JR浦和駅東口(「Wikipedia」より)

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「はてな匿名ダイアリー」に投稿された「年収1000万の人は埼玉に来ると幸せになれるよ」と題する書き込みがインターネット上で大きな反響を呼んだのは、今年2月初旬のことだった。

 投稿者は、年収1000万円を「何もしないには十分すぎる収入だけど、何もかもするには足りない収入」と位置づけ、「何をして何をしないか、よく吟味する必要がある」と説く。そして、食費、光熱費、保険、通信費などの支出を抑えても節約できるのはわずかだとし、「じゃあなにを減らすか? 住居費でしょ!」と、埼玉県に住むことを強く推すのだ。

 確かに、埼玉の住居費は東京に比べると格段に安い。駅近くの3LDKの一戸建てが3000万円以内で購入可能で、場所にこだわらなければ、その価格で新築物件を建てることも可能かもしれない。

 インテリジェンスが運営する転職サービス「DODA」の「平均年収ランキング2016」によると、30代の平均年収は467万円で、40代は564万円。一般的に見て年収1000万円は“勝ち組”であり、その上で住居費を抑えることができれば、より満足度の高い生活を送ることができそうだ。

 しかし、「年収1000万円の人が埼玉に住んでも、幸せになれるとは限りません」と語るのは、夫婦でファイナンシャルプランナーとして活躍し、地方移住希望者へのアドバイスなども行うFPサテライト代表の町田萌氏である。

 町田氏によれば、表面的なコストパフォーマンスだけで住む場所の良し悪しを判断するのは難しいという。

●通勤時間の長さは全国3位、“公立王国”の弊害も

「年収1000万の人は埼玉に来ると幸せになれるよ」の投稿者が埼玉を推す理由のひとつとして挙げるのが、「都心が近い」という点だ。

 大宮、浦和といった埼玉の主要都市は、都心まで30〜40分程度。投稿者がいうようにアクセスは悪くなく、路線的に出やすいため「池袋にいるのは埼玉県民ばかり」といわれることもあるくらいだ。

 だが、都心へのアクセスのよさは必ずしもメリットだけとは限らない。町田氏は「アクセスがいいと、自然と都内に出かける機会が増え、生活に占める移動時間の割合が増える傾向がある」と指摘する。

「2011年の総務省の『社会生活基本調査』によると、通勤時間の全国平均が片道36分だったのに対し、埼玉は46分と全国で3番目の長さでした。このデータでわかるのは、埼玉では多くの人が都内に向かって通勤し、移動にかなりの時間をとられているということです。

 利用できる路線が限られている場合も多く、ベッドタウンならではの『通勤ラッシュがつらい』との声もよく聞きます。移動時間をロスと感じる人にとっては、埼玉から都内への移動は大きなストレスになるかもしれません」(町田氏)

 また、「中学受験は少数派」「ショッピングモールがある」「車がいらない」という点も、埼玉を推すポイントとされている。

 実際、東京と違って埼玉は「公立至上主義」とでもいうべき傾向が強い。筆者自身も埼玉出身で現在も埼玉に住み続けているが、成績のいい同級生たちは、ほぼ公立校に進学した。このように「中学受験が少数派」である分、子どもの教育にかかるお金を削減できるのは事実だろう。

「確かに、埼玉は“公立王国”だと思います。公立でありながら抜群の東京大学合格者数を誇る浦和高校など、『名門』と呼ばれるような学校も多い。周囲に受験組が少なければ私立受験という選択肢も浮かびにくくなり、受験や教育にかかる費用を抑えることができるでしょう」(同)

 ただし、逆にいえば、それは子どもに私立受験をさせたいと考えたときにハードルが高くなるということでもある。町田氏も「周囲に受験組が少ないので情報も少なく、教育熱心な人にとって、埼玉は合わない可能性もあります」と語る。

