今春から大学生になる森亜梨沙さん。

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高校を学業不振や家庭の事情、進路変更など様々な理由で中途退学する人がいます。その数は現在5万人ほどになっていますが、高校中退者が置かれている状況はこの数十年、大きくは変わっていません。
東京大学の地震研究所の元准教授の都司嘉宣さんと、認定試験を経て、この4月から東京家政学院大学の学生となる森亜梨沙さんとの対談を3回にわけて紹介してきました。今回が、最終回となります。

■認定のことが広く社会に正しく知られていない

【都司嘉宣】森さんは大学の試験にも、見事に合格をされたのですね。

【森亜梨沙】去年の9月、東京家政学院大学のAO入試を受けて合格できたのです。家政学に興味があって、お料理も好きでしたから受験しました。

【都司】すごい!自分で人生を切り開き、しかも大学にまで行くことができるようにしたのですね。AO入試で大学側は、認定試験をパスしたというのを重く見たのだろう、と私は思います。これからは、楽しい学園生活が待っているでしょうね。

【森】食に関する仕事に興味があります。将来は食で人を幸せにする仕事をしたいと思っています。東京家政学院大学では、衣食住にわたり幅広く学ぶことができるので志望しました。

【都司】いいじゃないですか! おもしろい。卒業後は企業に勤めるだけでなく、大きな学校や工場などの給食や配膳に関わることもできますね。場合によっては、客船などのコックさんになることができるかもしれません。これから、たくさんのことを旺盛に学んでいく必要があるでしょうね。

【森】高校を辞める前の頃、学校に通うことは不安や怖さしかなかったのですが、この4月から入学する大学では希望や期待、わくわくした思いしかありません。中央高等学院に来てから、人生も私自身も大きく変わりました。

【都司】いいですね、いいですね。

【森】以前は、考え込むと不安が大きくなり、周りの人のことも気になっていました。今はもう、「自分は自分」と思っています。認定試験に合格し、大学入試にも合格できたことが、自信になっていると思います。

中央高等学院は、私にとって人生の希望をくれた一番の学校です。先生と生徒の距離がとても近く、いつも気さくに声をかけてくださいます。授業で分からないことがあってもすぐに教えてくれるので、ありがたかったです。私は先生方に本当に恵まれました。とても感謝しています。

【都司】それはよかった。認定試験に受かった人は、高校を卒業した生徒よりもある意味では、立派なのです。高校生は、そのほとんどが卒業はします。森さんのような場合、自分自身で動いて、道を切り開いたのですから、すごいことなのです。

森さんは今日の話でもわかるように、言葉が次々と滑らかに出てきますよね。高校を辞めてからアルバイトなどをして働き、たくさんの経験を積んで、その中で自分の考えを伝えることをしてきたからでしょう。それは、高校を普通に卒業した直後の生徒にはなかなかできないことなのです。学校で教えられることをしてきて、自分で考え、それを言葉で言い表す訓練を十分にはしていないからです。森さんは、その訓練を大学に入る前にしてきたのです。

【森】ありがとうございます。

【都司】大学入試では、例えば、世界史などで細かいことを隅々まで知っているか否かを測ることはできるのかもしれません。

しかし、日本語を使い、自らの考えや思いを正確に伝えることができるか。自分で人生を切り開き、自分の力で歩くことができるか否か……。今の多くの大学入試では、そこまでを測ることはまずできないだろうと思います。実は、社会人になると、このような力がすべてのベースになるのです。

毎年、大学受験のシーズンに、週刊誌などが「高校別、大学の合格者数」などの記事を掲載します。私は、あれにいつも腹を立てているのです。認定試験に受かり、大学入試に合格した人もたくさんいるのに、載っていない。そのことをきちんと伝えるべきなのです。

高校を辞めてどうしていいのか、わからなくなっている人やその家族に、こういう道があるのだと知らせることができるのです。私が調べると、高校中退者で認定試験を受けるのは、5人にひとりくらいの割合です。そして、その半分ほどしか合格していない。

つまり、高校を辞めざるを得なくなった人の中で、10人にひとりぐらいしか、認定に合格していない。この大きな理由の1つは、認定のことが広く社会に正しく知られていないことなのです。

■「恋するフォーチュンクッキー」と「まぶだち」

【森】東大では、どのようなことを学ぶことができるのですか?

