厚生労働省がこの4月に創設した「人事評価改善等助成金」に関する案内を見ました。

 その目的は、「生産性向上のための人事評価制度と賃金制度の整備を通じて、生産性の向上、賃金アップ及び離職率の低下を図る事業主に対して助成するものであり、人材不足を解消すること」とのことです。 人事評価制度等の制度整備に対して50万円、1年後の目標達成で80万円が助成されるということです。

 制度整備はあえて説明の必要はないと思いますが、目標達成といっているのは、「所定の計算式による生産性が3年前に比べて6%以上伸びていること」「離職率を計画時から低下させること」「毎月の賃金を2%以上増加させること」の3要件すべての達成が必要とのことです。

 特に中小企業にとっては、こういう助成金というのはそれなりに利用価値があるものですし、これをきっかけに制度整備や組織の仕組み作りを進めようという企業が増え、なおかつ業績アップに貢献してくれれば、(私のお仕事の機会が増えるかも?という意味でも笑)良いことだと思います。

 ただ、これは助成金というやり方の限界なのかもしれませんが、この「目標達成」に関する要件に、どうしても違和感をもってしまいます。「人事制度」「評価制度」の導入と1年程度の運用で、生産性が上がって離職率が下がることに直接つながるとは、人事が専門の私には、とてもそうなるとは思えないからです。

 もちろん、人事制度や評価制度は、ただ作っただけでなく、運用した結果として何らかの成果を生まなければ意味がありません。それゆえに「目標達成」についても助成するということだと思うので、それは十分に理解できるところです。

 ただ、本来こういうことは、数年以上の中期に渡って追いかけながら、途中経過で制度を見直していくことも必要になります。 しかし、助成金という制度の性格上、支給に至るまでの期間があまり長くなるのは好ましくないでしょうし、明確な支給基準も設けなければなりません。そんな中から出てきたのが、「生産性」や「離職率」だったのだと思いますが、たぶん制度設計した人たちも、苦肉の策だったのではないでしょうか。

 この助成制度ができたことで、俗にいう「助成金ビジネス」が動き出し、「評価制度で生産性を上げよう」「人事制度で離職率を下げよう」のような営業トークが出てくるでしょうし、「この制度を入れればすべて解決」のような売り込みをするところもあるでしょう。 「助成金受給のための目標達成テクニック」みたいな話も出てくるかもしれませんが、そうなってくると助成金受給そのものが目的化してしまい、本来あるべき姿からはどんどん遠ざかっていきます。

 私が言えることがあるとすれば一つだけ、「そんなに簡単に生産性は上がらないし、離職率も下がらない」ということです。組織改革には息の長い地道な取り組みが必要であり、助成金はあくまでそれを補助するものと考えなければ、本来やるべき継続的な取り組みがおろそかになります。

 私個人としては、あくまでその企業にとって何がベストかを考えてご支援をするということしかありませんし、その中でこの助成金が有意義に活用できるのであれば、それに越したことはありません。 ただ、誤解を恐れずに言えば、助成金というのは一種の麻薬のようなところがあります。ビジネス感覚を鈍らせたり、またもらいたいという常習性があったりします。 本来の目的を誤った、本末転倒な活用だけは避けなければならないと思います。

※この記事は「会社と社員を円満につなげる人事の話」からの転載となります。元記事はこちら

執筆者プロフィール

小笠原 隆夫 (おがさわら・たかお)
ユニティ・サポート代表
http://www.unity-support.com/index.html
ユニティ・サポート 代表・人事コンサルタント・経営士
BIP株式会社 取締役

IT企業にて開発SE・リーダー職を務めた後、同社内で新卒及び中途の採用活動、数次にわたる人事制度構築と運用、各種社内研修の企画と実施、その他人事関連業務全般、人事マネージャー職に従事する。2度のM&Aを経験し、人事部門責任者として人事関連制度や組織関連の統合実務と折衝を担当。2007年2月に「ユニティ・サポート」を設立し、同代表。

以降、人事コンサルタントとして、中堅・中小企業(数十名〜1000名規模程度まで)を中心に、豊富な人事実務経験、管理者経験を元に、組織特性を見据えた人事制度策定、採用活動支援、人材開発施策、人事戦略作りやCHO(最高人事責任者)業務の支援など、人事や組織の課題解決・改善に向けたコンサルティングを様々な企業に対して実施中。パートナー、サポーターとして、クライアントと協働することを信条とする。

会社URL http://www.unity-support.com/index.html