戦後日本55年の政策を経済学三大思想でスッキリ読み解く

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複雑な現代の経済政策も、背景にある新古典派経済学、ケインズ経済学、マルクス経済学の三大思想が分かっていれば腹に落ちやすい。激動の55年を、経済思想で分かりやすく読み解く。

 戦後の復興期から現在に至るまでの55年は、経済思想にとって怒涛の半世紀といえる。新古典派経済学、ケインズ経済学、マルクス経済学という三大思想の波が入り組みながら、交代で前面に押し寄せた。

 1960年代は、米国でも日本でもケインズ主義が隆盛を極めた時代だった。18世紀型自由主義の市場経済ではなく、政府主導の財政政策による経済成長が続いたのだ。60年12月に閣議決定され、翌年から実施された国民所得倍増計画はその代表例だ。「計画」と銘打っていることからお分かりの通り、新古典派的な自由主義とは懸け離れている。

 60年代を通し、現に日本は2桁の経済成長を続け、国民所得は倍増以上に膨らんだ。いわゆる高度成長期だ。一方、経済力を維持しようとした米国から貿易と資本取引の自由化を迫られてもいる。

 70年代に入ると長期好況は終わり、一転して不況・低成長時代となる。71年8月にはドルショックにより、戦後の国際通貨体制だったブレトンウッズ体制が崩壊。73年2月、日本も先進各国の流れに沿う形で固定相場制から現在の変動相場制へと移行した。

 60年代の安定していた秩序は崩れ、世相も混乱していた。73年の石油危機以降は、インフレと不況が同時に起こるスタグフレーションが長期化し、ケインズ経済学はこれにて後景に退くことになる。金融政策を打とうにも、インフレ対策で金利を上げようとすると不況から抜け出せなくなり、妙案を示せなかったのだ。

 日本の大学では、ソ連で世界トップレベルの宇宙開発が進むなど、社会主義国が経済成長していたこともあって、マルクス経済学が全盛期を迎えた。

 ただ、70年代後半以降は世界的には新古典派が巻き返した時期である。79年の英国では、労働党政権による社会民主主義政策が行き詰まり、「英国病」とやゆされるほど経済社会の効率性が著しく低下する中、保守党のマーガレット・サッチャーが政権に就いた。

 サッチャーは80年代に入ると民営化路線を敷き、新古典派の右派であるミルトン・フリードマンのマネタリズム(貨幣量重視)を採用する。つまり自由化政策だ。

 これ以降、新古典派の右派にリンクする政治思想は新自由主義と呼ばれるようになり、各国に広まる。例えば米国のロナルド・レーガン共和党政権、日本の中曽根康弘自民党政権が取り入れている。

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