人間は毎日身だしなみを整えるために鏡を使っていますが、多くの動物は鏡に映った姿を見ても「自分」と認識することができません。そんな「鏡に映った像を自分と認識する能力」を調べるミラーテストが古くから行われているのですが、この能力を調べることは、心理学の分野で人間以外の動物に「心」があるかどうかがわかる重要な研究ととらえられています。

What Do Animals See in a Mirror? - Issue 47: Consciousness - Nautilus

http://nautil.us/issue/47/consciousness/what-do-animals-see-in-a-mirror-rp

ゴードン・G・ギャラップ教授は、1969年にテュレーン大学でチンパンジーを使ったミラーテストを行いました。研究に使われたのはアフリカの野生の若いチンパンジーで、2匹のチンパンジーを鏡を設置したおりの中に入れ、毎日8時間の反応を10日間観測するというもの。当初チンパンジーは、鏡に映った自分の姿に対して、ほかのチンパンジーにとるような社会的・性的・攻撃的なジェスチャーをとっていました。しかし、時間の経過とともにチンパンジーは「鏡に映っているのは自分自身」ということを理解し、自分の口の中を見たり、性器を綿密に調査したり、目にたまった粘液を除去するなどの行動をとりました。

ギャラップ教授はミラーテストで「チンパンジーが鏡に映った像を自分自身だと認識している」と確信しました。その一方でギャラップ教授は「他の研究者を納得させることはできない」と考え、ミラーテストをフェーズ2に移行することに決定。フェーズ2ではチンパンジーを麻酔で眠らせ、自分の目では見えず、ニオイをかぐこともできない場所として、眉毛とその反対側の耳たぶに赤い塗料を塗りました。この状態で鏡を見た時、人間なら「自分の顔の異変を認識してその場所を触る」という行動をとることが予想されます。そしてチンパンジーも同様の行動をとったことから、人間以外の動物に「自己概念」があることを科学的に証明することに成功したわけです。

実際にネコ・イヌ・サル・トリ・イルカなどにミラーテストを行っている様子は、以下のムービーから見ることができます。

Are animals self aware? on Vimeo

ギャラップ教授は別の動物を使ってミラーテストの研究を続けましたが、サルはチンパンジーと同じ行動をとらなかったとのこと。チンパンジー同様に高い学習能力を持つサルの結果から、学習能力の高低が自己認識能力に関係しているのではなく、知的能力の高さがカギとなることが判明。ミラーテストは種別的に人間に近いチンパンジーが自己認識能力や意識(心)を持っていることを示す最初の証拠になりました。



ただし、ギャラップ教授以前にも、チャールズ・ダーウィンが同様の問題に着目していたことが知られています。ダーウィンがオランウータンに行ったミラーテストでは、オランウータンに鏡の概念を理解させることができなかったとのこと。また、ダーウィンは自分の子どもたちが生まれて数年間は、鏡を理解できなかったことにも触れています。

1889年には、ドイツの研究者であるヴィルヘルム・プレイヤーが、鏡の自己認識と意識(心)との関係を初めて確立しています。1960年代の研究では、フランスの精神分析医であるジャック・ラカンが、人間の幼少期の自己の形成に鏡が寄与するという「ミラーステージ」という概念を考え出しました。1972年には発達心理学者らがギャラップ教授のミラーテストに似た手法で、人間は生後18〜24カ月の段階で鏡の中の自分を認識するということを証明しました。

その一方で、ギャラップ教授は別の大学に移り、霊長類以外の動物に対するミラーテストに興味を持ちました。1990年代にギャラップ教授は、当時博士号過程にいた教え子のロリ・マリノが行ったバンドウイルカの実験を支援しています。バンドウイルカもチンパンジーと同様に鏡の中の自分を認識することができ、バンドウイルカは「鏡に自分たちを映しながらセックスする」という楽しみ方まで覚えたとのこと。マリノはこれを「イルカのポルノビデオ」と呼びました。



その後、ゾウやクジラも鏡の中の自分を認識することがわかったのですが、ギャラップ教授は自己認識能力の高さが、高レベルの意識(心)を持つことを示しているとして、人間以外の一部の動物は自身の考えや経験を考慮して、他者の思考や体験を想像する能力があると結論づけています。この能力は「心の理論」と呼ばれています。

子どもはほぼ同じ時期に心の理論を発現し、同時期に鏡の中の自分を認識することがわかっています。ギャラップ教授は「他人の思考を想像するには、まず自己を認識する必要があります。統合失調症の患者は鏡の中の自分を認識できなくなることがありますが、同時に心の理論の能力にも問題が生じます」と説明しています。ギャラップ教授は次のステップで「高い自己認識能力は死の意識を伴う可能性」について理論的に証明する研究に取り組むとのことです。