この日の献立は、ポークカレーライス、海藻と野菜のサラダ、メロン、牛乳。カレー粉と小麦粉を使ってルウも手づくりしている。

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遠い昔、あなたもきっと心待ちにしていたはず、月に一度のカレーライスの日を! とろりとしたあの茶色いカレーをイマドキの小学生も味わっているのだろうか? 東京都中央区立城東小学校の給食タイムに潜入した!

給食の時間がやってきた。廊下を響きわたるガラガラという音。給食をのせたワゴンが小学校の長い廊下をやってくる。白衣の調理師がワゴンを押し徐々に近づく。あたりは天井までカレーのにおいが満ちる。

ただでさえ待ち焦がれた給食の時間。カレーの日の心境はまさに欣喜雀躍(きんきじゃくやく)だったと記憶しているが……男子が何人か、本当に廊下で飛び跳ねていた。

――なんで跳んでるの?

「特に理由ないです!」

――思わず跳んじゃうのは、やっぱりカレーがうれしいから?

「カレーでなくても跳んでます」

傍らで下級生に手洗いの指導をしていた女子が答えてくれた。……これぞ男子! そんな喧噪のなか、ワゴンが到着。このにおい、たまらない!

カレー大国日本にあって、人生のある時期にしか食べられないカレーがある。それが給食のカレーだ。あれは本当に楽しみだったなあ。

そんな給食カレーを求めて、中央区立城東(じょうとう)小学校にやってきた。場所は東京駅八重洲口から歩いて5分という大都会。建物は昭和4年に竣工した、関東大震災後のいわゆる復興小学校である。戦火も逃れた文化財のような校舎では、現在105名が学んでいる。

しかし、この学校は、給食カレーも給食のスタイルも、文化財どころか、まったく先駆的なのである。そもそも給食を教室では食べないのだ。ランチルームという給食専用の部屋がある。

「縦割り班に分かれて食べるんです」

場所が場所だけに校長は江戸っ子だろうと勝手な想像をしていたが、吉田友信・第16代校長は大阪出身であった。それにしても「縦割り班」とはなんであろうか。

「6人がけのテーブルに、基本的に各学年1人ずつ座ります。面倒見のいい上級生を筆頭に、やんちゃな子、大人しい子、元気のいい子といろんな個性が集まるようにしています。給食当番も掃除当番も、この班で担当します」

ランチルームを見わたすと、たしかに凸凹に頭が並んでいる。

「兄弟姉妹ができたような感じ」(吉田校長)になり、つきあいが長々続くこともあるそうだ。このスタイルは昭和の頃からの伝統だというが、少子化、一人っ子世帯の多い現代にふさわしい。

実際に、一卓に座り、カレーをいただくことになった。5年生を筆頭に計5名の現役小学生たちに囲まれた。

――みんな、カレーはすき?

「そうですね」5年生女子。
「すきです」3年生男子。
「すきぃ」1年生男子。
「うん」2年生男子。
「はぁぃ」4年生女子。

たしかにいろんな個性が集まっている。個性といえば、給食の量もそれぞれなのが、今の給食だ。

「少なめにしてください」

女子児童が、給食当番の男の子に言っていた。かつての給食は、一律に配られた分量を残さず食べるのが絶対であり、食べきれず泣いている子もいた。今はそんなことはない。各自に合った量をちゃんと食べきればいい。しかし、カレーでも少なめを希望する子がいることに驚いた。

吉田校長によると「じゃがいものどろっとしたのが嫌な子とか」何名かはカレー嫌いがいるそうだ。そうはいっても大多数には好物であり、「人気メニューだし、1カ月に1度は出ますかね」という。羨ましい。私の頃は、米飯給食が定着しつつある時代で、“ソフト麺とカレーシチュー”はあっても、カレーライスの日はそうそうなかった。

配膳が終わり、マイクを持った児童が挨拶をはじめた。これも給食委員の児童が持ち回りで担当する。今日の当番は人前で話すのが苦手らしく、緊張して蚊の鳴くような声である。私の卓の5年生女子が小さな声で「ガンバレ」と応援している。私の拳にも力が入る。

「……ぃただきま……」
「いただきます!」

私にとって32年ぶりの給食カレーが目の前にある。

黄色の強い茶褐色のルウに、赤いにんじんと黄色いじゃがいもが浮かぶ。粘度はあるが、昔のように容器を逆さにしても落ちてこないようなカレーではない。一つのスパイスが突出することなく、誰の鼻にも「カレーのにおい」と認識されるバランスのいい香りが漂う。スプーンですくい、舌にのせた。

――こりゃあ、おいしいねぇ!!

「ああ、そうですね」

小学生の彼らには日常なのだから素っ気ない返答も当然である。しかし、明らかに昭和の小学生たちが食べていた給食カレーとは趣が異なる。

まずご飯がおいしい。あの頃、給食センターで炊かれて運ばれてきたご飯は、不思議なにおいがしたものである。それが今や、炊きたてかつ、ちょっと麦の入った粘り気も少なめのカレー用のご飯。なんて洒落ているのだ! そこに、とろっとしたカレーがまざりあう。口当たりはマイルドで、辛いものに慣れた身には、物足りなくもある。しかし、これが妙にクセになりそうな味なのである。「素晴らしくフツーのカレー」の味なのだ。懐かしいが、丁寧につくられていることは火を見るより明らか。野菜の甘味も、具材の絶妙な歯ごたえも、ターメリックがふわりと鼻孔に残る感じも、昔の給食のカレーとは全く違う、現代のフツー。子供たちの平均的「おいしい」を集めてふるいにかけたような、そんな味なのだ。

しかし、口にスプーンを運ぶうちに、あのぼたぼたした昭和の給食カレーには二度と会えないと、妙な切なさにおそわれた。

とりあえず、子どもらに話しかけた。

――30年ぶりの給食のカレーなんだ。

「ええ!? カレーおいしい?」

30年ぶりにカレーを食べたと勘違いして驚愕する3年生男子。隣で1年生の男子が「おぃちい〜」とおどけ、4年生女子は、あきれ顔。しっかり5年生女子は、私に「メロンも召し上がってください」とうながす。いつか見た光景が目の前にあった。

5年生女子に会釈して私はまたカレーを一口食べた。不思議だ。「みんなで食べるカレー」の味がした。昔のカレーの味だった。

すると、私の感傷を吹きとばすかのように隣の2年生男子がつぶやいた。

「ぼく、カレーよりサラダが好き」

ギョッとしたが、彼がおかわりしたのはサラダではなくカレーだった。

やっぱり給食のカレーは最高だ。

(文・加藤ジャンプ 撮影・阪本勇)