 大規模な「ショッピングモールがある」から「車がいらない」というのも的外れだ。実際、埼玉に住む筆者の周囲では車を所有していない人は少数派で、友人や知人の半数以上がマイカーを持っている。

「埼玉のどこに住むかにもよりますが、いくら都内へのアクセスがいいといっても、埼玉では少し駅から離れれば車がないと行動しにくいことが多い。15年の埼玉県民の軽自動車所有率は29.13%で、この割合は北海道民の30.8%と大差ありません。これを踏まえれば、埼玉で生活するのに『車がいらない』ということはなく、『車は必需品』というのが現実なのではないでしょうか」(同)

●「埼玉なら貯蓄できる」は嘘?負債額は全国3位

 さらにもうひとつ、件の投稿者が埼玉を推す理由として挙げているのが、「貯蓄ができる」ということだ。

 もし本当に、住居費、教育費、車のローンや維持費をカットできるのであれば、東京に比べて貯蓄も余裕でできるかもしれない。ところが、町田氏によると、住環境のわりに埼玉県民の貯蓄額は高くないという。

「総務省の『全国消費実態調査(14年)』によると、都道府県別に見た2人以上の世帯の1世帯当たり貯蓄現在高の全国トップは東京の約1967万円で、2位が神奈川県の約1904万円、3位は福井県の約1856万円。首都圏では、東京、神奈川のほかに8位に千葉県がランクインしていますが、埼玉はトップ10にも入っていません。もちろん、埼玉は東京や神奈川に比べて平均年収が低いという事情もありますが、埼玉に住めば効率よく貯蓄ができるかというと、そうとは限らないわけです」(同)

 また、同調査の負債額(2人以上の世帯の1世帯当たり負債現在高)の多い都道府県を見ると、全国トップが東京の約789万円で、2位が神奈川の約717万円、それに続く3位が埼玉の約618万円となっている。この負債額は、マンションや土地など住宅関係が大部分を占める。

 つまり、埼玉は住居費こそ安いものの、データだけ見れば貯蓄額が高いわけではなく負債額が高い土地柄となっており、コスパがいいとはいえなさそうなのだ。

●最大のメリットは「ほどほどの居心地のよさ」?

 もっとも、町田氏は「年収1000万の人は埼玉に来ると幸せになれるよ」というのは「正しくもなければ、間違っているわけでもない」という。

「結局、基準となるのは『自分がどういう生活を送りたいか』です。たとえば、若者なら、都内のほうがアンテナを広く張れるので情報も得やすく、フットワークよく動けるので、仕事面にいい影響をもたらすかもしれません。一方、ゆとりのある生活や家族と過ごす時間を大事にしたい人にとっては、都内より埼玉に住むほうがいいと思います。この投稿者の方は、『いい車に乗りたい』といった物欲がないのかもしれませんね」(同)

 実際、埼玉には東京ほどのモノやヒト、カネはないかもしれないが、長年住んでいる筆者は「埼玉は本当に住みやすい場所だ」と太鼓判を押せる。確かに、ショッピングモールぐらいしか遊びに行く場所はないが、特に不自由を感じることなく「ほどほどの居心地のよさ」を感じるのだ。

 しかし、その一方で、「東京に住んでいれば……」と思ったことも、数えきれないくらいにある。

「近年は地方移住が話題になることが増えていますが、地方は現在、国からの補助金注入や支援が盛んに行なわれているので、かなりお得に暮らすことが可能となっています。その半面、移住した土地になじめなかったり、収入が落ちたりする可能性もあります。東京は住居費や物価は高くても、情報があふれているので好奇心を満たすことができます。やはり、投稿者もいっているように、『何を選ぶか』『何を優先するか』がポイントでしょう」(同)

 当たり前の話だが、誰かにとって最良・最適の場所が自分にとってもそうとは限らない。コスパだけにとらわれず、生活する上で「自分が大切にしたいこと」を見失わないようにするべきだろう。
(文=藤野ゆり/清談社)