今季からジュビロ磐田でプレーしているMF中村俊輔【写真:Getty Images】

写真拡大 (全2枚)

「俊さんのためにといつも以上に気合いが入ると思う」(太田吉彰)

 4月8日、明治安田生命J1リーグ第6節が行われ、ジュビロ磐田は横浜F・マリノスとのアウェイゲームに臨んだ。今季からサックスブルーのユニフォームに袖を通している中村俊輔にとっては、磐田移籍後初となる古巣対戦。結果として名波浩監督率いるチームは1-2で敗れたが、チームとしての成長を感じさせる一戦であった。(取材・文:青木務)

----------

「我々には“俊輔ダービー”が待っているので、また気持ちを入れ直してやりたい」

 静岡ダービーを制したジュビロ磐田の名波浩監督は、勝利の余韻に浸りながら横浜F・マリノス戦に視線を向けた。

 4月8日、明治安田J1リーグ第6節。磐田は横浜FMと対戦し、1-2で敗れている。端的に振り返れば、齋藤学が発揮した異次元のクオリティの前に屈した形だ。リーグ最強のアタッカーへの対応は繰り返し確認してきたが、違いを作られてしまった。

 一方で、かつてトリコロールをけん引した天才も、サックスブルーの10番として存在感を示している。

 計13シーズンに渡って在籍した古巣に別れを告げた中村俊輔が、新天地に磐田を選んだその瞬間から、今節のカードが大きな注目を集めるのは必至だった。このレフティーがトリコロールのレジェンドであることは、磐田のチームメイトももちろんわかっている。意識はせずとも、特別な一戦という雰囲気は高まっていった。

『俊さんのために』という想いも自然と上乗せされていた。

 中村俊輔の右サイドハーフ起用により左に回った太田吉彰は、言葉に力を込めた。

「俊さんも気合いは入っていると思う。でも経験ある選手なのでそういう感情を見せない。勝たなければいけないし、選手も俊さんのためにといつも以上に気合いが入ると思う」

「仲間のために戦うゲームが34試合分のいくつかあってもいいんじゃないか」(名波浩監督)

 最前線で身体を張り、フォアザチームを体現し続ける川又堅碁は、10番にとっての初の古巣戦を最高の形で締めてあげたいと考えていた。

「いろいろな感情が俊さんにはあると思うけど、いつも通りやると言うと思う。自分も1試合1試合全部大切にしているし、気持ちが入っていない試合はない。でも、その中でも古巣だったとかいうのもあるので、そういう時は勝ちで終わった方がカッコいい。取ってあげたいという思いは強い。全員がそう思っていると思うし、そういう空気作りをしていきたい」

 個々が思いを巡らせ、試合への集中を高めていた時だった。名波監督は、選手たちにこう語りかけたという。

「俺たちには計り知れない、目に見えないものがあって、俊輔はそれを背負ってやってきた。この一戦にかける思いは誰よりも強いであろう、その思いの丈でさえも俺らには計れないと思う。でも仲間として、仲間のために戦うゲームが34試合分のいくつかあってもいいんじゃないか」

 中村俊輔は、チームメイトの想いを意気に感じている。

「ミーティングで名波さんが『誰かのために、という試合があってもいいんじゃないか』と。そういうのはこのチームならではだし、ジュビロイズムだと思う」

 周囲のリスペクトや愛情を受け止めたレフティーは、その上で一人のプロサッカー選手として横浜FM戦に臨む意思を明かした。

「ジュビロの一員として、34試合の1試合に集中したい。他の選手たちにも集中してほしいなと」

中村俊輔の動きへの呼応。確実に見られる進歩

 試合前日の全体練習は、軽めの調整で終わった。

 降りしきる雨など気にせず、中村俊輔は居残り練習を始めた。控えGKにゴールを守ってもらい、FKやPKでキックの感覚を調整する。ミドルシュートは左足だけでなく右足でも狙い、相手を背負った状態からフィニッシュに持ち込む形も確認した。

