「Thinkstock」より

写真拡大

 寿命が延びるに伴い、介護者の割合も増えていくであろうことは容易に想像がつく。介護で一番悩ましいのは、スタート年齢と経過状態、介護期間が読めないことにある。わからない上に、特に認知症は本人やその家族が受け入れがたいことから、“封印”する傾向になる。

 だが、冷静に考えていただきたい。親の介護は子供夫婦や孫、親戚、職場、近所の人など多くの人がかかわるだけに、封印したことが問題を複雑化し、対策も後手後手になりがちだ。現実は、ホームドラマに出てくるような、和気あいあいとした仲の良い家庭ばかりではない。複雑な出自問題があったり、行方がわからない親族がいたり、嫁姑や小姑問題などがあったり、むしろ何もない家庭のほうが珍しい。

 こうしたこともあって、介護を根底に抱えた相続関係の親族間トラブルが、調停や裁判にまで発展するというのは、うなずける話だ。

 私事になるが、10年ほど前に家庭裁判所の調停申立て人の控室に行ったことがある。今は財産関係と離婚問題の控え室は区分されているようだが、当時は申立人が一堂に会した。筆者が見たときには、そこで世間話をしている人は皆無で、調停の案件について話し合うから、どんなことで調停を起こしているかは、筒抜けだ。

 数人以上の親族が控室の一角に陣取り、「絶対に負けない! 1円も渡さない! がんばろう!」とシュプレヒコールを上げる一団があると思えば、勢いよく控室のドアを開けたかと思うと「向こうは嘘ばっかり言っている。ひどい!」と、その場で泣き崩れるなど、目の前に広がる光景に一切の誇張がない、呆然・絶句の連続だった。

 ここまで感情がこじれては、和解までに時間も労力も相当なものになるはずだと痛感した。たとえ和解したとしても、対立する親族間の溝が埋まり、再び笑顔で全員が会することは至難の業であることに疑いの余地はないだろう。介護トラブルを知る、これ以上の現実はない。

「ここに至るまでに、なんとかならなかったのか」という思いは、生涯、払しょくされることはないだろう。同時に筆者にとっては、どんなに国や企業が介護サポート体制を整備したとしても、親族の遺恨が根底にあれば金銭トラブルも介護離職もなくならないとの教訓を残した。

●親族が元気なうちから話し合い

 では、こうしたトラブルを回避するためには、どうすればよいのだろうか。

 第一に、「後の喧嘩、先にする」との諺通り、介護トラブルを回避するためには、トラブルの発生や、場当たり的な解決を行ってミスリードをしないことが望ましい。そのためには、親族が健康なうちから親族間の話し合いをすることが非常に重要だ。

 とりわけ、マイホームの処分や建て替え、リフォームの問題は、後になるほど決断を鈍くさせたり、売却のタイミングを逃してしまう。資金面の都合から、できれば末子が社会人になったり、子供が結婚した時、あるいは子供が40代前半までに“終の住処”について考えたいところだ。

 第二に重要なのは、介護問題は、理解がある勤務先でもサポートに限界があることを認識することだ。いくら企業が従業員の介護問題を憂い、体制を整備したところで、介護に派生する従業員の親族間のトラブルや事情、不動産や金融資産問題は、それぞれの家庭の事情となるからだ。

 第三に、失礼ながら、特に給与所得者は、個人事業主や経営陣と違って、よほどのことがなければ法律や税務の相談には日頃縁がない。相談慣れしていないことから、その分野の知識が不足しているということを十分に認識することだ。

 介護は住居問題だけでなく、金融関係、後見人、遺言書など、いやおうなしに法律、税務、不動産、金融問題に直面することになる。いきなり、法律、税務、金融問題が降りかかり、何がなにやらわからなくなるというのが実情だ。親族の中に、弁護士や税理士や不動産関係者、金融関係者がいれば別だが、誰もいなければ、それらを解決しなければいけないことにすら、気がつかない。また、どこに相談に行っていいのかさえ、わからない。素人対素人の話し合いでは、ミスリードの情報の共有だったり、誤解したままになりかねない。

 第四に、介護も症状が進むにつれ、精神的・肉体的な疲労が蓄積されることを覚えておきやい。傍目からみれば、「たいした介護をしていなかったのに」と思う介護の世話も、高齢者に1日3食、規則正しく食事を食べさせたり、病院などの付き添いもあると時間的拘束が多くなる。高齢親族の予定を中心に1日は回るため、自分のことは後回しにしなければならない。

 また、夕食の準備やデイサービス(介護施設への日帰り通所)のお迎えがあって、毎日午後4時までには家に戻る人が多い。毎日毎日こうした生活を繰り返すと、第三者には理解しにくいだろうが、心身ともにクタクタになる。

