4月13日から始まった日本選手権水泳競技大会。初日の男子400m個人メドレーは、昨年のリオデジャネイロ五輪金メダリストの萩野公介と、銅メダリスト・瀬戸大也が最後まで競り合うレースになった。


ケガ明けで全日本選手権を戦う萩野 結果は、優勝した瀬戸が4分10秒44で、2位の萩野が4分10秒45。萩野は「200m自由形では0秒01差で負けた覚えはあるけど、個人メドレーではないですね。200m(個人メドレー)なら0秒1差というのはありますが、400mだとどちらかが折れてしまうので……」と苦笑する。瀬戸も「0秒01だったら同着でも面白かったけど、公介は手術をしていたからそのハンデもあった。その中でしっかり勝っておかなければ世界選手権3連覇はないなと思っていたので、勝ててよかったです」と笑顔を見せた。

 瀬戸はリオ五輪の後、昨年9月から10月までW杯中東シリーズとアジアシリーズで6連戦、11月にはアジア選手権に出場。12月には世界短水路選手権の400m個人メドレーで3連覇を達成するなど、試合漬けで強化を続けてきた。

 それに対して萩野は、リオ五輪のメダリスト最上位で200m個人メドレーと400m個人メドレーの世界選手権出場を決めていたこと、昨年9月には一昨年の骨折の影響で狭くなっていた肘関節の可動域改善の手術を受けたこともあり、本格的な練習を開始したのは年末から。2月下旬からスペインのシェラネバダで5週間の高地合宿をし、その間、3月10〜12日のマドリード・オープンで6カ月ぶりの試合に復帰したばかりという状況だった。

「背泳ぎでリードして、最後の自由形で粘り勝ちできればいいと思っていたけど、そこは大也のほうがよかったですね。最後の自由形はふたりともメチャクチャ遅かったので、ビックリしてふたりで笑ってしまいました。ベストから4秒遅いタイムなので動きの悪さやスピードのなさもあると思うし、全体的にまだまだ整っていない。やっぱり勝ちたいとは思っていましたが、僕がなかなかうまくいかなかったのに対して、大也は五輪を終えてからいろいろな試合を転戦して強化してきた結果だと思います」

 萩野は、最初のバタフライでは瀬戸との差を0秒03でしのいだが、リードするつもりだった背泳ぎでは0秒43しかアドバンテージを作れなかった。一方、その背泳ぎで「力を使ってしまった」という瀬戸は平泳ぎを抑えて泳ぎ、萩野を0秒13離しただけで最後の自由形にかけたという。萩野は「差せたと思ったけど……」と悔しがるが、0秒01届かなかった。

「大也に負けたのは一昨年のジャパンオープン以来ですが、全力を出し切れたので清々しい気持ちです。僕はもともと、尻上がりに調子がよくなるタイプだと思うので、これで調子がよくなっていい動きができればいいと思う。もちろん、どの種目も大切ですが、これがいい練習になったと思うので、残りの4種目で全力を出し切ることを意識したい」

 こう話していた萩野は、翌日午前の200m自由形予選は余裕を持って1分47秒86で泳ぎ、1位で決勝進出を果たした。決勝に向けては、「さすがに体が重いですね。決勝で1分45秒2まではいかないと思うけど、しっかり調整してチャレンジしていきたい」と、自身が持つ日本記録も意識していた。

 ところが決勝は、リオ五輪800mリレー銅メダルメンバーだった江原騎士が最初の50mを24秒50で入ったのに対し、ペースを抑えた萩野は予選より0秒28遅い全体5番手の24秒80で折り返して、100mも0秒47遅い52秒25で6番手という展開になった。

「最初(の50m)は普通にいって、そこからの100mは少しリラックスして泳いで、最後の50mでスパートをかけられるような展開にしていこうと平井伯昌コーチと話していました。その通りにはできたけれど、タイムは遅かったですね。レース勘もそうですが、やはり練習が絶対なので、こういう結果になってしまったのかなと思います」

 萩野は150mターンの時点でも5位。トップの江原からは1秒08離されていたが、そこから追い上げを開始すると最後は0秒18逆転し、1分47秒29でこの種目の5連覇を達成した。しかし記録自体は、決勝で2位以内に入った者が突破していれば即代表入りが決まる標準記録に0秒63届かなかった。

「予選も思うような泳ぎができなかったし、決勝もフォーム、身体の動き共によくなかったです。最終的にはそこはあまり気にしないで根本的なことだけを気にして泳ごうとしたけど、手さぐり状態だったので厳しかったですね。ウォーミングアップでひとつ直したらそれでよくなるという感じではないし、時間もなかったので、決勝では要点だけ押さえてレース展開や力の配分に気をつけて泳ごうと思いました」

 平井コーチも、レースをこう振り返る。

「昨日勝っていれば今日も違ったと思いますが、悪いとこ探したみたいになっていましたね。萩野には時々あることで、左手のストロークを右手に比べると深いところでかいてしまう、動きのバランスの悪さが出てきていた。そこを注意して丁寧に泳いでいればある程度の記録も出るんですけど、そんなことをしていたら負けてしまう。それでもキックだけは動いていたから、『最後にキックを活かすようなレースをしよう』と話したんです。

 それでちょっと消極的なレースになってしまったと思いますが、こういう時はもがきながらでも少しずつ自分の中のいい部分を見つけていくしかない」

 萩野にとって今回の日本選手権は、彼の水泳人生の中でも初めてといえるような苦しみの中で戦う大会になっているのだろう。リオ五輪前年、そして昨年も右肘のケガの影響で、合計6カ月間練習ができなかった。20年東京五輪に向けて必要なこととはいえ、そのブランクは「いくら萩野といえども厳しい」と平井コーチは言う。

「まともに練習ができるようになったのは1月の2週目くらいからだから、普通のシーズンでいえば今は11月か12月くらいの感覚だと思います。あと何レースかやっていかないと、緊張感のある試合の中でのキツさのようなものは身につかないのかなと思います。トレーニングはちゃんとできたとしても、見えない部分ができ上がっていない感じですね」

 そんな状況は萩野自身も承知していて、「もちろん修正できる部分はしていきますが、どうのこうのと言っていられる状態ではないので、この大会は今の体で戦うだけかなと思います」と、覚悟を決めたような表情で言う。

「1分47秒(200m自由形)は遅すぎてビックリした以外ないですけど、タイムというよりは人との勝負が今の僕の中では非常に大きな部分を占めている。勝ってもタイムが悪かったら喜べない部分もありますが、昨日のようにいい勝負をしたり、それぞれの種目のスペシャリストたちに全身全霊でぶつかったりすることも大事。一本一本のレースで自分の全力を出し切ることが、今は一番大事だと思います」

 苦しむ中での勝利やライバルとの競り合いが、自分をさらに成長させる大きなエネルギーになると信じ、戦い続ける。その本当の成果が出るのは、7月にハンガリーのブダペストで行なわれる世界選手権なのだろう。

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