かつて香港には、どの国の政府も干渉することができず、半ば無法地帯と化した巨大なスラム街「九龍城 (クーロン城)」が存在していました。映画やゲームの影響で「魔の巣窟」と受け止めらることがほとんどだった九龍城ですが、実際にはごく普通の人々が暮らすという、ありふれた日常が繰り返される生活の場でもありました。

A renegade photographer got inside this lawless Hong Kong community that was 119 times denser than New York City - Business Insider Nordic

http://nordic.businessinsider.com/kowloon-walled-city-photos-2017-4/

日本でも映画やゲームの題材として取り上げられたことで知名度の高い「九龍城」の本当の呼び名は「九龍城砦」(きゅうりゅうじょうさい/クーロンじょうさい)というもの。「城砦」という名が示すように、120×210メートルという狭いエリアに細長いビルが500棟ほども密集して砦(とりで)のようないでたちを誇っていました。

この場所は歴史的な経緯からイギリス・中国両政府の支配がおよばない地域となったため、建物の建築を規制する法律が一切適用されません。そのため、建築基準を満たさないビルが次々と乱立し、一時期は5万人にもなる住人が生活を送っていたスラム街でした。その人口密度は、現在のニューヨーク中心部の119倍にもおよんでいたとのこと。



1980年台後半、カナダ人フォトグラファーのグレッグ・ジラード氏はそんな九龍城に入り込み、実際の人々の様子をつぶさに観察して撮影していました。そして当時の様子を収めた貴重な写真の数々を集めた写真集「City of Darkness」を出版していました。



九龍城には高さ45メートルほどのビルが乱立しており、階下にはほとんど太陽の光が差し込みません。そのため、ビルの屋上には太陽光を求めて日光浴をする人の姿がよく見られたとのこと。「ビル」とは言うもののきちんとした建築計画に基づいて建てられたものはほとんどなく、その多くが「継ぎ足し」に近い形で増築が繰り返されていたそうです。



薄暗い階段を通って各個に郵便を配達する人の姿。昼間でも太陽の光は全く差し込まないため、ジラード氏によると「ずっと夜のような状態だった」とのこと。



そんな中でも、人々は日々の暮らしを送っていました。九龍城の中には生活に必要な商品を販売する雑貨店をはじめとする多くの店が営業を行っていました。



さまざまな食料品工場も営業を行っていました。この写真には、小麦粉を練って麺を作る製麺所の様子が収められています。1965年にこの工場を始めたHui Tuy Choyさんの工場は人々の食を支えていましたが、衛生面や防災、労働環境などに関する規制は一切存在していなかったとのこと。



香港ならではの魚肉を使った肉団子「フィッシュボール (魚蛋)」を作る工場も。このようにして作られた製品は域内の料理店のほか、香港市内にも出荷されていきました。



豚などを食肉に加工する工場も。ただし、ジラード氏によると「法が及ばない場所で衛生管理を機能させることは極めて難しいことだ」とのこと。



人が暮らすということは、当然皆の髪も伸びます。ということで理髪店も営業。



ほかの世界と同じようにありとあらゆる商売が存在していた九龍城ですが、最大の違いは「場所が限られている」ということ。そのため、昼間は学校だった場所が夜にはストリップ場や賭博場として使われることもあったようです。

こちらの女性、Wong Cheung Miさんは歯科医として生計を立てていたそうです。



ただし、九龍城で暮らす歯科医はきちんとした免許を持たない「モグリ」の医者と同じ扱いだったとのこと。海外の団体などからの援助などでハイレベルな医療機器は揃っていたそうですが、いざ本格的な治療を行って出血が止まらなくなったりすると九龍城以外の医者にかかる必要が生じ、そうなるとモグリの存在である九龍城の歯科医は業務に支障をきたしてしまいます。そのため、歯科医の多くは必要最小限の処置を施すようになっていたとのこと。



日本に限らず、九龍城のイメージは「魔の巣窟」といった見方が強調され、ある種の誤った印象が伝えられてきたとジラード氏は語っています。



在りし日の九龍城を象徴する、ビルの真上をかすめるように飛ぶジェット機の姿。当時運用されていた啓徳(カイタック)空港に着陸する航空機は、九龍城をかすめるように旋回して滑走路に着陸して行きました。



数少ないくつろぎの場が、ビルの屋上だったとのこと。子どもたちの遊び場でもあった屋上ですが、ビッシリと建てられたテレビのアンテナや、ビルの境目がわからないほど積み上げられたがれきなどのおかげで、必ずしも安全な場所とはいえなかったそうです。



夜になると、法の力が及ばない九龍城には、さまざまな「悪」が姿を現します。そのため、近所に住む香港市民は夜の九龍城に近寄ろうとはしなかったとのこと。



1980年代の九龍城はそれ以前に比べて治安が安定していたようですが、それでも周辺の住民は子どもに「九龍城には近寄らないこと」と教えていたそうです。



そんな九龍城でしたが、イギリスから中国への「香港返還」にあわせて1994年に全てのビルが取り壊されてしまいました。かつてスラム街が存在していた場所には公園が整備され、人々の憩いの場となっています。



ジラード氏と、同じフォトグラファーのイアン・ランボット氏による写真の数々は、ウェブサイト「City of Darkness | Revisited」でさらに多くを見て詳細な解説を読むことができます。

City of Darkness | Revisited

http://cityofdarkness.co.uk/

両氏による同名の写真集が出版されており、Amazonで購入することも可能です。

Amazon.co.jp: City of Darkness Revisited: Ian Lambot, Greg Girard: 洋書

なお、この作品は2004年に日本語版が出版されていたものでもあります。

九龍城探訪 魔窟で暮らす人々 - City of Darkness | 吉田 一郎, グレッグ・ジラード, イアン・ランボット, 尾原 美保 |本 | 通販 | Amazon



また、同じ作品をKindleで読める電子書籍版も用意されています。

九龍城探訪 | グレッグ・ジラード, イアン・ランボット, 尾原美保, 吉田一郎 | ノンフィクション | Kindleストア | Amazon