60代は「自意識」を再インストールして人生を2度楽しむ

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会社で一生懸命に仕事をし、高い給料をもらい、少しでも上のポストを目指す。多くの人が現役時代は、そんな気持ちで働いています。いってみれば、実績を積み上げる「足し算の人生」です。けれども定年になったら、背負うものを減らす「引き算の人生」にしてもいいのではないでしょうか。

ビジネスマンの人生は飛行機のようなもので、新入社員は燃料を目一杯に使って離陸します。やがて巡航速度に達し、目的地が近くなると徐々に高度を下げ始める。まさに定年間際は、この着陸体勢に入った状態です。そして、スピードを落として滑走路に降ります。

65歳までの再雇用が認められる時代になりましたが、役職をはずれ、給与の手取り金額ががくっと目減りするでしょう。しかし、その代わりに責任は小さくなって、気持ちが楽になることだってあるはず。そしてふと、自分が人生の折り返し地点に立ったことに気づく……。私は、そのときが本当の意味での「還暦」だと思います。

そうやって「第2の人生」を迎えたときに、お勧めしたいのが「天地返し」です。もともと農作業の言葉で、春の種まきに向けて畑の土を天と地がひっくり返るくらいに耕して、肥沃な土に戻すことを指しています。それと同じで、人ももうひと花咲かせるには、それまでの生き方や人間関係をひっくり返すことが必要です。

まず形から入りましょう。たとえば、こだわりを持って身につけていたスーツ姿から、ラフな服装に替えてみます。私は56歳で得度したときから作務衣で通してきました。最初は周りの目が気になって落ち着かなかったものの、思うほど他人は自分のことを気にしていないとわかると自意識が消え、気が楽になりました。これが私の引き算の人生の始まりでした。

■過去を悔いるより自己を肯定する

そうやって天地返しした後、同じ道を進む人もいれば、いままでとはまったく違う道に進む人もいるでしょう。私は前者を同じ土地で年に同じ作物を2回作る「二期作」に、後者を違う作物を作る「二毛作」になぞらえています。二期作であっても、心の持ちようが以前とはまったく違い、第2の人生を歩み始めることになります。

そして、二期作と二毛作のどちらの道を選択したにせよ、残された時間からすれば、大きなやり直しはききません。なので、一度動き出したら迷ってはいけません。徹底して自分を輝かす努力をしてこそ、納得のいく日々になります。

しかし、不満や心配を抱える人が少なからずいます。年老いた親の介護の問題、年金の行く末を含めた経済的な不安など、その要因は人によってさまざま。しかし、いくら思い煩っても将来のことはわかりません。また、どんなに心配したところで、物事は変わらないのです。だったら、もがき苦しむのを止めて、現状を甘受しましょう。そして、いまこの一瞬、一瞬を精一杯に生きていくのです。

最近「終活」という言葉を耳にすることが増えました。人生の最期に向けた準備活動のことで、真の還暦を迎えたら、やはり自分の死について考えたほうがいいでしょう。その際に思い出したいのが、仏典の『無量寿経』にある「独り生れ、独り死し、独り去り、独り来る」という言葉です。結局、人間というものは一人で生まれてきて、一人で死んでいくものなのだということを教えています。

私たちは、生まれたときから死に向かって生きてきました。もちろん、これからもずっと一人です。そうしたなかで二期作、二毛作といったように人生を二度楽しむことができても、過去にさかのぼって人生を生き直すことはできません。たとえ過去に悔いがあったとしても、「それがあればこそ、いまの自分がいる」と自己肯定したほうが楽になれます。

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向谷匡史
作家/浄土真宗本願寺派僧侶。1950年、広島県生まれ。週刊誌記者を経て作家に。『名僧たちは自らの死をどう受け入れたのか』『50歳からの人断捨離』『心の清浄をとりもどす 名僧の一喝』など著書多数。
 

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(作家/浄土真宗本願寺派僧侶 向谷匡史 構成=岡村繁雄 撮影=加々美義人)