安倍昭恵オフィシャルサイトより

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 なんとも釈然としない展開になった『直撃LIVE グッディ!』(フジテレビ)による昭恵夫人の国家機密漏洩報道。番組では、2015年6月5日、正式発表より約7時間前に、籠池夫人が「昭恵さんから電話があって、賢島(伊勢志摩)でサミットをやることが決まった!」と話していたという、森友学園の寄付者の証言を放送したのだが、放送翌日の7日に証言者が「6月5日ではなく9日の記憶違い」と態度を急変させ、『グッディ』が急遽、訂正する事態になった。

 すると、これを受けて、ネトウヨたちは『グッディ』やその放送内容を紹介した本サイトに対して「デマだ」「フェイクニュースだ」と攻撃を展開。菅義偉官房長官も国会で「番組が全面的に訂正をした」と昭恵夫人の機密漏洩疑惑そのものを否定した。

 こうしたネトウヨの攻撃や官邸の疑惑否定がまったく根拠のないものであることや、証言者が「9日の記憶違い」と修正したことで話の辻褄がまったく合わなくなり逆に疑惑が深まったことは、昨日の記事で指摘したが、ここにきて、昭恵夫人のサミット機密漏洩について、もっと決定的な事実が飛び込んできた。

 伊勢志摩での開催を公式発表した当日どころか、その前日に開催地を知らされていた人物がいたのだ。

 その人物は、2015年6月5日の日付で、ブログにこう書き綴っている。

〈正月の3日、安倍昭恵さんとお会いしてからずっと祈って来た伊勢志摩サミット。
昨日の午後、安倍総理から正式決定の発表がありました。
 嬉しいです。(中略)
 発表の前日に昭恵さんから
「わたしは、首脳たちの夫人を伊勢神宮にお連れします。
会議や話し合いで変わらないものが、きっと感じることでわかること、あると思うの
男たちに変えられないもの、女性ならできることあるわ」
と、聞かされていたので
きっと伊勢に決まるのだな・・・と思いましたが、昭恵さん天晴れです!〉

 前述したようにサミットを伊勢志摩で行うことが正式発表されたのは6月5日であるため、このブログは実際には6日に書いた文章ではないかと思われるが、問題は昭恵夫人がこの人物に対し、〈発表の前日〉に「首脳たちの夫人を伊勢神宮にお連れします」と、明らかにサミット開催地が伊勢志摩に決まったことを示唆していることだ。

 この衝撃の内容をブログに書き綴っていたのは、赤塚高仁という人物。赤塚氏は今月『聖なる約束4 ヤマト人への福音 教育勅語という祈り』(発行/きれいねっと、発売/星雲社)という教育勅語礼賛本を出版しており、昭恵夫人が3月8日に籠池夫人へのメールで「来月私の親しい人が教育勅語の本を出します」と書いていた人物である。

 実際、赤塚氏のブログやFacebook、メルマガなどを見ると、昭恵夫人と親しい関係であったことがわかる。たとえば、赤塚氏が首相公邸に訪問したことが綴られていたり、赤塚氏と昭恵夫人が一緒に写った写真が数多くネット上にアップされており、また、今月15日に開催される首相主催の「桜を見る会」への招待状も赤塚氏は受け取っている。さらに2016年12月には、昭恵夫人と一緒に明治天皇陵を訪れ、教育勅語を朗唱したことをブログで報告。赤塚氏のブログや著書にはスピリチュアル系の文言が並んでいることからも、昭恵夫人と赤塚氏は"スピ友"の間柄であることが窺える。

 つまり昭恵夫人は籠池夫人のみならず、この親しい友人である赤塚氏にもサミット開催地という「国家機密」を漏洩させていたのだ。

 しかも、この赤塚氏のブログによると、昭恵夫人は安倍首相に対し、サミット開催地を伊勢志摩にすることを熱心に働きかけていたようなのだ。

 現に、赤塚氏のブログにはこう書かれている。

〈ところで、夕刊を見たら 2016年のサミットの開催地に三重が立候補したとの記事。
鈴木知事、よくぞ手をあげてくださいました。
正月に昭恵さんと食事した時、「伊勢でサミットできたらいいわねって、主人と話してるの。三重はまだ手をあげてないけど」ですって。
よほど知事に電話しようかと思ったくらいですが、静かにしていました。
ようやく立候補してくださいました。〉(2015年1月21日)
〈「来年ね、サミットがあるでしょ。伊勢でできたらいいわねって彼と言ってるのよ。でも、三重県が手を上げないのよ」とビックリすることを言われました。
三重に帰った私は、三重県がサミットの誘致に名乗りでることを毎日祈りました。〉(2015年2月27日)

