細貝萌が柏レイソルに加入し、7シーズンぶりのJリーグ復帰を果たした。すでに4月1日にはアウェーの広島戦、後半41分から途中出場、チームの4戦ぶりの勝利に貢献している。


7季ぶりにJリーグに復帰した細貝萌(柏レイソル) 細貝にとって2016〜17シーズンは厳しいものとなった。新加入したシュツットガルトでは流れに乗り切れなかった印象が強い。

 前シーズンに所属したトルコのブルサスポルから契約延長のオファーを受けながら、ドイツ2部でのプレーを選択。初めてドイツでプレーしたアウクスブルクの当時の指揮官、ヨス・ルフカイと再びタッグを組むことで、自然と期待は高まった。

 出場機会は与えられたが、細貝は第2節、相手選手との接触により左太ももを負傷。細貝が離脱している間に指揮官は電撃的に監督を辞任してしまう。その後、ハネス・ヴォルフ新監督のもとで5試合連続フル出場を果たすが、今度は練習中に右足小指を骨折。2度目の離脱期間中にチームは調子を取り戻し、その立場は厳しくなっていった。そんな現実をふまえての移籍だった。

 柏のクラブハウスで話を聞いた細貝は、明るい表情で「これは自分にとって挑戦」と繰り返した。出場機会を求めての移籍ではあるが、簡単にその座を得られるとも思っていない。環境や自分の役割の変化を受け止めながら、新天地での日々を楽しみにしている様子だった。

──まず、今回の移籍の経緯をうかがえますか。

「もともとシュツットガルトでドイツでのプレーは最後にしようと思っていて、家族ともそう話していたんです。アウクスブルク、レバークーゼン、ヘルタ、トルコをはさんでシュツットガルトと、ドイツが長かったのもあって、他の国はあってもドイツは最後かなと。だけどこのタイミングでの移籍は考えていなくて、ウィンターブレイクも日本に帰国して、1月にはドイツに戻りました。

 でもドイツに戻ってキャンプをして、後半戦が始まる頃には、チームに新しい選手が入って状況が変わっていった。自分のチーム内での立ち位置がそう簡単ではなくなってきたんです。この状況は難しいなと代理人と話す中で、日本のマーケットが開いていることもあって、Jリーグの数クラブからオファーを頂き、その中から柏を選びました。1月末までは移籍のことを考えていなかったからこそ、このタイミングになってしまいました」

──納得の移籍になりましたか。

「もちろんです。自分でここに来たいと思って来た。クラブ選びに関しては、これまでも自分の意思で決断してきて、失敗なんて思ったことは一度もないです。もちろんシュツットガルトに入ったのも後悔してない。この移籍自体も成功としか思ってない。ベストを尽くすことで柏の力になれればと思います。日本に帰ってきたというより、挑戦という感じですね」

──入団会見では「経験を伝えたい」と。

「6シーズン海外でやった選手はここにはいない。『小学生のとき埼スタで(細貝を)見てた』というような若い選手がチームメイトなんですよ! 彼らに何を伝えられるのかといったら、具体的には難しいですけど、まずは自分が試合に出られるようにがんばらないと。試合に出れば、プレーで伝えられることはあると思うんです。普段の立ち居振る舞いも重要と思う。彼らのプラスになるようなことを感じてもらえれば」

──この6年間、ご自身が海外で学んだことも多かった?

「プレー面よりも、やっぱり人としての成長のほうが大きかったと思うんです。プレーのことは正直わからない。一流選手でも、プレミアでは活躍できてもリーガでダメな選手とかもいて、リーグが違うって結構、大きなことなんですよね。僕はうまいタイプじゃないから、6年間海外でやったからといって、日本で必ず活躍できるとは思ってない。だからこそ必死になって、がむしゃらにやらないといけないと思うんです」

──人としての成長というのはどういうことですか。

「ドイツ語や英語の言葉がわかるようになったとか、知り合いがたくさんできたとか、日本とは異なる文化の中で適応してきたとか、そういうことは人としてとても重要なことだと思う。異文化の生活の中でも言葉ができれば大人になれるところもあるし、余裕ができたりもする。そういうことも含め、人としての強さは間違いなく一番成長したと思います」

──それにしても移籍先は浦和ではなく、柏なんですね。

「浦和には6年間お世話になったから、もちろん悩みました。それに浦和には同世代が多い。槙野、柏木、宇賀神が一個下で、同い歳に梅崎、西川、興梠。阿部さんも知ってるし、青木くんだって前橋育英の後輩だから知ってる。単純に溶け込みやすいんですよ。プレーは別にして、スタッフもマッサーもドクターも、なんならロッカーの使い方だって知っているわけですから。帰国中に浦和のクラブハウスに挨拶に行ったとき、監督室でペトロヴィッチ監督と話したこともあるから、彼の人間性も知っている。

 だけどすべて初めての柏ではそうはいかない。これから若い選手たちでやっていこうというチームに、30歳で入るのは本当に挑戦なんです。でも、自分には新しい刺激がないといけないと思った。浦和にいればプレーだけに集中できるかもしれない。でも、ここでは”それでよし”という感じではない。若い成長過程の選手に、いろいろなことを感じ取ってもらわないといけない。役割が変わるところのほうが、今の自分には合っているな、と。選手としてはともかく、1人の人として成長できる可能性が高いんじゃないかと思って」

──海外では、年上だからこその役割、というようなことはあまりないですよね?

「年齢が個々の関係性にそこまで影響しないですよね、気を遣ったり、リスペクトしたりということはありますけど。向こうにいると、シャワーを浴びているときに20歳くらいの若手選手に背中をバーンと叩かれたり、シャンプーを流してる上からシャンプー足されたり(笑)。もちろん冗談でやっているんですけどね。自分は何を伝えられるか。もちろんサポーターの人たちはきっと『そんなことはどっちでもいいから結果を』と思うだろうし、そこも自分なりにベストを尽くしますよ」

──ポジションなど、サッカー的にはどうですか。

「ここでやるならボランチなんだろうなと思います。能力が高い前線の選手にうまくボールを供給していくプレーが中心になると思います。練習していても若い選手はうまいので、置いていかれないようについてかないと」

──若い選手たちはうまいですか。

「みんなうまいですよ。でも、彼らには将来があるので、まだ学ぶべきこともたくさんありますよね。自分も若い時に、高原直泰さん、ワシントン、ポンテ、小野伸二さん、阿部勇樹さんと、年上のすばらしい選手がどんどんチームに来て、そういう選手たちを見ていて学んだことがたくさんある。そういう存在になれたらいいなと思います。

 あと、実はプロになってから、日本人監督のもとでプレーするのが初なんです。不思議な感じがしますよね。会話が100パーセントできるので、何から何まで話そうと思えば話せる。勉強になるというか、監督から学べるものも学びたいと思っています」

──選手としてこの先、どんなビジョンを描いていますか。

「そんなに先のことはわかりません。まずは柏で、柏のためにやりたい。一歩先しか見えてなくて、まずはしっかりプレーしてサポーターやクラブに認めてもらわないと。若い選手たちからもリスペクトしてもらえるような存在になりたいです」

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