浅田真央が教えてくれた、“負けた自分”との向き合い方

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 フィギュアスケーターの浅田真央が引退を発表しました。ピョンチャン五輪への出場を目指すと伝えられていた中での決断には驚かされました。“まだできるのに”と惜しむ声もあがり、改めて影響力の大きさがうかがえるニュースでした。

◆2回の五輪で、メダルよりも記憶に残ったもの

 10代前半から現在に至るまで成長を見てきて、強い思い入れがあるという人も多いでしょう。だけど、特に熱心なファンでなくても、浅田真央を見ると特別な感情がわいてくる。ただ“スケートが上手で天真爛漫な女の子”では片づけられない。

 彼女にはある種の偉大さがあったのです。しかも、それが勝利や成功ではなく、むしろ失敗や挫折を味わうたびに発揮されていたのが興味深い。

 ベタになりますが、やはりこの2つは外せないでしょう。1試合で3回のトリプルアクセルを成功させながら銀メダルに終わったバンクーバー五輪。全身で涙をこらえようとしていた演技後のインタビュー。途中で切り上げても誰も文句を言わなかった状況で、最後まで質問に答え続けました。

 そして記憶に新しいソチ五輪。ショートプログラムでの大失敗を乗り越えて、圧巻の演技を披露したフリープログラムは、いずれもスポーツの枠を超えて真に迫る光景でした。

◆物事がうまくいかなかった時の立派なふるまいとは

 もちろん、良い成績を残すことはアスリートにとって大切です。それが第一に評価を受け、称賛されるべきことがらなのは間違いありません。しかし、同時にアスリートが現役として最前線で活躍できる期間は限られています。競技を終えてからの人生の方が長いわけです。

 だとすれば、スポーツには輝かしい戦績を残す以上に大切なことがあるのではないだろうか?

 それがバンクーバーやソチで浅田真央が教えてくれたことだったように思うのです。

 物事が自分の思い通りにならなかったときにどう振る舞い、そしてそこからいかにして這い上がるか。浅田真央が立派なのは、16歳にしてグランプリファイナルを制したからではなく、その後の不本意な敗北や挫折を受け止め続けたからなのです。

◆大逆転負けしたあとの記者会見で

 アメリカで昨年末に発売された『Win at Losing: How Our Biggest Setbacks Lead to Our Greatest Gains』(著・Sam Weinman)という本には、挫折から学ぶことでより豊かな成功を手にしたスポーツ選手や政治家、起業家などのエピソードが収められています。“ホワイトシャーク”の愛称で知られる、オーストラリアのプロゴルファー、グレッグ・ノーマンの例をご紹介しましょう。

 ゴルファー最大の憧れ、マスターズで2度勝つチャンスがありながら、彼はいずれも逃しているのです。特に前日まで2位に6打差という大差をつけながら、最終日でニック・ファルドに大逆転を許した1996年の大会は、いまでも語り草になっています。

 その96年の試合後の会見で、ノーマンはこう語ったのです。

「マスターズに負けたからといって、世界が終わるわけじゃない。自分にはゴルフ以外に素晴らしい人生がある。プレーが乱れたのには、きっと何かしら理由があったに違いない。まあ試練と言うほかないだろう。しかし、その試練とやらの正体がいまだによく分からないのだが」

 会場にはノーマンを嫌うジャーナリストもいたといいます。そういった連中にとって格好の餌食となる無様な負け方をしながらも潔く会見を開いたノーマン。先の発言も本音ではなかったかもしれません。

 それでも人前に現れ、その場を取り繕い、自分の家族やスタッフをリラックスさせることが大事だった。それが美しい敗者にふさわしい行動だったのです。

 “勝てなかった”という事実と犯した過ち、その全てを自分の身に起きた貴い出来事として受け入れる。そんな辛すぎる作業を経て、初めて次へ向けて立ち上がれるのだと、ノーマンは語っています。

◆敗北には正面から向き合うしかない

 筆者も含め、浅田真央の演技を観ていた人の9割以上はジャンプやスピンの種類など分からなかったでしょう。乱暴な言い方をすれば、そんな枝葉はどうでもよかったのです。

 決して自らを卑下することなく、至らない点があれば、ひとつひとつ丁寧に改善していく。愚直なのに清々しい。

 かつてモハメド・アリはこう語りました。
「もしも敗北に直面したなら、正面から向き合う以外にすべきことはない。それが自分を信じてくれる人々に対しての義務なんだ」

 どうやら偉大な人同士、共通点がありそうです。

<TEXT/石黒隆之>