浅田真央さん、ご卒業おめでとうございます!

旅立ちの日、うれしい朝。寂しさを包み込むように祝福の花吹雪をまいて、この日を祝いたいと思います。浅田真央さん、現役引退。選手としてのフィギュアスケートを卒業し、真央さんが新しいステージへと旅立ちます。笑顔で、ハイタッチして送り出す。そして次のステージへ先回りして、笑顔で、ハイタッチで迎える。これはお別れなんかじゃないのです。

真央さんがまだ真央ちゃんだった頃。2005年のグランプリファイナルは今なお胸に残る衝撃の舞台でした。当時の世界女王にして来たるトリノ五輪での金最有力候補と言われたロシアのスルツカヤを大差で破り、15歳の真央ちゃんが金メダルを獲った。あの日のはちきれんばかりの笑顔。天使爛漫。あの出会いが日本のフィギュアスケートを変えました。

これまでも多くの名選手と世界チャンピオンを生んだ日本のフィギュアスケートでしたが、「主人公」を得たのはこれが初めてだったのではないかと思います。真央さんは日本のハートをつかまえ、時代の中心にいました。あの年からつづく10年は間違いなく「真央時代」でした。フィギュアスケートの青春でした。すべてが希望にあふれ、輝いていた。夢のような時間でした。


戦績を振り返ったとき、決して真央さんは連戦連勝・順風満帆な選手ではありません。むしろ意外なほどに多くの敗北と、失敗を重ねてきた選手です。勝利した試合でさえ、たとえば2008年の世界選手権の半回転アクセル転倒のような、大きな痛みを抱いていたりする。五輪には二度出て、二度泣きました。新聞が「悲運の女王」と書きたくなる気持ちはわからないでもありません。

しかし、今ここに至って「悲運」だとか「もう少し早く生まれていれば」とか「輝きを取り戻せなかった」なんて言葉が出てくるようなら、その目は物事をちゃんと見えていない節穴です。真央さんはいつだって「笑顔の女王」だった。真央さんが泣いている日でさえも、やっぱり真央さんは「笑顔の女王」だった。泣いている場面をたくさん見たはずなのに、僕には笑顔のイメージしかわいてこないのです。

だって、真央さんが笑うとき僕らはそれ以上に笑ったし、真央さんが涙したとき僕らは「そんなことはない」と精一杯の笑顔を作ったのだから。ひとりの涙の向こうに、たくさんの笑顔があった。浅田真央を見られる喜び、浅田真央を誇らしく思う気持ち、浅田真央の笑顔に引き出されてこぼれる笑みが、いつだってスタンドにたくさん並んでいた。

泣いて、泣いて、泣いたはずの日も、真央さんの向こうには、たくさんの笑顔があった。

だから、真央さんもすぐに笑ってくれた。

この笑顔を悲運でくくれるはずがないのです。




この引退の報を受けて、真夜中、これまでの演技をぼんやりと見返していました。クルクルとよくまわる「くるみ割り人形」、少女から女性へとつづく扉を叩いた「ラベンダー」、三度のトリプルアクセルを跳んで世界の誰も真似のできない銀に涙した「仮面舞踏会」と「鐘」、楽しさとかわいらしさをステップに詰め込んだ「アイ・ガット・リズム」、そして永遠に残るラフマニノフのピアノ協奏曲第二番「真央ちゃんのソチのフリー」……真央さんはどんどん美しくなっていきました。

試合の結果で言えば年ごとにまちまちですが、美しさは年を重ねるごとに増していきました。15歳の出会いの頃が、もしかしたら一番ラクに世界の頂点に立てる時期だったのだとしても、その頃を懐かしむような気持ちには僕はもうなれないのです。いつだって、今の真央さんが一番美しい。最高の真央さんは日々更新されている。

それはフィギュアスケートにとっても、とてもとても素晴らしいことだったと思うのです。15歳の浅田真央を大人の浅田真央が超えられないようなら、つまらないじゃないですか。人生と経験を積み重ねたぶんが美しさとなって積もっていくような競技でなかったら、長く愛せるものにはならないでしょう。真央さんは自らフィギュアスケートの素晴らしさを示してみせたのです。

羽が生えたようにふわりと跳ぶトリプルアクセルもいいけれど、凛とした決断の顔で踏み切るトリプルアクセルのほうが愛おしい。

高難度の要素を並べる演技も素晴らしいけれど、果敢なジャンプを終えたあとに始まるクライマックスのステップが、年を追うごとに愛すべき時間になっていく。

真央さんという同じ対象を見守ることで、フィギュアスケートの奥深い魅力に気づかされるような10年だったと、改めて思います。そこにずっと真央さんがいたから、愛さずにはいられない主人公がいたから、そうなった。「真央時代」を過ごしたことで、この競技と、それを取り巻く人たちみんなが前に進めたと思うのです。長い長いマーチングバンドを率いるような、真央さんの歩みに導かれて。

真央さんの歩みによって踏み固められた路は、真央さんにつづくすべてのスケーターの前に開かれています。この路はとても歩きやすく、広々として、にぎわっています。颯爽と歩けば人々の目に留まり、声を掛けられます。真央さんほど特別でなくても、一生懸命頑張っていれば素敵な場所まで行ける、未来につながっている路です。

やがて、後ろのほうから「真央時代」に憧れて育った子どもたちが追いついてくるでしょう。路はさらににぎやかになり、ますます未来へと伸びていくはずです。もしかしたら、その列には、子どもたちの手を引く真央さんが混ざっているかもしれない。「真央時代」をともに過ごした選手たちが、それぞれの仕事で盛り上げているかもしれない。それもまた楽しそうじゃないですか。

ひとつの終わりは、次が始まる合図。

真央さんの引退の言葉には「フィギュアスケート選手として終える決断」とあります。「選手としては終わり」と言っている口ぶりは、まだ終わっていないもの、これから始まるものを胸の奥に秘めているかのよう。ハーフハーフで悩んだ時間の、手をつけずにとっておいたハーフがこれから始まるのだとしたら、「待ちに待った」リスタートです。

思い切って、ドーンといってください。

トリプルアクセルを踏み切るときの気持ちで、思い切って。

どんなリスタートをすることだって、真央さんならできる。

「リスタート」は真央さんの得意技なんだと、立ち上がるときの強さこそが真央さんの真価なんだと、僕らはソチで見せつけられましたから。

新しいステージへ、笑顔で行ってらっしゃい!



できればそれがフィギュアスケートに関わることだと嬉しいです!