(左)須藤靖貴氏(右)プレジデント編集部N氏

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人を「笑わせる」技術は、人の話を「聞く」技術より難度が高いのは周知の事実である。その習得に意欲を燃やす、口下手の中年オヤジたち。彼らは果たして、たった1日で「漫才師」になり切ることができるのか!?

■50代の両名で急遽コンビを結成!

漫才をやりませんか、というのだった。

「観にいきませんか」ではなく、漫才をやろうって誘いなのである。

もちろん私はその筋の関係者ではなく、オチ研出身でも演劇経験者でもない。人生51年余、もちろん漫才未経験。それどころか上がり性でカツゼツ悪く、人前で喋るのは大の苦手。そんな私が漫才とは……。

以前にも似た誘いを受けた。「相撲、取りませんか」。確かに私は太ってはいるが、相撲部でもないしまわしも持っていない。即座に断った。

しかし、今回は二つ返事で「やりましょう!」と快諾したのである。

まず、楽しそうだ。この年になると未経験の取材も少なくなるから、新しいチャレンジというのも面白い。相撲は体力的にも厳しいが、漫才ならなんとかなりそうだし。「オマエ、漫才やったことある? オレはある」と友人に自慢できるのも欣快だ。

そして、「雑談力」強化に相当に役立つらしいからだ。漫才で人を笑わせる技術が磨ける。仕事柄、人と話すことは多い。現場が笑いに満ちていれば、取材は大成功だろう。

指導のプロが1日研修で指南してくれるという。相方は編集部N氏。

一度雑談したことがあるくらいの間柄。フレッシュなコンビである。

「で? 漫才の台本は? 初心者向けのサンプルでもあるんですか」
「いえ。我々で作るんです」
「え?」
「で、練習して、本番に臨みます」
「本番? 1日で?」
「完成するまで終わりません。面白くないと叱られます」
「叱られるって……」
「形になったらビデオに撮って、それをプレジデント・オンラインで動画配信する可能性もあります」

動画配信……。即座に断るべきだったかと後悔したが、もう遅い。

かくして、私は人生初の漫才に向けて研修を受ける身となった。

■プロが一日指導! 初めての「漫才」

2016年2月某日、午前10時のプレジデント社会議室。講師は構成作家の杉本雅彦氏と、企業研修を企画する(株)スロウカーブの上條誠代表。お二人とも常に笑みが絶えぬ感じで、両肩からハッピーオーラを出している。

「笑い」を体得することは、コミュニケーションの力を上げるのにうってつけである。そのために、本来なら企業向けに1泊2日で行う研修メニューを、1日で消化できるように組んでいただいた。

その流れはざっとこんな塩梅だ。

(1)コンビ名決め
(2)座学(なぜ人は笑うのか、など)
(3)模範漫才のコピー、披露
(4)座学(オリジナル漫才のネタ作り)
(5)練習
(6)実演(VTR撮り)

真っ白なシロウトが、果たして1日でここまでたどり着けるのか……。

まずは「コンビ名決め」。

コンビの関係性や雰囲気を顕し、「こういう理由だから」と説明できる命名がいい。コンビ名がネタ作りにも関連してくるというから、とても大事なのである。

で、さらりとした協議の結果、「ザ・デマンド&サプライ」とした。

需要と供給。経済情報誌掲載のコンビに相応しい。「デマ・サプ」と略せるところもいい。編集者の需要にライターが応えるという意味では私がサプライか。D(デブ)が私で、S(シャープ)がN氏、という外見上の含みもありそうだが。つまり、どっちがどっちでもいいのである。

■「オチ」にばかり気持ちを向けない

続いて座学。

そもそも人はなぜ笑うのか。

「予想を裏切られるから」である。予想=フリ、裏切り=オチという。フリは、いわば「常識」である。観客に常識を想起させておいて、それをすぱっと裏切るのだ。

たとえばコンビニを舞台にした漫才。ボケ役が引き戸を引いて入店すると、「障子か!」とツッコミ。フリはガラス張りの自動ドアだから、フリが裏切られて軽い笑いが起こる。これが笑いの基本原理だ。

なるほど。笑いを取ろうとすると、オチにばかり気持ちが向くところだ。大事なのはフリ。つまり、誰もが常識として知っていることを、まず話の最初に持ってこなくてはいけない。

「たとえば、同じコンビニネタでも、『火星のコンビニ』では難しくなる。どんな形態なのかが誰にも想像できませんから」(杉本氏)

フリは複雑にしない。常識であれば、やる側にとっても難しくない。大きく納得した。

■「テーマ選び」と「話の構成」が大切

日常の会話で人を笑わせる場合、このフリとオチを一人でこなすわけで、基本的な構造は同じだ。

「オチに持っていくには、笑わせるためのテーマ選びと、その前に何をどうフっておくか、という話の構成が大切なんです。雑談のうまい人は、話す前にそこをあらかじめ頭の中でつくり上げていますし、途中から話が迷走しても、『あれ、オレ何話してるんだっけ?』『何か問題でも?』などと、その迷走じたいを落とす一言も用意しています」(同)

