北朝鮮は中国に石炭などの地下資源を売り、その代金で石油や食料、それに核やミサイルの開発に必要な物資を調達している。米国は核やミサイルの開発を止めさせるために、中国に北朝鮮と交易しないように要請している。ただ、現時点では中国が本当に米国の要請に従うかどうかは、はっきりしない。

 ここでは食料問題に限って言及する。中国が食料の輸出を止めると北朝鮮は本当に困窮するのであろうか。そのことを調べてみたい。

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穀物は足りているが豊かではない

 北朝鮮は国連に加盟しており、その傘下にあるFAO(国連食糧農業機関)にもデータを提供している。だからFAOデータからその食料事情を伺い知ることができる。ただ、北朝鮮はウソをつくことが多いから、そのデータを丸のみにすることはできない。

 図1に北朝鮮の穀物生産量を示す。北朝鮮ではコメと共にトウモロコシが多く生産されている。これは寒冷ゆえにコメを生産できる地域が限られるためである。北朝鮮の人々は日常的にトウモロコシを食べている。コメとトウモロコシ以外の生産はわずかである。

図1 北朝鮮の穀物生産量(単位:100万トン、出典:FAO)


(* 配信先のサイトでこの記事をお読みの方はこちらで本記事の図表をご覧いただけます。http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/49698)

 生産量は1991年から93年にかけて著しく増加した。その一方で、95年から97年にかけて大きく減少している。普通の国で、生産量がこのように大きく乱高下することはない。ソ連の崩壊(91年)に伴い石油の供給を受けられなくなったことから、90年代に北朝鮮の食料生産は危機的な状況に陥った。特にその時期の生産量はデタラメである。全く信用できない。

 しかし、ウソの中からも本当のことを読み解くことは可能である。それには歴史的背景を考えるとともに、他のデータと突合せることが必要になる。

栽培面積を見てみよう(図2)。栽培面積には大きな変動はなく、生産量よりはずっと信頼できそうである。生産量は多くの人が注目するためにウソをついたが、栽培面積については概ね本当のことを報告したのだろう。

図2 北朝鮮の穀物栽培面積(単位:100万ヘクタール、出典:FAO)


 北朝鮮の穀物栽培面積は130万ヘクタール程度。人口は2500万人であるから、1ヘクタールで扶養する人数は約20人。世界平均は約10人だから、北朝鮮は農地の割に人口が多い国である。

 ただ、戦前の日本は1ヘクタールで20人程度を養っていたから、自給が不可能なレベルではない。しかし、この水準では飼料穀物にまで手が回らない。戦前の日本がそうであったように、北朝鮮の人々は肉をほとんど食べていない。

 図3に穀物輸入量を示す。輸入量は生産量に比べて信頼がおける。それは相手国があるからだ。一方的にウソを報告してもばれてしまう。

図3 北朝鮮の穀物輸入量(単位:100万トン、出典:FAO)


 小麦が作れないために、小麦はソ連が崩壊する前から輸入していたが、ソ連が崩壊してからはコメやトウモロコシの輸入量も増えた。ただ、それは2010年代に入って減少している。現在の輸入量は100万トン程度かそれ以下であり、多くの穀物を海外に依存する状況にはない。

 北朝鮮の穀物生産量は500万トン前後であると考えられる。それに対して、輸入は100万トン以下だから、穀物の自給率は80%を超えている。

 供給量は約550万トン。これを2500万人で割ると人220キログラムになる。1年間に220キログラムの穀物は生きて行くには十分であるが、決して豊かな暮らしとは言えない。戦前の日本と同じような状況にあるが、その食事にトウモロコシが半分程度混じっているから、戦前の日本より悪いと言ってよい。

 ついでに北朝鮮の農産物輸出量を見てみよう(図4)。この図から北朝鮮の置かれた状況がよく分かる。北朝鮮はソ連が崩壊する前まで、かなりの農産物を輸出していた。コメの他にリンゴなども輸出しており、農産物輸出国と言ってもよかった。それがソ連崩壊で一変した。

図4 北朝鮮の農産物輸出量(単位:1000トン、出典:FAO)


 1990年代には“麦わら”をかなり輸出しているが、“麦わら”を輸出しても、いくらにもならない。それほど外貨が不足したのだろう。ただ、それは21世紀に入って止まっているから、現在の状況はその時期よりもよいと思われる。

食料よりも大砲

 FAOデータを基に考えると、北朝鮮の食料事情は次のようになる。

(1)1人当たりの穀物供給量は220キログラム程度であり、それほど豊かではないが飢餓に苦しむレベルでもない。穀物を腹いっぱい食べることはできるが、飼料がないから肉はほとんど食べられない。牛乳もたまにしか飲めない。

(2)ソ連が崩壊するまでは、農産物の輸出が可能な状況にあった。食料に困るようになったのはソ連が崩壊してからである。現在の状況は1990年代よりも良いが、食料をほとんど輸出していないことから、ソ連崩壊以前の状態には戻っていない。

(3)北朝鮮は食料をほぼ自給している。人々は貧しい食事に慣れていると思われるから、禁輸による兵糧攻めを行っても、政権に大きな打撃を与えることはできないだろう。

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 なぜソ連の崩壊がこれほどまでに農業生産に影響を与えたのであろうか。ソ連からの石油の供給が止まり、そのために化学肥料が作れなくなったことが大きいとされるが、果たしてそれだけが原因だろうか。化学肥料は石炭を用いても作ることができる。そして北朝鮮は石炭の輸出国である。

 真の原因は、ルーマニアの崩壊を目の当たりにして、先軍思想を徹底し体制の維持を優先したためと考える。“経済学では大砲かバターか”との議論が行われるが、大砲の生産に注力し過ぎて、食料生産をないがしろにしているのだろう。そう考えれば、核兵器とミサイルの開発に血道を上げる昨今、時間が経過しても北朝鮮の食料事情が大きく改善されることはない。

 平壌を訪れた人が、北朝鮮の人々はかなり豊かな食事をしていると報告することがあるが、彼らが見たのは全体のごく一部である。平均的な人々はかなり貧しい食生活をしている。

 ただ、自給率が高いことから、食料に関する限り禁輸による締め付けを強化しても、北朝鮮が参ることはない。食料供給を見る限り、中国は北朝鮮にそれほど大きな影響力を持っていないと言えそうだ

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筆者:川島 博之