「トランプ政権内に、アジア問題の専門家はいませんから」

 3月下旬、筆者が首都ワシントンで取材した時、クリントン政権時代に国務次官補を務めたスタンレー・ロス氏は、ドナルド・トランプ(以下トランプ)政権をこう言って批判した。

 トランプは大統領就任後、何人もの首脳と会談している。だが、ロス氏は誰とも実りある会談ができていないと述べた。最大の理由は、政策担当の高官がまだポストに着任していないからだという。

 2月に安倍晋三首相が、4月に習近平国家主席がフロリダ州に出向いた。表舞台では安倍・習両首脳は笑顔でトランプと写真に収まった。しかし2国間交渉の細部は詰められなかった。

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政権内に日本通が見当たらない

 取材を進めると、トランプ政権を支える主要ポストに、アジアの専門家だけでなく「日本通」が見当たらないことも分かった。

 全くいないわけではない。知日派と言われるウィルバー・ロス商務長官は閣僚に名を連ねている。ただ、その他の省庁の高官クラスがまだ決まっていない。人事が大幅に遅れているのである。

 どれくらい遅れているのか。大統領が代わるたびに、ワシントンの省庁では4000人以上の連邦職員が入れ替わる。その中で、要職(政治任用者)と言われる554人は連邦上院から承認を受ける必要がある。

 4月14日現在、554人中で承認されたのはまだ22人に過ぎない。たった22人である。

 指名されて、承認を待っているのが24人。この数字からも分かるように、ほとんどの要職はまだ指名さえも済んでいないのだ。

 これでは安倍首相と会談しても、大枠のことしか話し合えないわけである。現在は英語で「ビーチヘッド(浜辺に最初に上陸する)」と呼ばれる代理の役人が主要ポストに就いている。だが彼らに責任を押しつけるのも無理がある。

 オバマ政権時代の同じ時期には、すでに111人が承認されていた。なぜ遅れているのか。いくつか理由はあるが、最大の理由は今の共和党にトランプを支持する優秀な人材が少ないということだ。適材適所の人事がかなわないのである。

 1年ほど前、大統領選の予備選が行われている時、トランプの過激な言動がメディアを騒がせていた。打ち出す政策も共和党主流派が主張した内容とは路線が違った。多くの議員や研究者、党内にいる有力者はトランプに背を向けた。

 「ネバー・トランプ・キャンペーン(トランプに反旗を翻る運動)」が党内から生まれもした。ブッシュ元政権の閣僚経験者を始め、高官、知事、連邦議員など、今でもネット上には数百人の名前が確認できる。トランプにとっては「ブラックリスト」である。

政権内に入れない共和党の中核

 また昨年8月には、50人の外交専門家も反トランプの文書に署名した。

 その中には知日派のマイケル・グリーン元国家安全保障会議上級アジア部長、マイケル・チャートル元国土安全保障長官、ジョン・ネグロポンテ元国家情報長官、ロバート・ゾーリック元通商代表部(USTR)代表などが連なっている。

 共和党の中核をなす人たちは、最初からトランプ政権には「入らない・入れない」という事情があるわけだ。

 トランプもわざわざ自分に背を向けた人に懇願したりはしない。指名された方もトランプと政策が合わなければ、政権の高官になっても職務をまっとうすることは難しい。

 レックス・ティラーソン国務長官がいまだに国務副長官を決められずにいるのもそうした背景がある。トランプが当選してからすでに5カ月が経とうとしているにもかかわらずだ。

 しかも人選で、「この人はいい」という人物がいても、ラインス・プリーバス主席補佐官やスティーブ・バノン上級顧問、ホワイトハウスのドン、ドナルド・マクガーン法律顧問が難くせをつけることもしばしばだという。

 事実、ティラーソン長官がエリオット・アブラムズ氏という外交専門家を副長官に据えようとしたが、バノン氏が反対して指名を見送った。同氏は以前、民主党寄りだったからだ。

 ワシントンで取材中、「トランプ政権に忠誠を誓えない者が要職に就くと、政策の調整が難しくなるばかりか、メディアに内部情報をリークされる危険性がある」との話も聞いた。

「米国版天下り禁止令」も一役買う

 人事が遅れている次の理由が、打診を受けても拒否する人がいることだ。トランプへの個人的な忌避だけでなく、連邦職員の年俸が魅力的でないというのも理由である。

 連邦職員のトップに君臨する大統領の年俸は40万ドル(約4400万円)。大統領以上に稼ぐ連邦職員はいない。各省庁の次官(副長官の下)で約16万ドル(1760万円)だ。

 日本の民間企業の給与と比較すると高給かもしれないが、高官として指名を受ける人たちのほとんどは成功者であり、多くは弁護士資格を持つ。

 また企業役員、金融やロビイング企業に勤務する人であると、年俸は大統領以上に稼ぐ人たちが多い。となると、あえて年俸を下げて受ける仕事ではないとの判断が働く。

 閣僚や大使に選ばれれば名声も伴うために指名を受けることも多いが、高官レベルであれば拒否することも珍しくない。さらにトランプは1月28日、ある大統領令を出した。これが多くの人たちのやる気を削ぐことにもなっている。

 政治任用者としてトランプ政権に勤務し、辞めた後5年間はロビイストになれないという大統領令だ。これは「米版天下り禁止令」である。

 日米を問わず、政府職員を辞めた後、政権内で培った人脈を使って仕事をしようと考える人は多い。その選択肢がなくなっては最初からトランプ政権のために仕事をしたくないと考える人が少なくないのだ。

 ほかの理由としては、高官レベルの人事に着手するのが遅かった点も挙げられる。人事局のジョニー・デステファーノ局長が実際の人選に動き出したのは、1月20日の就任式以降のことである。

 実は、同局長は人事のプロではない。共和党全国委員会でデータ管理をしていた人物で、有能な人材を探してくるという仕事は初めてだという。

駐日大使も未定のまま

 さらにスティーブン・ムニューチン財務長官やジェームス・マティス国防長官は自ら部下を連れてこようとした時、ホワイトハウスから横やりが入って却下された経験をしている。

 それでも国務省、財務省、国防総省の人事は少しずつ進んでいる。ただ農務省や住宅都市開発省、労働省などは副長官の名前さえ指名されておらず、554人の政治任用者の承認がすべて終わるのは夏以降になることは確実だ。

 つまりそれまでは、日米間で分野ごとの政策や細部を高官レベルでは詰められないということだ。

 次期駐米大使も、キャロライン・ケネディ氏の帰任後、ウィリアム・ハガティ氏が指名されているが、連邦上院での承認はまだである。

 トランプ政権の表の顔はスムーズに見えるが、裏の顔はアップアップしているのが実像である。

筆者:堀田 佳男