昨年、韓国社会を震撼させた大事件はそろそろ最終段階にきている。朴槿恵氏は現在大統領職を罷免され、被告人として収監されている。

 そして、韓国の政界は新たな大統領選びに入った。次の大統領選挙はこれまでのように「冬の選挙」ではなく、韓国の街々をバラが彩る5月に行われることから俗称「バラの大選」と呼ばれている。

 バラの大統領選挙に誰が選ばれるのか、まだ予断を許さない。なぜなら、韓国の大統領選挙はいつも土壇場で意外なハプニングが起こり、それまで鉄板と思われた候補がたびたび足元をすくわれてきたからだ。

 今回も現在のレースでは共に民主党の文在寅(ムン・ジェイン)候補が有望株だが、彼には息子のスキャンダルがくすぶり続けており、それが最終的に彼の足元をすくうかもしれない。

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大統領弾劾劇で漁夫の利を得た人たち

 さて、朴槿恵前大統領の演説文を崔順実(チェ・スンシル)被告が最終チェックしていたということで、国民は怒り心頭に発していたが、その傍らで思わぬ漁夫の利を得た人たちがいる。

 「大統領の話し方」と「大統領の書き方」という本の著者たちだ。

 特に、2014年に出版された「大統領の書き方」は、2016年の11月第1週にKYOBO文庫(韓国のブック最大手)ランキングで総合5位、YES24.com(本のネット販売大手)ランキング1位となった。

 朴前大統領の演説文が外部に流出していたという報道が出てから76.6倍の売り上げがあったという(前年同期比は25.5倍)。今はKYOBOでは総合11位に落ち込んだものの、昨年末には総合第1位になったというからすごい。

 著者の話では、2014年に出版された当時も結構売れてたのだが、2014年から2015、2016年まで3年間で売れた部数より、大統領の演説文を崔順実被告が直したという報道が出てから3か月間で売れた部数の方が多かったという。3年分を3か月で売ったわけだ。

 この本の著者、姜元国(カン・ウォンクク)氏のプロフィールを見ると、大宇グループの会長をはじめ、韓国のそうそうたる財閥の会長のスピーチライターを担当してきた。

 もともと大宇グループに所属していたが、韓国のIMF(国際通貨基金)危機で倒産を余儀なくされ仕事がなくなった彼は、知人のツテで金大中(キム・デジュン)大統領の演説文担当補佐官になる。

 途中参加だったため、大統領の任期終了とともに3年後に辞めることになると思いきや、廬武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領に抜擢され、そのまま演説文担当補佐官として青瓦台に残ることになった。

 韓国のリーダーたちから絶大な人気を誇ってきたスピーチライターがなぜこの本を出版したのか。著者に会う機会があったので聞いてみた。

 「実は廬武鉉大統領が在任中に私に本を書きなさいと勧めてくれたのです」

 「青瓦台にいながら経験したことを本にまとめて他の人たちと共有すればいいと言うのです。少数の人たちだけが享有しているものを広く国民全体に享有できた時、歴史は進歩する。そうおっしゃいました」

自分の表現にこだわった盧泰愚元大統領

 本の中には廬武鉉元大統領とのエピソードがいくつも出てくる。その中の1つにあるのが、大統領はただ補佐官が書いた演説文を読み上げる存在ではないということ。

 この本を読む限り、崔順実被告が「演説文を最終チェック」していたのはあり得ないことだと思った。

 また、本の中には金大中元大統領と廬武鉉元大統領の演説文へのこだわりの違いなども出ていて、面白い。さらに、文章の上手な書き方についてもかなり紙幅を割いているので、文章力をつけたい人たちも買っていく。

 「君の文章ではなく、私の文章を書いてほしい。私には私なりの表現方式がある。それを尊重してほしい」

 「反復はいいけれど、重複はいけない」

 「責任の取れない言葉は入れないように」

 「たった1行で表現できるテーマが頭に浮かばなければ、その文章は書いてはいけない」

 これらが、廬武鉉元大統領が著者に要求した書き方の方針だったという。

 著者は、廬武鉉元大統領の言いたいことを録音して持ち帰り、徹夜で大統領とやり取りしながら修正に修正を重ねて演説文を仕上げていったという。

 私は、同時通訳者として何度か廬武鉉元大統領の演説を通訳したが、そんなふうに推敲して書かれたものとはつゆ知らず、「なぜ早めに原稿をくれないのかなあ」と不満に思ったりした。

