柏U-18の元僚友が見守るなか、青森山田の一員として先発した中村。不退転の決意で新シーズンに臨む。写真:川端暁彦

写真拡大 (全3枚)

 ニアですらされたCKに対し、抜け目なく詰めてのゴール。青森山田の中村駿太が、今季初得点を流し込んだ。

【PHOTO】 日本高校選抜vsU-18 Jリーグ選抜を彩った好タレントたち 

「駿太らしいゴールだね」
 
 記者の間では、そんな会話も交わされた。点取り屋としての変わらぬ個性を感じさせるプレーぶりだったが、そのユニホームは少々見慣れぬもの。中村にとって慣れ親しんだ柏レイソルのエンブレムではなく、青森山田高校のそれを付けて臨んだ最初の公式戦は、このゴールでスコアを2-0としたものの、そこから3点を失なっての逆転負けというホロ苦い形で幕を閉じた。
 
「点を取っても負けてしまったら意味がない。悔しい」
 
 苦い表情を浮かべながら、中村は試合を振り返る。
 
 3月22日に青森山田へやって来てから2週間と少し。電撃移籍だっただけにさまざまな声が耳に入ってきており、特別な覚悟をもって臨んだのが4月9日のプレミアリーグEAST第1節、浦和レッズユース戦だった。ようやくメンバーの顔と名前が一致するようになり、まだまだ戦術にもフィットし切れていない段階とはいえ、「勝ちたかった」のは当然だろう。
 
「僕が移籍したことでいろいろな思いを持つひとがいるだろうし、そういうひとたちを納得させるためにも、自分は結果を出していくしかない。そのことでしか納得させられないと思っている」
 
 柏から出て行くと決断したのは2月初旬だったというから、本当に時間のないなかでの判断と行動だった。決断に至る最大の理由はシンプルなものである。
 
「今年に入って(トップチームの)キャンプにも行けず、2種登録もさせてもらえず、『トップに上がれないのかな』と察するようなことが続いた。僕(の夢)はプロになって成功したいというのが一番。『このままでいいのか』と思い始めていた」
 
 小学生時代から在籍する柏への愛着と愛情は、簡単に揺らぐものではない。だが、現実としてトップチームの前線は強力な外国籍選手と補強選手によって固められるのが、常でもある。

 柏への愛着とは別に、自分には自分の人生があって夢があるのだ。親に相談を持ちかけると、すぐ移籍先探しへ「動き出してくれた」(中村)。その流れのなかで、神谷優太(東京ヴェルディユース→青森山田→湘南ベルマーレ)という先例がある青森山田が浮上し、電撃移籍へと至った。
 
 柏側にとっては、当然ながら驚きの申し出だった。幼少期から中村を知る柏U-18の芳賀敦コーチは「ビックリした」と率直に語りつつ、こう語った。
 
「もう8年も柏にいる選手だし、まるで熟年夫婦のように『言葉で伝えなくても分かってくれるだろう』とお互いに思ってしまい、すれ違いになっていた部分もあったと思う。柏にいたらプロになれない、高校に行くことで選択肢を広げたいと思わせてしまったのなら、僕らの側の問題でもある」
 
 柏にとっても苦渋の出来事だったが、「無理矢理に止める権利はないし、逆に特別扱いをすることもできない」(芳賀コーチ)のも当然。引き留めるために2種登録して背番号を与えてしまうなどあり得ないわけで、柏のスタッフは最終的に、「頑張ってこいよ」と中村の背中を押した。移籍手続きの段で中村の足を引っ張るようなこともなく、むしろ最速の対応で、プレミアリーグ開幕に間に合うように柏側も動いたのだ。
 
 そんな柏に対して「ここまで良い思いをたくさんさせてもらえたのも、柏にいたから。本当に感謝している」という中村の言葉は、これも本音だろう。熟年夫婦のたとえに従うなら、最後は円満離婚だった。
「行かせてください」の言葉を伝えた翌日から、柏の練習には出なかった。その間は公園で父親とふたりでトレーニングをしていたと言い、親の愛情とありがたみ、サッカーができる幸せを実感する機会にもなった。
 
 もっとも、「これくらいやっておけばいいかな」というトレーニングでは青森山田の練習強度には対応し切れなかったようで、「甘かった」と苦笑いを浮かべることにもなったのだが。
 
「僕が来たことで試合に出られなくなる選手もいる。納得してもらうためには、僕の日々の姿勢と結果を出すことのふたつが必要になる。シーズンの最後に『移籍して良かった』と胸を張って言えるように、また周りからも言ってもらえるようになりたい」
 
 初めて親元を離れて寮に入り、新しいクラスメートと日々を過ごす。「でも洗濯は好きなんですよ」と笑う新鮮な日々のなかで、なにを得て、なにを見付けるのか。
 
 中村駿太が青森までやって来た理由。それを証明するための戦いが始まった。
 
取材・文:川端暁彦(フリーライター)