都久夫須麻神社から望む琵琶湖(「Wikipedia」より)

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 安倍晋三首相が観光立国を宣言するなど、今般、観光業は成長産業として注目されている。訪日外国人観光客の増加といった追い風もあるが、観光業に依存する背景は、衰退する地方の産業維持といった趣が強い。

 観光業と一口にいっても、それらに関連する産業は多く、観光が盛んになればなるほど経済へも大きな影響を及ぼす。地方が観光業に活路を見いだそうとするのは、発展を続ける東京に対して、地方経済は衰退の一途をたどっているからだ。地方都市が経済的に疲弊しているのは、なによりも人口減少という構造的な問題が一番大きい。ところが、出生率は依然として低空飛行を続けており、残念ながら劇的に改善する兆しは見えない。

 疲弊した地方経済を打破するためには、他所から人を呼び、消費をしてもらうしかない。今般、訪日外国人観光客の増加が話題になっているが、人口の少ない地方都市では受け入れ態勢が整えられていない。それでも、観光振興は欠かせない。

 観光振興に力を入れる自治体は増えてきているが、そうした自治体が頼りにしているのがNHK大河ドラマだ。大河ドラマは1年かけて放送されるため、観光PR効果は高く、経済への影響力も高い。今年放送されている『おんな城主 直虎』は、静岡県西部地方が舞台。中心都市の浜松市は、あの手この手の観光PRをおこなっている。

 そして、もうひとつ大河ドラマをフックにして、観光に力を入れようとしているのが滋賀県だ。滋賀県彦根市は、関ケ原合戦後に勲功をあげた井伊家が領地を与えられた地。歴代の井伊家当主は彦根藩主を務め、戦後も井伊家は彦根市長を歴任してきた。井伊家と滋賀県は、とても縁が深い土地なのだ。

 そうしたゆえんから滋賀県は、『直虎』にあやかって観光客誘致をしかけている。ところが、少々強引な点もあってか、滋賀県の大河に乗っかるPR戦略は奮っていない。滋賀県の観光関係者は言う。

「『直虎』の主人公・井伊直虎は確かに井伊家の人物ですが、井伊家が滋賀に移ってきたのは関ケ原以後です。そのとき、すでに直虎は存命していません。大河ドラマの影響力が大きいことは承知していますが、さすがに直虎ブームに乗っかって滋賀県をPRするのは無理がある」

●名所も食も揃っている滋賀

 滋賀県の観光コンテンツで誰もが真っ先に思い浮かべるのは、なんといっても琵琶湖だろう。実際、滋賀県観光関連団体では琵琶湖を全面的に押し出して観光客誘致を図っている。しかし、関西に馴染みがないと「琵琶湖=大きな湖」といったイメージぐらいしか湧かない。琵琶湖では、釣りや水上スキー、ホバーボードといったマリンスポーツが盛んにおこなわれており、夏季には海水浴場(湖のため、水泳場と呼ばれる)もあちこちにオープンする。

「琵琶湖のほかにも、滋賀県には彦根・長浜・近江八幡といった歴史ある街が点在しているし、焼き物の里・信楽も愛好者が頻繁に足を運ぶスポット。延暦寺で有名な比叡山、紫式部が源氏物語を起草した石山寺といった名所もあります。また、観光に欠かせない“食”に目を転じても、滋賀県は中世から農閑期には能登半島から出稼ぎに来る杜氏集団を束ねる“大津屋”が組織されていた歴史もあって、日本酒づくりが盛んな地で銘酒もたくさんある。神戸牛や松阪牛と並ぶ近江牛という最高ランクの牛もある。名所も食も揃っているのに、いまいち観光面でのPRが弱く、メジャーになり切れていないのです」(同)

 滋賀県の観光が霞んでしまう理由は、京都の存在が大きい。世界でも屈指の歴史的建造物が残る京都は、修学旅行の定番。一年を通して国内・海外から観光客も多く溢れ、在住者よりも観光客のほうが多いといわれるほどだ。そんな京都から滋賀県都・大津までは電車で10分。好立地と言えば聞こえはいいが、逆に言えば滋賀県は京都に食われている状態なのだ。

 しかし、「知名度は劣っても、数字的な面で負けていない」と滋賀県の観光関係者は力説する。

「関西地方では、なによりも京都の観光客数は圧倒的です。また、今日は大阪の観光客数も急増しています。京都・大阪の2強には勝てませんが、平成28年の観光庁の宿泊旅行統計調査によると滋賀県には年間467万人が宿泊しています。これは、南紀白浜といった温泉リゾートを抱える和歌山県の444万人、寺社仏閣の点在する古都・奈良県の244万人を上回る数字です。実は、滋賀県は“眠れる観光大国”なのです」(同)

●滋賀府民

 滋賀県の観光を盛り上げたいと考える観光関係者たちがいる一方で、冷ややかな声もある。前述したように、滋賀県は京都市からも近く、大阪市へも電車で1時間。こうした交通の便のよさから、近年は滋賀県に住みながら京都や大阪に通勤する“滋賀府民”が急増しているのだ。

 特に、東海道本線の沿線は滋賀府民がたくさん住んでいるといわれる。そうした滋賀府民の急増を如実に表しているのが草津市だ。草津市の玄関口となる草津駅前は発展著しく、さらに2007(平成19)年に新規開業した南草津駅前は開業当初から大規模開発が進められていた。そして、いまや南草津駅前にはタワーマンションが林立している。駅前に突如として現れた摩天楼のような光景は異様にも映るが、それらは滋賀県経済が好調であることの証でもある。

 観光振興という手探りの経済政策に傾斜するよりも、ベッドタウン化を推進して滋賀府民を取り込むことに専念したほうがいいと滋賀県職員は話す。

「滋賀県は京都のように観光客が押し掛けることはありませんし、大阪のように商業施設が集積して買い物客が溢れることもありません。それが、静かな住環境ということで住民から好評を得ています。また、自然が多く残っているので、小さな子供のいる20〜40代夫婦が多く引っ越してくるようになっています。だから、わざわざ観光客を増やさなくてもいいのではないかといった意見は根強くあります」

 滋賀県が観光振興を積極的に推進しない理由は、ほかにもある。滋賀県内にはパナソニックやSANYO、東レ、オムロン、旭化成、日本コカ・コーラ、積水化学工業といった名だたる大手企業の工場が多数ある。また、これらの関連企業の工場をはじめ研究機関なども集積している。そのため、県内の雇用は常に安定している。大学進学で京都や大阪に出ていった若者が、Uターンで戻ってくることも珍しくない。そのため、滋賀県は地方都市で顕著になっている少子高齢化や人口減少とも縁が遠い。

 そうした事情もあって、滋賀県は“外貨獲得”に消極的なのだ。優良な観光コンテンツを抱えながら、あまりPRをしない。そこには、好調な経済と人口増加を観光客によって阻害されたくないといった、相反した思惑も見え隠れする。

“眠れる観光大国”のジレンマは続く。
(文=小川裕夫/フリーランスライター)