深遠な世界だ。ぐいぐいと座学は進み、我々は頷かされるばかり……っと、座っているだけでは漫才はできない。次は模範漫才のコピーだ。

プロが演じる模範動画をプロジェクターで観て、台本を片手に真似る。テーマは「ハンバーガー・ショップ」。月並みなチェーン店と一味違うショップとは? がテーマだ。

ここでボケとツッコミを決める。どう考えても私がボケタイプなのだが、模範を下敷きに両方やってみて、やはり私がボケ、N氏がツッコミに決まった。ちなみにN氏は大学の剣道部員だった猛者。踏み込みの鋭さがツッコミ向きである(私は元アメフト部員だがボケ適性には関係ない)。

同じく左右の立ち位置も決める。観客から見て、私が左だと具合がいいようだ。台本には座学で教わった「フリとオチ理論」が巧みに散っているから、流れがつかみやすい。オススメのビックリバーガーって……天ぷらうどんのことかよ! テリヤキバーガーのセットでもれなくついてくるのが……布団圧縮袋だと!? オチがぶっ飛んでいるが、基本に適っているのが実によくわかる。

台本片手に模範を演(や)っていると、「じゃあ今度は台本なしで」とくる杉本氏。まだほとんど覚えていないから「えっ?」と腰が引けるわけだが、「一字一句、台本を暗記しようと思うから覚えられない。ざっと流れを把握するくらいで」という。

そう、「とにかくやってみる」。このアドバイスが素晴らしい。

模範漫才の実演では、プレゼンテーションの仕方を注意された。相方のほうばかり向いていてはダメで、常に客席を意識する。ときに顔を前に向けたり、身振り手振りを交えたり。いざやってみると、プロの漫才ではそのあたりの呼吸が完璧だとよくわかる。残念ながら、わがデマ・サプはそのあたりがなっていない。需給のバランスが悪いのである。

しかし杉本・上條両氏は褒め上手だ。いいところを笑顔で讃えてくれる。こちらも調子に乗り、アドリブ(天ぷらには茶メシも付いてますよ、など)をかます余裕も出てきた。褒め上手、乗せ上手である。

■「事実」をだらだら並べる話し下手

さあ、いよいよオリジナル漫才作りだ。ざっと3分くらい。一大事業だと案じていた朝方とうって変わって「何とかなるやろ」と、なぜか関西弁で思えてくるから不思議である。

ここで、漫才の基本構成のおさらい。5つのブロックを押さえることだ。

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<漫才の基本構成>

(1)自己紹介
▼笑いに活かせるキャラクター、コンビの関係性を早めに紹介
早めに「ツカミ」のひと笑いを入れておくのも有効

(2)ネタのテーマ・フリ
▼「どんなテーマについて、何を話したいのか」を伝える
テーマが不明確→予想しにくい→笑いづらい

(3)テーマを受けて話を進行する
(2)を受けて話を進める。理解しやすくスムーズな流れで

(4)ネタのヤマ場〜爆発!
▼お笑いのネタは「右肩上がり」が基本 〜後半に向け笑いを増やす
・強いボケ
・テンポアップ
・テンションを上げる
・動きや表情を激しく etc.

(5)オチ
▼「オチ=結論を出す」だけでは足りない。「結論を出して(まとめて)、さらに裏切る」
・話のテーマ「そもそも」をひっくり返す
・最後のブロックをまとめる
・ネタの途中で出た笑いをフリに使い、オチをつくるorネタの本編の中にオチに使えるフリを入れてお

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やはり漫才はテーマ(ネタ)が最重要。フリを明示する。

まず、「この話をしますよ」と明確に客に伝える。客を大船に乗せる配慮、思いやりである。これは「話し方」にも通底する。おしゃべりの下手な人は事実をだらだら並べるばかりでテーマがない。つまりは聞き手への思いやりがないってことだ。

もちろんコンビがお互い話しやすいテーマで、それが漫才タイトルになるのがベター。模範の「ハンバーガー・ショップ」もそうだった。

客にとって興味があり、共感を得やすいテーマ(つまりフリ)。わがデマ・サプは「言葉」をテーマに据えた。商売柄関わりが深いし、何せ全人類共通だ。ゼロ金利だのアベノミクスだのと限定されたテーマより括りが大きい(と、自画自賛)。

「テーマが決まり、いいネタの流れが浮かんでも、すぐに台本を書かないこと。思いついたことをどんどん書き出していきましょう」(杉本氏)

すぐに台本に着手すると、一度書き記したことにしがみつきがちだ。もっともっと面白いネタがあるかも――と思考を止めないことが大切だ。

「限界までアイデアを出し合って、結局それらが面白くないなら、そのテーマは捨てます。しがみつかないことです」(同)

笑いの肝は潔さにあり。デマ・サプは頭を絞った。「流行語」「政治家の問題発言」「言葉の意味が本来と真逆(“ヤバイ”が肯定の意味で使われるetc.)」と、思いつくままに書き出していく。会話も弾んでくる。