 昭恵夫人が「サミットを伊勢でできたらいいわね」と語り合っている「主人」「彼」とは、ほかでもなく安倍首相のことだろう。実際、2015年8月1日に昭恵夫人が三重県いなべ市で行った講演会の模様を、中日新聞は以下のように伝えている。

〈(昭恵夫人は)サミットの同県志摩市での開催地決定について、「サミット、三重がいいんじゃない」と安倍首相にささやき続けたエピソードを明かした。
 昭恵さんは「伊勢神宮がある三重県でサミットができたら、どんなにすてきだろうと思っていた」と話し、首相の決断を「各国の首脳にお参りしてもらい、平和な国際社会をリードしていくという思いもあったのでは」と推し量った。
 女性の聴衆に「ご主人のおかしいと思うことは耳元でささやいて。その一言が心のどこかに残ると思う」と語りかけ、「サミットも、三重県がいいんじゃない、とささやき続けたのが効いたのかも」と笑いを誘った〉

 ようするに、昭恵夫人はもともとサミットを伊勢志摩で開催することを熱望して、安倍首相に進言していたのである。赤塚氏に開催決定を事前漏洩したのも、自分の希望どおりに開催地が決まったため、黙っていられなかったのだろう。そう考えると、籠池夫人に5日午前中に電話をかけていた疑いはますます高まるし、それどころか、他の知り合いにも事前漏洩していた可能性もある。

 しかも、このブログから読み取れるのは、機密漏洩だけではなく、サミットという国家の重要な外交行事を、首相夫人が私物化していたという事実だ。

 前述の通り、赤塚氏と昭恵夫人が会い、伊勢志摩でのサミット開催を祈ったのは2015年1月3日のことだが、安倍首相がサミット開催地に伊勢志摩と言い出したのも、2015年の1月のことだった。

 同年1月5日に安倍首相は閣僚らとともに伊勢神宮を参拝しているのだが、朝日新聞2015年6月6日付によれば、その際、安倍首相が「ここはお客さんを招待するのにとてもいい場所だ」と言い、これを聞いた首相周辺が、同行していた鈴木英敬三重県知事に「サミット候補地として立候補すればいい。いま直接、首相に伝えるべきだ」と進言したという。そして、鈴木知事が「今から手を挙げても間に合いますか」と訊くと、安倍首相は「いいよ」と即答したというのだ。

 国家機密の事前漏洩どころか、サミット自体も安倍夫妻が私物化していた──。そもそも、サミット開催地に最後に名乗りをあげた伊勢志摩の決定は、大逆転の決定だった。当時サミット開催地をめぐっては仙台、新潟、長野・軽井沢、浜松、名古屋、三重・伊勢志摩、神戸、広島の8カ所が立候補し激しい誘致合戦が繰り広げられ、メディアも各社がギリギリまでスクープを争っていた。当初は神戸、軽井沢が有力視されていたが、伊勢志摩の立候補あたりから混沌としてくる。当時本サイトでも、候補地争いについて記事にしているが、発表直前の6月1日の時点でまだ「広島か、伊勢志摩か」と絞りきれていなかったのである。

 しかも、昭恵夫人が熱望していた「伊勢神宮参拝」というのは本来、サミットとはまったくそぐわないどころか、物議をかもすことは必至だった。なぜなら、伊勢神宮は、戦前・戦中日本を支配し、祭政一致の国家主義、軍国主義に突き進ませた「国家神道」の象徴だからだ。実際、海外メディアからは伊勢神宮参拝について厳しい批判が出た。たとえば、英紙「エコノミスト」(電子版)はサミットでの伊勢神宮参拝が〈戦前日本の政治家が侵略帝国主義を推し進めるために偽装した神道に対し、G7が国際的信用のお墨付きを与えることになる〉と危惧していた。

 しかし、昭恵夫人は夫に「サミット、三重がいいんじゃない」とささやき続け、結局、サミット開催会場は伊勢志摩に逆転決定。昭恵夫人が熱望していた伊勢神宮参拝も実現し、当日、昭恵夫人は得意げに首脳夫人たちをエスコートしていた。

 もちろん、サミットの伊勢志摩開催は、安倍首相の改憲運動のパートナーである日本会議や神社本庁へのプレゼントの意味合いも大きかっただろうが、昭恵夫人の「ささやき」が大きな役割を果たしたことは、本人が自負している通り。首相夫妻による独裁国家化はすでに危険水域を超えていると言うべきだろう。
(編集部)