 また、廬武鉉大統領の演説はとても訳しやすかったと記憶しているので、話し方にもコツがあったように思う。

 もう1冊「大統領の話し方」の作者、ユン・テヨン氏は、「廬武鉉大統領の口」と言われ、ずっと廬武鉉大統領に仕えてきた人だ。

 本が出版されたのが、今回の問題が発覚した2016年だったため、当然のようにベストセラーになった。そして、今は文在寅候補の対抗馬として浮上した安煕正(アン・ヒジョン)候補の下で働いている。安煕正候補は「第2の盧武鉉」と言われ、人気が急上昇した。

今でも慕われる盧泰愚元大統領

 廬武鉉元大統領は、韓国の外から見ると、「一時弾劾されこともある自殺した大統領」と映るかもしれない。

 だが、韓国の中では彼を慕い、今でも立派な大統領を亡くしてしまったと、残念がる人たちがたくさんいる。彼の生家のあった場所は聖地と化し、今でも参拝客が後を絶たない。

 最近、特に韓国民は二手に分かれてデモをしてきたように思う。参加していない人の方が多いかもしれないが、それでも心の中ではどちらかに属している。どちらも国のことを思っているのだと主張する。弾劾賛成派は、賛成派なりの論理があり、反対派は彼らの論理を持っている。

 廬武鉉元大統領を慕い、彼の自殺を泣きながら悲しんだように、朴槿恵前大統領の弾劾、さらには収監に際して、大泣きする人たちがいた。

 どちらも良かった頃の思い出を偲び、それが報われないことで悲しんでいるのではないだろうか。朴槿恵前大統領に関しては彼女の時代というより、彼の父親の時代(1960年〜70年代末)だろう。

 だから彼女の熱狂的なファンには高齢者が多い。その頃まだ若かった彼らは朴正煕(パク・チョンヒ)大統領の指導の下、「なせば成る」を唱えながら「漢江(ハンガン)の奇跡」を起こしてきたという自負がある。

 彼らが頑張れた時代、それこそ古き良き時代だと思っている。そして、その下で育った既得権の若者たちは俗に「金のスプーン」と言われ、崔順実被告の娘が自分を妬む同級生たちに言い放ったように「妬むなら貧乏な親を怨めば?」的な思想を持っている。

 だが、一概に既得権者に人気があるとも言えないのは、貧困層の高齢者の中にも「朴槿恵大統領大好き派」がいるということだ。

 彼らは独裁政権に洗脳された人たちだと言える。彼らにとって、朴大統領は国父であり、朴槿恵大統領はそのご令嬢なのだから、従順に従うべきだと思っている。

 だが、廬武鉉元大統領を慕う世代は、君主のように君臨した独裁政治に嫌気がさし、既得権たちを排除しようとした386世代(60年代生まれ、80年代に大学生だった人たち、今の40代〜50代)が中心だ。

 彼らは、民主主義を勝ち取り、IMF危機を国民レベルで乗り越え、ITブームを巻き起こし、IT大国となった韓国が誇らしい。

時計の針を巻き戻した不通の大統領

 しかし、金大中元大統領も廬武鉉元大統領ももう帰らぬ人となった。その後の歴史は忌々しい李明博(イ・ミョンパク)、朴槿恵大統領と続いた。

 特に、朴槿恵大統領は「(崔順実被告にしか心を開かない)不通の大統領」と言われ、独裁的で時計の針を逆戻りさせていた。これではやっと勝ち取った民主主義が台無しになるということで、蝋燭デモが始まったのである。

 「大統領の書き方」の著者に「なぜ、今あなたの本が売れていると思いますか」と聞くと、次のような答えが返ってきた。

 「不通の大統領だったことを知った国民の一部が、なぜこんな人を選んでしまったのだろうと思った時に、ああ、自分たちにも意思疎通できる大統領が昔はいたんだということで、彼の話をもう一度聞いて見たくて本を取っている人が多いのではないでしょうか」

 「大統領の話し方」の帯には、「私たちにもこんな大統領がいました。必要な時は強く説得し、時にはやさしく心を癒す大統領」と書かれていた。

 「あの頃に戻れるなら、どの時点に戻りたいですか」と言われると、それぞれ違った答えが出るように、今の韓国もそれぞれの思惑がひしめき、当分は1つにまとまりそうにない。

 バラの大統領選まで後1か月あまり。そこでどんな人が選ばれるのか。その時はぜひ不通でない疎通の人が選ばれることを望みたい。

筆者:アン・ヨンヒ