【都司】東大にしかない学科があるのです。私の研究分野の身近なところで言えば、例えば、地球物理の地震学、気象学などです。そこで教えている先生方は、日本を背負っているような意識でおられますね。強い使命感をお持ちです。ご自身の研究だけでなく、学生に教えるときも、本当に正直なのです。

【森】そうなのですか。

【都司】そのような先生は、全員の学生の底上げをしようとするのです。クラスで最もデキの悪い学生に合わせて教えていく。私が少し聞いたところによると、京都大学はその逆なのかもしれませんね。

京大のある先生に聞くと、そのクラスには毎年20年ほど入ってきます。5年待って、100人ほどになると、ひとりぐらいの割合で「天才」がいるようなのです。先生は、「その学生には真剣に教える」とおっしゃっていました。「残りの99人はほうっておく……」と。ご本人が話されていた限りですが。

それでも、99人はきちんと卒業はするようです。東大では、そのようなことはまずないでしょうね。私の教え子で、親からもらった半年分の授業料を、競馬をして1日で使い込んでしまった学生がいました。彼が相談に来ましたが、私はほうっておきませんでしたよ。こういう学生の相談に真剣に応じるのも、東大の先生の仕事ですから。

【森】それはちょっと困りますね(笑)。

【都司】まぁ、困りますね。私の教え子には、マージャン、パチンコ、ギャンブルに強いのが多かったのです。カラオケも、一緒によくしました。森さんは、カラオケはしますか?

【森】はい、行きます。好きなのが、back number、西野カナちゃん、EXILEです。

【都司】いいですね! 私は、AKB48の「恋するフォーチュンクッキー」と、氣志團の「まぶだち」かな……。

【森】そうなのですか(笑)。教え子の方も、よく歌われていたのですか?

【都司】ええ、熱心でした。止むを得ず、私が彼らに付き合うほうでした。夜9時頃に、「先生、行きましょうか」と声をかけてくるから、朝5時頃まで歌っていました。これも、東大の先生の大切な仕事なのです。東大は、すべての学生の力を真剣に底上げしますから……(笑)。

【森】楽しそうですね。

【都司】こんな私も、実は劣等感を持っているのです。おそらく、高校を辞めた人も程度の違いはあれ、持っているのかもしれませんね。だけど、そのコンプレックスを克服しようとしてはいけない。劣等感を武器にするのです。私で言えば、英語は今なお、苦手です。それならば誰もやってない、韓国語とロシア語で勝負だ、と意地を張ってがんばりました。おかげで、韓国とロシアで「私一人の冒険」が何度もできましたよ。

「自分はこんな劣等感がある。だけど、ほかにこんな強さがある」と誇れるものを身につければいい。天真爛漫に育った人なんて、魅力はありません。嫌な思いを背負っているから、人間としての深みがあるのです。人に言うに言えないような、どうもがいても抜け出せない、地獄のようなところを1回、2回経験し、なんとか這い上がった人はすばらしい魅力を持っています。

高校を辞めて、今は苦しい人がいるかもしれませんが、その劣等感を心に秘めていて、それをバネにするのがいい。

【森】私も劣等感を持っていたから、中央高等学院でがんばることができたのだと思います。自分が動かないと何も変わらない、とかつての自分に言ってあげたい。高校を辞めて困り果てたとき、「これから先、どうなるのだろう」と思うのではなく、「こうしていきたい」と考え、動くことが大切なのだと思います。どんどんとトライするべきだし、私もそうあり続けたいです。

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都司嘉宣(つじ・よしのぶ)
1947年、奈良県生まれ。灘中から麻布中へ転校後、麻布高校を卒業。現役で、東京大学(理科一類)合格。工学部土木工学科卒。東京大学大学院理学系研究科修士課程(地球物理学専攻)修了。1982年、35歳で博士号(東京大学)。1984年、37歳で東大地震研究所の助教授に。NHKなどの番組で地震や津波などの災害のわかりやすい解説をすることで、知られる。2012年3月に64歳で定年退官。現在は、深田地質研究所(文京区)の客員研究員などを務める。東北大学の研究者らとともに調査をし、論文を精力的に書く。

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(ジャーナリスト 吉田典史=取材・構成)