名前/グスタボ・ローダス(Gustavo Ariel RODAS) 生年月日/1986年1月16日 主な所属クラブ/ニューウェルス(アルゼンチン)、デポルティボ・キト(エクアドル)、北京人和(中国)、ウィルステルマン(ボリビア)。(C)SOCCER DIGEST

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 かつて、あのメッシが憧れを抱いたという“大物助っ人”が来日を果たした。
 
 移籍先は『エスペランサSC』。JリーグでもJFLでもなく、関東リーグ2部に所属するクラブである。
 
 これまで母国アルゼンチンをはじめ、コロンビア、ペルー、エクアドル、中国、ボリビアと渡り歩き、日本に辿り着いたグスタボ・ローダスとはいったい何者なのか――。
 
 南米のクラブからのオファーを蹴って、日本行きを決めた31歳のアルゼンチン人MFに、メッシとの思い出や新天地に懸ける想いなどを聞いた。
 
――まずは移籍の経緯を教えてください。
「実は、日本に来るのはこれが二度目なんです。一度目は10年前に、あるJクラブのトライアウトを受けたんですが、その時は残念ながら契約には至りませんでした。ちょうど、日本でエスペランサSCが立ち上げられた頃ですよね。それで今回、親友のオルテガ(コーチ兼選手)から声をかけてもらって、彼の家族もよく知っているし、居心地も良いと思ったので、移籍を決断しました」
 
――オファーをもらった時はどんな心境でしたか?
「オルテガとはこれまでにも何度か連絡を取り合っていて、そのなかで誘われることもありました。このクラブのJリーグを目指すというプロジェクトも聞いていたし、僕自身、日本でもう一度、チャレンジしたかったんです。
 
 最初に来日した時、契約を結べなかったのがすごく悔しかった。日本でプレーできる自信があったのに、それが実現できず、ずっと心残りがありました。今回の再挑戦で、自分がここで活躍できることを証明したい。
 
 日本行きを決めた後、ペルーやコスタリカのクラブから誘いがあったのですが、断りました。神様がエスペランサSCでプレーしなさいと、そういう運命を感じていますし、しっかりと腰を据えてサッカーができると信じています」
 
――これまでのキャリアで、中国でのプレー経験もありますよね?
「はい。アジアのサッカーは多少なりとも見てきましたし、自信はありますよ」
 
――子どもの頃はメッシ(バルセロナ)とプレーしていたんですよね? 当時のメッシはローダス選手に憧れていたとか?
「ニューウェルスというクラブで、彼は僕のひとつ下のカテゴリーにいました。ご存知のように、メッシはその頃から特別な才能があって、飛び級で僕と一緒にプレーすることになったんです。それで、何かのインタビューで、小さい時は僕に憧れていたと言っていたらしいんですよね。
 
 自分としても、メッシのプレースタイルはすごく好きでした。9歳か10歳ぐらいから、彼がバルサに行くまでの13歳まで、同じチームでずっとプレーしていましたよ」
 
――ローダス選手はU-17南米選手権で優勝していますが、メッシ選手も一緒だったんですか?
「もちろん、選ばれて当然の選手でしたが、メッシはいませんでした。噂では、彼はもしかしたらスペイン国籍を取得するのではないかと言われていて、たしかそれで代表には呼ばれなかったんだと思います」
 
――その大会でローダス選手の背番号は?
「10番でした」
 
――そんなローダス選手のプレースタイルを教えてください。
「ポジションとしては、アルゼンチンでいうところのエンガンチェですね。直訳は“つなげる”という意味なのですが、FWの近くで決定的な仕事に絡むこともあれば、ボランチの側まで下りていってパスを出すのも得意なプレーです。とにかく、ボールにたくさん触りたいんですよ」
 
――エスペランサSCでも同じ役割で?
「ここでは、あまり下がり過ぎず、なるべく高い位置にいてほしいと言われています。いわゆるトップ下ですね。ゴールにつながるプレーを要求されています」