シュライカー大阪の“最強指揮官”木暮賢一郎監督のマネジメント術「スタイルにこだわりがないことがこだわり」(前編)

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 2007年の創設以来、9年間にわたってただ一つのクラブが王者に君臨し続けてきたFリーグ。それまで誰も止めることのできなかったその連覇の歴史が、10年目にして終わりを告げた。

 シュライカー大阪が名古屋オーシャンズに代わって新王者となった。この王位交代は、決して偶然にして起きたものではない。Fリーグにプレーオフができて5年。プレーオフの勝者がそのシーズンの優勝チームとなる中で、現場の選手や監督が最も価値を見出していたのは、レギュラーシーズンで1位になることだった。

 大阪は今シーズン、首位を独走し、リーグ1位となった上でプレーオフで優勝をつかんだ。文句の付けようがないこの結果へと導いた人物こそ、3年前に王座奪還を託された木暮賢一郎監督に他ならない。若手、ベテランを問わず、選手に競争心とプロ意識を植え付け、常に勝利にこだわり、目的に向かってまい進するクラブのアイデンティティまでも構築した。

 では木暮監督は、どのようなアプローチでクラブを高みへと先導していったのか。Fリーグ初制覇、その直後に行われた全日本フットサル選手権の優勝と併せて2冠を達成した“最強指揮官”のマネジメント術に迫る。

インタビュー・写真=本田好伸

■次につなげるために必要なものこそが「結果」
──改めて振り返ると、Fリーグで初優勝を飾り、その2週間後に行われた全日本フットサル選手権で優勝を達成した瞬間はどのような気持ちだったのでしょうか?
木暮賢一郎 リーグ1位が確定してプレーオフを決めた時も、その後の2つの優勝の瞬間も、もちろん嬉しかったです。でも選手の時よりも圧倒的に、冷静に戻るのが早かったですね。選手が努力を重ね、こちらの要求に応えて戦ってきてくれた分、彼らには喜びを爆発させてほしいですけど、僕自身はホッとしたという感覚でした。

──木暮監督は3年前の監督就任当初、選手に「歴史を変えよう」と伝えたそうですね。
木暮賢一郎 就任初日のオリエンテーションで使ったフレーズです。僕自身は名古屋オーシャンズを引退後にFリーグU23監督をしていましたが、選手からすれば「どんな監督なんだろう」という期待や不安など、いろんな感情があったと思います。そうした時に、選手のモチベーションを上げると同時に、クラブの方向性を示せて、なおかつ分かりやすくインパクトのあるワードが大事だと思っていました。その当時は、深い意味やリーグへの影響ということよりも、まずはクラブや所属選手をこちらに惹き付けることを考えていましたね。でもなぜそのフレーズだったかというのは、現役時代の成功や失敗体験を含め、木暮賢一郎として歩んできた開拓心があったからこそだと感じています。フットサルがまだ世間に知られていないような時代から、新しい扉を開くことで次につながっていくという希望を抱いていましたし、海外挑戦にしても、チャレンジした先に何かがあると。Fリーグの監督になったことで、名古屋しか優勝していない歴史を変えようと。そういうマインドがこれまでの自分を作ってきました。

──大事なのは希望を見出せて、そして次につながっていくということ。
木暮賢一郎 そうですね。その際に必要なものこそが「結果」だと思います。スポーツである以上、結果や内容、クラブ経営など、いろいろな側面で必要なことはありますが、僕がやってきたのは、結果を出すことで認めてもらい、結果を出すことで次のステージに行けるということ。「次のステージ」というのは、給料が上がるとか、ワールドカップに出るとか、大阪で言えばAFCフットサルクラブ選手権に出るとか、人それぞれです。でも次のステージに行くためにはやはり、結果を出さないと何も言えないと思っています。一方で、僕は当然、雇われている立場で、結果を出さないといけないですが、よりアクティブに提案し、作り上げていく部分もあります。それはトップチームだけではなく、サテライトチームやU-18といった育成を含めて、新しいクラブの哲学やスタイルを築くというプロジェクトですよね。僕は幸運にもクラブと良い関係で仕事をやってこれていると思います。