を、今回以下のように評する声もある。

「まるで楕円のラグビーボールのように活躍の舞台は転々とし、そしてローソンの社長に就任した。それから3年、玉塚氏はローソン顧問となり経営の一線から退く。『みんなのローソン』は完成したのだろうか」(『「みんなのローソン」未完 玉塚氏にノーサイド』<4月12日付日本経済新聞ウェブ版記事>)

「『みんなのローソン』にしていく」とは、玉塚氏がローソン社長に就任した14年に宣言した言葉だ。「17年度には連結営業利益1000億円を目指す」(14年3月24日社長交代会見)ともしていた。しかし、17年2月期は737億円で終わった。仕上げていない。

 玉塚会長はまた、15年からは「1000日実行プラン」と銘打った改革を実行してきたが、その成果を見届けないままに退任を申し出た。私の目には「また途中で投げ出してしまった」と映る。

 かつて「週刊東洋経済」(東洋経済新報社/14年11月22日号)が『ローソン社長 玉塚元一の逆襲』という特集記事を掲載している。「負け続けたプリンス」という副題が付いており、「大学ラグビー、ユニクロ…。最後の最後で勝利を逃す男、玉塚元一。大手コンビニで人生最大の逆襲に打って出る」と、遠慮のない表現をしていた。その「人生最大の逆襲」から、またも玉塚氏は降りてしまったのか。

 周知のように、ファーストリテイリングの社長に一度は就任した玉塚氏は、やがて柳井正氏に解任される。この解任について両人はその後互いに情けのある言辞を交換しているのだが、柳井氏が経営者としての玉塚氏を評価しなかったことは厳然たる事実だ。

 その後、企業再生会社リヴァンプを創業し共同代表となるが、目だった実績はない。かろうじてハンバーガー・チェーンのロッテリアの経営再建に当たったことは知られている。玉塚氏は06年1月にロッテリアの会長兼CEOに就任して自ら経営の任に当たった。同社は公開会社でないので詳細な財務実績は不明だが、玉塚氏が就任した翌年の07年3月期の年商が155億2,700万円と、就任前と比較して16.1%減(年換算比)になったという報告がある(経済新人会マーケティング研究部 ファーストフード業界2班)。

 マクドナルドが使用期限切れ鶏肉使用で大きく売り上げを落としたときが年商減少率で15%だった。玉塚ロッテリアは大きな問題も報じられなかった着任初年度に、マクドナルドの最悪の年よりも悪い年商減率を記録している。また、ロッテリアの店舗数は07年9月に469店あったのだが、11年6月には398店に減少している。

 惨状を呈していたロッテリアからローソンに玉塚氏が転出したのが10年のことだったから、「投げ出してしまった」と言われても仕方ない。

●プロ経営者はどこに行く

 玉塚氏は人間的な魅力があるので、ついつい「自分の後継経営者に」とか「不調なこの会社を任せたい」と思わせるのだろう。それは素晴らしいことだ。ローソンの店舗オーナーからは「タマちゃん」と呼ばれ親しまれていたという。

 しかし、そういう人間的魅力と経営能力との整合性は、どれだけあるものなのか。16年に入って玉塚氏は「これからはオール三菱で当たろう」とか「三菱グループとしての強みで戦う」などとしていた。玉塚氏は退任会見で次のように述べた。

「三菱商事を巻き込んで、総合戦闘力を生かしていこうということを発信したのはそもそも私自身」
「1500億円をぶち込んで、過半数の株式を取得するTOBをされることには正直びっくりした」(共に17年4月13日付東洋経済オンライン記事『ローソンの玉塚元一会長が電撃引退する事情』より)

 正直なところは、お人の良さ、育ちの良さが窺われて好感が持てる。

 今回の玉塚氏の退任発表を受けて、あるメディアは「プロ経営者は次にどこに行く?」と報じていた。

 スター経営者である玉塚氏のことだから、次の挑戦機会も引く手あまたのことだろう。しかし、「プロ経営者」というのは玉塚氏のどこを指して言っているのか、私にはわからない。
(文=山田修/ビジネス評論家、経営コンサルタント)