まず読者諸賢に質問したい。「皆さんは飛行機に乗る際、隣席の人としゃべりますか」私はこれからやってみたいと思っている。筆者撮影。

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まず読者諸賢に質問したい。「飛行機に乗る際、隣席の人としゃべりますか」私はこれからやってみたいと思っている。この前、週末に台湾旅行へ行った際に、飛行機で隣席の方に声をかけられたので、面白い出会いが生まれた。

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きっかけは、飛行機の中が乾燥し、私が保湿化粧品を顔に塗ったこと。隣の大体同じ年の女性に「どんな化粧品ですか」と聞かれ、化粧品について会話が盛り上がった。女性の名前は陳という。台湾出身で、よく台湾と日本を行き来し、さまざまなビジネスにかかわっているそうだ。化粧品やコーヒー、台湾で民宿を経営しており、これから東京でロマンチックな喫茶店を開きたいという。

飛行機で新しい出会いが生まれるとは想像もしなかった。飛行機の中、私は陳さんと連絡先を交換した。2日後、陳さんと一緒に台湾の「夜市」(ナイトマーケット)を巡った。おいしい食べ物をたくさん薦めてくださった。2日前は赤の他人だったが、今は古い友人のように賑やかな街頭の店で、楽しく食べながらしゃべる。出会いは不思議なものだと思わずにはいられない。

話が戻るが、その日の夜、私は台湾のホテルに到着した後、ホテル近くのレストランで食事した。その際、隣席の客が日本語で話していることに気づいた。3人の日本人観光客が店員さんと注文についてやりとりをしている中、どうしてもうまく通じない部分があり、店員さんが焦り、「日本語分かる人がいないか」と尋ねた。私は手を挙げて「通訳します」と声を出した。

日本人観光客の中の1人が十数年前に台湾旅行をした際、このレストランで食事をしたことがあり、思い出の場所であるこのレストランで十数年前の魚料理をもう一度味わいたいという。ちなみに、このレストランは淅江料理が有名で、蒋介石も訪れたことがあるそうだ。メニューの通訳は初めてだったが、店員さんと日本人観光客の両方から「助かりました。ありがとうございました」と言われた。海外旅行で、少しだけ人の役に立つことができ、感謝されたことをとても嬉しく思う。別れ際、彼らは「お元気で」との言葉もかけてくれた。

私は日本人観光客3人と名刺交換し、日本に戻ったあとうちの1人から「お会いしました浙江料理のレストランではメニューの選択でお世話になりました。お元気で、旅をお楽しみください」という旨のメールが届いた。メールで旅の感想も語ってくださり、私は感銘を受けた。

前出の台湾の陳さんと「夜市」を巡る中、さまざまなことを考えさせられた。台湾の人びとの食に対する情熱の凄さを強く感じた。台湾ではいくつか有名な「夜市」がある。陳さんが「饒河街観光夜市」を案内してくれた。「夜市」は黒山のような人だかりで、ゆっくりゆっくり人の流れに身を任せて歩いた。屋台で数人の知らない人と一緒のテーブルを囲んで食べることは私にとって何とも新鮮な体験だった。

陳さんはたいへん明るい人で、全く見知らぬ人とすぐ友だちになるタイプだ。陳さんは「台湾は親切な人が多く、観光客にも優しく接していますよ」と語ったが、確かに屋台の店員さんはよく客と友だちのように世間話をしている。

さらに彼女は「日本ではうつ病を患う人が多いと聞いたが、ストレスを感じたら、一度台湾の夜市を歩くと、うつを飛ばせると思いますよ」と言われた。活気あふれる「夜市」に身を置くと、人間の情熱を肌で感じることができ、世間に対して考え方が変わるかもしれない。

今回の海外での出会いで、私は「一期一会」という日本文化を思い出した。「あなたとこうして出会っているこの時間は、二度と巡っては来ないたった一度きりのものです。この一瞬を大切に思い、今できる最高のおもてなしをしましょう」という思いだ。普段の日本の暮らしで、ほぼ忘れかけていたことである。インターネットがどこでも使える時代、何もかもますます便利になっていく。その代償は人間同士のコミュニケーションが減ってしまうことである。ネットで「いいね」のボダンを押すだけで、相互理解を深めるわけではない。人生の価値はやはり、さまざまな人と出会う中から生まれる。騙されることがあったとしても、人を信じることを諦めてはいけないと思う。

今年4月で、私は日本での暮らしが17年になった。日本の生活に慣れ、日本の「短所」が見えなくなったのかもしれない。日本と日本人がもっとオープンにならないと、世界の流れの中で足取りが鈍くなる恐れがある。

ちなみに今回、台湾の書店で「平成年間の巨変と絆」という台湾学者の日本評論集を購入した。本の中で著者が「現在、日本は3度目の開国に臨む大切な時期だ。1度目は明治維新、2度目は第二次世界大戦の敗戦」という見解を示している。私も同感だ。

■筆者プロフィール:黄 文葦
在日中国人作家。日中の大学でマスコミを専攻し、両国のマスコミに従事。十数年間マスコミの現場を経験した後、2009年から留学生教育に携わる仕事に従事。2015年日本のある学校法人の理事に就任。現在、教育・社会・文化領域の課題を中心に、関連のコラムを執筆中。2000年の来日以降、中国語と日本語の言語で執筆すること及び両国の「真実」を相手国に伝えることを模索している。