昨日「ゲスの極み乙女。に本当に怒ってるのって誰なんですか?」という記事を書いたけれどアレはもうただ単に週刊文春、宮根誠司、猫をアイコンにしているSNSジジイ、ヤフー知恵袋のカテゴリマスターのババアたちの有り余る増長っぷりに立てた腹の八つ当たりみたいなもので、結局肝心の音楽性に全く触れていない記事となった。このサイトはいつもそうですね。いつも音楽の話してない。音楽を通して女の悪口言ってるだけですからね。

 なので今日は音楽の話をしようとおもいます。がんばります。ゲスの極み乙女については思う所がたくさんあるのだ。

 なにがって、結成当初とスキャンダル前とスキャンダル後で音楽性がガラリと違う。ストレスって、すげえんだなあ。

結成当初

 なんですかこれは一体。

2012年5月にindigo la Endのボーカルでもある川谷絵音を中心に結成した4人組ヒップホッププログレバンド。高い演奏技術を駆使した何が起こるかわからない曲展開に全てを飲み込んでしまう声。プログレ、ヒップホップを基調とし、独自のポップメロディを奏でる天才集団である。

 嘘めちゃくちゃ言いやがる。就活生かお前ら。

 indigo la endのサイドプロジェクトとして始まったこのバンドだけれど、良くも悪くも本当に遊んでるバンドなんだなー、という印象だった。

 インディゴもそうなんだけど、川谷絵音が作るアルバムには何故か毎回1曲だけポエムの朗読に終始する楽曲が収録されている。NHKラジオスペシャルが始まったかと思うからやめてほしい。たぶんアルバム曲数のノルマ稼ぎなんだろうけど、ゲスの極み乙女の音楽性って

「この朗読にサビつけるだけで曲になるじゃん」

 っていう発想だと思うんですよ。天才か?生産コストのカットは経営の基本。川谷工場長、顧客満足度やクリエイターとしてのプライドは完全に無視でございます。経営者の鑑ですね。

 一応ヒップホップを自称してはいるけれど、韻は踏まないどころかフロウもクソもあったもんじゃない。朗読ですこれは。

 

 これなんか作詞すら拒否してますからね。スペースシャワーから給料出てるのにですよ。新社会人のみなさん、この手の抜き方是非見習って。

 だったんだけど、なぜかこの適当さ加減が世にウケまして。indigo la endに回してた分の労力がゲスの極み乙女に流れ込み始めてからは本当にポップな曲を書くように。

 

スキャンダル前

 散々ワイドショーで聴いたこれ。ちょうど1stと2ndで音楽性が転換しているので聴き比べて面白い2枚だ。持ってない人はレンタルでもいいから聴いてみてほしい。

 ファンもこれ以降の楽曲が収録された”両成敗”の方が好き!という人の方が多いんじゃないか。

 何が変わったって朗読部分が歌と呼べるくらい抑揚とメロディが増えた。無理な転調やテンポチェンジをやめてサビとAメロに脈絡ができた。いままでサビとかもう本当に良いわけ程度にのっけただけでしたかたね。

 この時期のゲスの極み乙女ってポップソングとしては本当に素晴らしかった。ドラムはまだまだ下手っぴだったけどサビの強烈なメロディと、意味不明詞が噛み合って、普段音楽を聴かない奥様方でも「え、なにこの曲」と耳に残っちゃうような出来になっていた。

 

 本題です今日の。ゲスの極み乙女が再結成どうなるか?そんなことまではわからないけれど、曲調は明らかに変化している。まだ3rdアルバムは発売されていないので発表済曲の中だけの話にはなるけれど。

 

 このバンドには「おふざけですよ!」っていうポーズが常に芯にあった。名前もそうだし、メンバーの呼び名とかプロモーションとか公式ツイッターとか。あくまでふざけてますよ!っていうポーズを取ることでエンタメになっていたバンドだったんだけど、スキャンダルのせいでそれがちょっと難しくなっちゃったようでポーズも楽曲もシリアスに寄って行っている。

 しかしシリアスなこと歌われると「これってそういうことなのかな」と歌詞の内容を想像しちゃったりして、聴く側の意識としてはやや気が重い。イヤホンの中でまで他人の愚痴を聴きたい人間なんてそういないでしょう。

 

 これは最近発表された休日課長のサイドプロジェクトなんだけれど、作曲はやっぱり川谷絵音でなんだかダウナーな曲になっている。

 音楽的にはまた新しいことをしようとしているし、わかりやすいポップチューンから脱却してドラマ主題歌のようなピシリとしたポップスを作ろうとしているようだし、悪くはないんだけど”商品としては”あのインパクト勝負の川谷絵音くさい楽曲が良かったのだ。

 

 当初の工場経営から伺えるように、川谷絵音はどう考えても頭がよろしいのでなんの考えなしでやっていることとは思わないけれど、それにしても取り巻く状況が厳しい。

 広く間口を設けて、お茶の間のみなさんに聴いてもらうことを根ざしたバンドと、音楽が好きで積極的にバンド音楽を探して聴くような人たちへ向けて活動しているバンドとでは、音楽性から立ち回りまでまるで、別の業種だ。

 ゲスの極み乙女は明らかに前者のバンドだった。作品の良し悪しよりも、エンタメ性。広く浅い層への購買を狙ったバンドだ。そういうバンドは得てして勢い勝負で、上り調子の時にどこまで名を轟かせるか。茶の間に顔を出すか。そういうコンテンツだ。

 それが彼らの場合、杭の出始めを強烈に叩かれたのでそういう土俵で戦うわけにはいかなくなってしまった。

 そこでメンバーのソロ活動を増やして集客の枝葉を分散させたり、お茶の間層からの支持を切り捨てた音楽性に傾くのは妥当だと言えるが、悪く言えばそれは都落ちなので音楽に代わりが効いてしまう以上かれらをわざわざ選んで聴く理由が客たちにはないのだ。アレ、結局また音楽と関係ない話をしている。

 ダダレイの楽曲はともかく、新しくアナウンスされた楽曲も含めスキャンダル後の楽曲は”作品としては”良いものだと思います。そこらへんのバンドじゃ聴けない不気味さもあるし、薄れたといえ川谷絵音のクセの強さはやっぱり強烈だなと。

 今ゲスの極み乙女を聴くことはすごく面白いと思います。3rdアルバム達磨林檎どうなるんでしょう。一時代を築いたポップバンドの今を表す一枚として見逃せないでしょう。

 それでは。

 

達磨林檎

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