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日産マーチ・ターボ(1985)

最後発のリッター・ターボ

1979年に日本初のターボ・エンジン搭載車として登場した日産セドリック/グロリア(430型)。ここから始まった日本でのターボ・エンジン・ブームは、小排気量でも簡単にパワー・アップが望めることから、その後リッターカーに波及する。1983年にダイハツがシャレード・ターボ(シャレード・デ・トマソ・ターボも同時発表)を、翌1984年にスズキがカルタス・ターボをリリースした。シャレードやカルタスのNAエンジンは60psであったのに対し、ターボ・モデルは共に80psを発揮していた。また、それぞれそのパワーに見合うだけのスポーティな装備が与えられていたのも特徴だった。ちなみに同時代、トヨタはスターレット・ターボ、ホンダはシティ・ターボというひとクラス上のモデルにターボ・モデルを用意している。


また、この頃は何でも「TURBO」が流行った。カーショップには、それまでのTWINCAMに変わってTURBOのエンブレムが数多く売られ、ターボでもなんでもないのにこのエンブレムを自分の愛車に貼ったクルマ好きが多かった。また、子供の筆入れから上履き入れまで、何故かTURBOというレタリングが入った商品があったのも記憶している。

さて、日産としてはこのリッターカー・ターボに遅れをとってしまったカタチにはなったが、1985年に満を持して登場させたのがマーチ・ターボだった。後発の不利を払拭するように、エンジンはシャレードやカルタスよりも5ps多い85psを発生。また、そのスタイルも、デ・トマソがプロデュースして話題となったシャレード・デ・トマソ・ターボよりもある意味過激でスポーティな、見方を変えればガンダムチックなデザインだった。メーカー自らがカタログで「合体メカデザイン(死語だなぁ)」と謳っていたが、今となって考えると凄いフレーズだ。基本デザインを行ったとされるジョルジェット・ジウジアーロは、このデザインをどう思ったのかも、今となっては興味がある。

圧倒的なパワーが魅力だった

当時、自分が書いたインプレション記事を見てみると、リッターカーとしてはその圧倒的なパワーを感じながらも、同時にエンジンのフレキシブルさにも驚いている。また、この当時のターボは、ターボ・ラグ(これも今となっては死語か)があるドッカン・ターボが多かったが、このマーチ・ターボに限っては、その感じが薄かったと記憶している。加速力に関しては、当時は当然ならがトラクション・コントロールがなかっため、荒れた路面での急発進にはこの頃のスポーツ・グレードが当たり前のように履いていたハイグリップ・タイヤのBSポテンザRE86が空転することもあったようだ。

文句をつけたのはそのブレーキとステアリング。ノーマルのソリッド・ディスクからベンチレーテッド・ディスクにスープアップされたとは言え、それでもまだまだ力不足を感じさせた。また、ステアリングも剛性のなさと、レスポンスの悪さに言及している。まぁ、この2点を除けば、総じて出来の良いリッターカー・スポーツで、コーナリングもニュートラルに近いセッティングだった。

また、現代ではこんなこと口が裂けても言えないが、「100マイル巡航も楽にできる」と原稿に書いていていたのは、時効だから許して欲しい。

今となっては、その中央に性能曲線がプリントされたステアリング・ホイールを初め、ガンダムというよりもZZガンダム並にいろんなメーターが合体したようなインパネや、速度計がデジタル、タコメーターがアナログといったメーター・パネルなど、1980年代の日本車ならではのおもちゃっぽいデザインは、どこか懐かしさを感じる。

最近は、こういった「元気いっぱい、やるき全開」といった小型スポーティ・モデルが国産車のラインナップにないのが寂しい。まぁ、SUV、ワンボックス全盛の今の時代、この手のクルマが出たとしても売れないだろうけれど。

※ 「バック・トゥ1980」では、こんなクルマ取り上げて欲しい、とか、昔、このクルマに乗っていたんだけど当時の評価ってどんなものだったのかなぁ、といったリクエストをお待ちしております。編集部までお寄せください。