「そういえば、プレジデント誌の特集タイトル、読者の眼と気を引くものを付けるのは大変でしょう」といえば、「本や雑誌のタイトルに着目したら」と新たな発想が芽生える。

そして小1時間。テーマは「売れる本のタイトル」に決まった。

ベストセラー本が出ると、すぐに似たようなタイトルが本屋の棚を埋める。たとえば、少し前に売れた『○○力』『〜する力』。あるいは『なぜ〜は〜なのか』。昨今では『日本人の9割は〜』ってやつ。あったあったありました。何が何だかわからないくらいに類書が出てましたっけ。ちなみに『激怒力』という新書を企画してボツにされて怒っていたライター仲間もいた。

「売れる本のタイトル」。デマ・サプにぴったりのテーマだ。役割も自然と決まってくる。新作を持ち込む作家が私で、「売れるタイトル、何かないかなあ」と編集者に相談する。「ああ、あのパターンの本か」と、誰もが聞いたことのあるものだからフリはOK。あとはオチの切れ味だ。

■手を動かすと舌も滑らかに

いくつかオチを考え、さらに前のめりになって台本を書いていると、「そのくらいで、ちょっと実演してみましょう」と杉本氏。

まだ完成には程遠い。「えっ?」と思わず背筋を伸ばした。締めくくりのオチすらまだ決まっていない。

「見切り発車くらいでいいんですよ。演っているうちに、新たな発想や改善点が見えてきますから」(同)

シャベリに自信がないから台本だけは完璧に、とシロウトはつい考えてしまうのだが、杉本氏の言葉をきいて溜飲が下がる思いがした。

というのも、かつて編集者にえらく細かいプロット(あらすじ)を要求されたことがあった。完璧じゃないと書き出せない。結局、「だったらオマエが書けよ!」と決裂した。

ったく、建築物じゃあるまいし。物語も漫才も、台本の作りは見切り発車でいいのだ。あの編集者は、漫才研修を受けるべきだ。江戸の仇を長崎で討った気分である。

何度か実演して、2人でまた机に向かって台本を書き換える。これを繰り返すと、どんどん出来がよくなってゆく(自画自賛)。最後のオチは机上ではなく、立ち練習の最中に思い浮かんだものだ。

そんな塩梅で、漫才「売れる本のタイトル」の台本が出来上がった。

私は相方と握手をした。原稿でも何でも、無から有が生まれる感慨は格別だ。杉本さん、上條さんありがとう。時計は夕方5時過ぎ、いい時間だ。しゃべりすぎて喉が渇いた。どこかでビールでも、と浮かれていたら、大事なことを忘れていた。

VTR撮り――これが残っていた。

通しで練習をする。互いの呼吸や客への身振り手振りなどに留意する。両手の動きで驚きや納得を表現する。

手を動かすと、舌も滑らかになる。数時間前、ほぼ前川清状態(直立不動)だった私とはまるで別人である。

何度か演るうちに、アドリブも飛び出す。余裕である。

さあ本番。カメラは回るがもはや硬さとは無縁だ。相方はよくツッコミ、私も精一杯ボケた。

そして、最後のオチ。

「だいじょうぶ。本のタイトルは〜」

……痛恨のミス。「本の」ではなく「本は」だった。助詞を間違え、あとはシドロモドロ。最後の最後でパニックに。やり直しである。が、杉本氏、上條氏は笑顔で褒めてくれる。N氏も余裕の表情。ラスト以外はおおむねうまくいっているのだ。

「そうだ。せっかくここまでできたんだし」――N氏がそうつぶやき、フットワーク軽く会議室を出た。待つことしばし、編集部員を5名引き連れてきた。さすがはツッコミ。鋭くプレッシャーをかけてくる。

しかし肝も据わった。助詞さえ間違わなければ、こっちのもんである。

さあ、BGMとともに、デマ・サプが手を叩きながら登場する。

「原稿早く見せてよ」「まだ一行も書いてません」「ええーッ!?」「だいじょうぶ。本はタイトルが9割ですから」「……正しーい!」――拍手! デマ・サプは「売れる本のタイトル」を演り切った。

「よかったです。先に客席があったまってたら、もっと爆発してましたよ」と、上條氏からあたたかいお言葉が。得難い経験をさせてもらった。

日々の雑談や宴会トークに活かすヒントが、ここには多数詰まっている。テーマを明確にすること。フリはその集団に共通のものを。オチをいくつか考えたら、あとは難しく考えずに見切り発車。会話は呼吸。人の話をよく聞く。話すときも聞くときも、身振り手振りを忘れずに。

思わぬ副産物もあった。様々なメカニズムを知ることができたおかげで、漫才を観る楽しみがさらに増えそうである。おっと、テレビ桟敷で「フリとオチの関係が云々」などと訳知り顔で話すと、嫌われてしまいそうだ。「知ったかぶりはNG」も雑談力の基本である。

※株式会社スロウカーブ 漫才研修(http://www.slowcurve.co.jp/manzai_kenshuu/)

(須藤靖貴=文 石橋素幸=撮影 講師:構成作家 杉本雅彦、(株)スロウカーブ代表 上條誠)