昭恵夫人も読んでほしい 籠池劇場「大物・小物」の論語的見極め術

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■論語的に見て、籠池氏は「小物」か「大物」か?

森友学園問題で、先月、籠池泰典前理事長が国会で証人喚問されました。私が驚いたのは、彼が、証言の場でとても堂々としていたように見えたことです。

証人喚問というと、私たちの世代だと、田中角栄元首相が5億円の収賄容疑などで逮捕された「ロッキード事件(1976年)」や、政府高官が絡んだ汚職事件の「ダグラス・グラマン事件(1978年)」を思い出します。

ロッキード事件では、政商の名をほしいままにした国際興業創業者の小佐野賢治氏。ダグラス・グラマン事件では、当時の日商岩井副社長の海部八郎氏。

ふたつの事件ともに喚問された証人は、まさに「大物」でした。

ところが、証人喚問の場で小佐野氏はかなり緊張した表情で「記憶にありません」を繰り返し、海部氏は証人喚問に先立つ宣誓書に自分の名を記入する際に手が大きく震え、まともに字が書けなかったことは、いまだに私の記憶に残っています。

一方、今回の事件の籠池氏は企業規模の点も含め「小物」と言ってもいいでしょうが、国会で政治家たちからの尋問を見事に受けてたちました。もちろん、その答弁の真偽はわかりませんが、「堂々」とした印象がありました。

首相周辺に取り入り、安倍政権・政界を揺るがす籠池氏。証人喚問後、事態がなかなか収束しない状況を見ると、ことの重大さを感じずにはいられません。政府や首相周辺としては、やっかいな人と関わってしまった、というのが本音かもしれません。

今回のこの連載では、私の好きな『論語』から、人物の見分け方や小物に取り入られないポイントをお話ししたいと思います。

■「巧言令色」なのは、籠池氏か、安倍首相側か?

▼「巧言令色鮮(すくな)し仁、剛毅木訥仁に近し」

「巧言令色鮮(すくな)し仁、剛毅木訥仁に近し」という言葉が論語にはあります。巧言令色(言葉巧みで如才ない)な人は「仁」が少ない。「仁」とは「人への思いやり」や「誠実さ」のことです。仁が少ないということは、自己中心的だということ。誰かに取り入りたい人というのも、その範疇に含まれるでしょう。一方、剛毅木訥(言葉・表現は下手だが、飾らない)な人には思いやりや誠実さがあります。こういう人はそもそも人に取り入ろうという発想がありません。

はたして、渦中の籠池氏、安倍首相、安倍昭恵夫人、財務官僚たちは、巧言令色と剛毅木訥のどちらなのか。今後も彼らの言動を注視したいと思います。

▼「郷原は徳の賊なり」

また、「郷原は徳の賊なり」という言葉も論語には出てきます。「郷原」とは「田舎の好人物」といったニュアンスの言葉で、広い世間を知らない人という揶揄が含まれています。田舎の小さな世界で、周りの人と仲良くしていくために、八方美人的に皆に良い顔をして本心を隠します。“被害”を受けるのは、この日和見主義者と付き合っている側のほうです。付き合っている側が「人徳」をなくしてしまい、正しい判断力さえもなくしかねません。こびへつらうようにニコニコして近づいてくる人物には警戒しないといけません。

籠池氏は、首相を大好きだったに違いありません(編注:外国特派員協会で、「本来、私は安倍首相のこと、好きなんです」と発言)。同学園が運営する塚本幼稚園の運動会で園児たちに「安倍首相頑張れ」と言わせ、小学校に首相の名前を付けようとしたほどですからね。

これまでの報道を総合的に判断すると、首相夫人を含めた近しい人々にうまく取り入り距離を縮めていったのではないかと想像できます。

安倍首相やその周辺はそんな籠池氏に対して次第に危機感を覚え、距離を置こうとしたのでしょう。結果的に安倍首相に“ふられ”た形となった籠池氏は、逆上し、ひょっとしたら「死なばもろとも」と考えているのかもしれません。だからこそ、証人喚問の場で、あれだけ堂々としていたのかもしれませんね。

と、考えると、籠池氏が前出の「郷原」なのでしょうか。それとも首相側に人徳がなく、正しい判断力や警戒心が足りなかったのでしょうか。

■馬脚を現したのは、籠池氏か、安倍首相側か?

▼「四十五十にして聞こゆること無くんば、これまた畏(おそ)るるに足らざるのみ」

もうひとつ、人物を見分けるのに有用な言葉として「四十五十にして聞こゆること無くんば、これまた畏(おそ)るるに足らざるのみ」と論語にはあります。これは、籠池氏の問題とは直接関係ありませんが、40歳、50歳にもなって、周りや世間からたいした評価がされないという人を尊敬する値打ちがないということです。それまでの実績を十分に見極め
ることが大切ということです。人の本質を見抜くのは、どの世界に属していても難しいものです。

▼晏平仲(あんぺいちゅう)善く人と交わる。久しゅうして人これを敬す」

最後にもうひとつ、私がとても好きな言葉に「晏平仲(あんぺいちゅう)善く人と交わる。久しゅうして人これを敬す」というのがあります。晏平仲は、とてもよく人と交流する孔子の時代の人物で、この晏平仲と長く付き合えば付き合うほど、人は彼を尊敬しました。人と人の付き合いを長く続けるのは難しいものです。なぜなら長く付き合えば、ボロが出てしまう人が少なくないからです。いわば、馬脚を現すのです。さて、今回の森友学園の騒動でボロを出したのは籠池氏側か、安倍首相側か。それは、これからの事態の進展を見守ればおのずとわかるはずです。

私は、自社の採用などで、人選に迷う時には「昔からの、例えば、小学校時代からの友人はいますか?」と質問することがあります。人を裏切る人は、昔からの友達がいないものです。政治家であれ、経営者であれ、ビジネスパーソンであれ、晏平仲のような人物になりたいものですね。

(経営コンサルタント 小宮一慶=文)