 結局、横浜FM戦での自身のシュートは0本に終わっている。だが、精度の高いキックは同点ゴールを呼び込み、局面を変えるサイドチェンジは味方をチャンスへと導いた。右サイドハーフをスタートポジションとしながら、臨機応変に中央へ顔を出していく。ボールのあるところに寄っていくスタイルはこれまでと同じだが、中村俊輔のそうした動きに対する周囲の反応は、開幕直後に比べて確実に進歩している。

「リードされている中で、点を取りに行こうという姿勢を出して少しずつ前に行けた。今まででは一番アグレッシブにできたと思う」

 10番のこの言葉にチームの成長は感じられ、「勝てるチャンスあったから」と悔しさを浮かべる姿に、今後への期待を抱かせた。

理想と現実に上手く折り合いをつける新天地での日々

 自身の思い描くサッカーはもちろんあるだろう。一方で、今の磐田にとって何が必要かも把握済みだ。中村俊輔は、理想と現実に上手く折り合いをつけながら新天地での日々を送っている。以前、こんなことを話したことがある。

「理想を追いかけるのもいいと思うけど、足元を見つめてという戦い方をする時はする。僕の中ではまだ感触としては50%くらいで。もっとやれると思うし、もっと反省して次に活かすために個々がもっと努力しないといけないなと。ちょっとした判断ミス、ちょっとしたトラップミスを指摘し合えるのがジュビロの良さ。それをコツコツやることだと思う」

 名波監督がよく口にする言葉がある。

「ピッチの中の温度を大切にしてほしい」

 テクニカルエリアから指示を送り、チームを動かすのも指揮官の役目だ。しかし、実際にプレーするのは選手たちであり、自分たちの判断で戦う対応力が求められる。

 その点、中村俊輔は方向性を提示する羅針盤としての役割も担う。ここ数試合は持ち味である攻撃面で周囲を動かしているが、開幕当初はどちらかといえば守備に重点を置いていた。セレッソ大阪との開幕戦は、特にその色合いが濃かった。

「相手との力関係とか向こうの攻撃のスタイルがあって、自分のポジショニングや、やることも変わってくる。意識したのは相手のボランチのファーストディフェンダーに自分がなること。あそこでスイッチが入るので、なるべくサイドに散らさせることで向こうの攻撃が少しトーンダウンさせた。ボランチに選択肢を与えると、前の2人にいいパスが入ってフリックとか始まってしまうので。だから少し低い位置にいなきゃいけなかった」

「そうやって1年通してレベルが上がればいい」(中村俊輔)

 今シーズン初勝利を掴み、自身も直接FKを決めた大宮アルディージャ戦も、率先して汗をかくレフティーの姿があった。試合終盤、自陣深い位置で相手の攻撃を食い止めている。我を通して味方を引っ張るのではなく、チームの駒の一人として勝利のために最善のプレーを選択した。

 走行距離は毎試合チームトップクラスと目を見張る活動量である。中村俊輔は、プレーや姿勢で仲間を奮い立たせているのだ。

 理想だけで勝ち点を積み重ねられるなら、それに越したことはない。しかし、それができるのはリーグ優勝を狙うような強豪だけで、磐田はまだそのレベルには達していない。上には上がいる、という現実をこれからも突きつけられるだろう。

 だからといって、現状がネガティブかといえばそれは違う。

「各々反省してコミュニケーションを取って、そうやって1年通してレベルが上がればいい」

 日産スタジアムのミックスゾーンで、中村俊輔はこう話した。現実を直視し互いに高め合う作業を繰り返した先に、チームとしての成長が待っている。そんな感触を古巣戦でも少なからず得たはずだ。

 指揮官の言う「俊輔ダービー」は悔しい結果に終わった。勝ち点は掴めなかったものの、手ぶらで帰ったわけでもなかった。単なる34分の1ではないゲームを経て、サックスブルーは次なる戦いへ準備を進めている。

(取材・文:青木務)

text by 青木務