 現在、相続時に介護をした人への寄与分(上乗せ)が裁判でもなかなか認められないことが話題になっている。双方に専門知識がない場合、主張を譲らないことも想定できる。介護の親族間のごたごたを他人に教えたくないという家庭も少なくない。心情的に理解できるが、厳しいことをいえば、トラブルや裁判になることを思えば、見栄や体裁は無用だ。

 第五に介護保険制度における介護とは、身体介助と生活援助であることを知る。なんでもかんでも介護関係者に相談すればいいと考える家庭も多いが、介護保険制度にはできることとできないことが明確に存在する。お金や法律や税務、ましてや親族間のジャッジなどは、専門外であることは知っておいてほしい。

 大切なことは事前に弁護士、税理士、保険関係者と話し合いをして、客観的かつ長期的なジャッジをしてもらっていれば、最悪の事態は避けられる可能性があるということだ。

●後期高齢者特有の心理

 第六に重要なのは、後期高齢者特有の心理を理解することである。この世代の方は、戦中戦後を生き抜いてこられた。それこそ「1時間後の命がどうなるかわからない」といった極限状況に置かれ、戦後の動乱期には空腹に耐え、泥水をすすって生き抜いてこられた。やがて高度成長時代には、文字通り企業戦士となってがむしゃらに働き、日本経済を支えてこられた。こうした時代を怒濤のごとく駆け抜けるための覚悟や信念は、今の若い世代には理解できないものかもしれない。その反面、ファイナンシャルスキルなど何もなくても、真面目に働いてさえいれば、将来のことなど心配いらない時代でもあった。

 それゆえ、後期高齢者の方の自負は、ときとして聞く耳を持たない頑固さを生む場合がある。加えて認知症を患うと頑固さが増し、コロコロ意見が変わる人もいるから、余計に混乱を招く。初期の場合、それが認知症によるものとは親族は理解できないときがあり、振り回されてしまうことにもなる。

 第七は、「子供に迷惑をかけないことはゼロではない」ということを認識していただければと思う。

 高度成長時代の会社員の猛烈な仕事ぶりも、どれほど大変だったかと思うが、今はITの発達により、スピード感やレベルも年々、激化している。そんななか、子供が仕事の都合をつけてきて介護のために親族に会いにきていることを実感できる高齢者は、どれほどいることだろう。

「介護状態になっても子供に迷惑をかけない」と親たちは口を揃える。中には、「ちゃんとしているから大丈夫」と断言する親もいる。その言葉を聞いて安心する子供たちも多い。

 非情と言われても、明言する。迷惑を「仕事に支障をきたす」という意味でとらえるなら、子供に迷惑をかけないことなどゼロではない。だからこそ、介護離職や離婚や裁判問題が発生しているのだ。

 もっと言えば、親兄弟、家族も同じだ。その人の仕事の大変さや段取りは、親族・家族といえども、理解してもらうのは至難の業だ。個々にそうした事情を抱えて、介護の世話をすることになるから、ストレスも貯まっていく。

 介護になれば、親族の窓口となるキーパーソンを立てる。介護関係者や病院からキーパーソンに判断を仰ぐ連絡がいくが、介護度が深刻になるほど、連絡も頻繁となる。なかにはメールが使えないからと頻繁に勤務先に電話をよこされ、勤務先から注意を受ける人もいる。

 こんな例もある。会議中に介護関係者から何度も電話が入った。重要な会議ではあったが、周囲に遠慮しながら、何事かと思って電話に出れば「ティッシュ買っていいですか?」

 親族同士だけではなく、介護関係者にも、介護者の仕事事情の理解を求め、互いを思いやることは不可欠だ。

 究極の話になるが、親が失踪した人などで、「自分には親の介護はもはや関係ない」と思っている人もいるだろう。だが、日本には火葬や遺骨の問題がある。失踪していた親が生活保護を受けたり、行き倒れになった場合、行政や病院、警察などから、ある日突然、肉親に連絡が来る。冗談でも脅しでもない、本当の話だ。何十年かぶりに、時間は強制的に戻され、感情が整理できないまま、ご遺体の引き取りの結論を出さなければならない。なかには、重篤な病気の治療中で激しい嘔吐に悩まされ、自分自身の命に直面している人にも連絡があった。

 言葉に出すのは苦しいが、認知症になったら、なおのこと、子供をはじめ多くの人を巻き込むことは、親族で覚悟をしておいた方がいい。

「子供が親の世話をするのは当然」と言い切る高齢者もいるが、どうやらそうとばかり思っていられない社会事情を、わきまえておく必要がある。

●税金や法律も把握しておくことは不可欠

 ここで、介護には士業や不動産・金融関係者などの専門家がなぜ必要なのか、具体例を紹介しよう。

 AさんとBさんの兄弟は、首都圏に住んでいる会社員だ。高齢の両親は、飛行機で片道3時間以上離れた地方に夫婦で暮らしている。最近になって父が歩行に支障をきたすようになり、介護保険制度を利用するようになった。問題なのは、両親が住んでいるマイホームだ。土地の関係で2階が玄関となっていて、道路に出るまでは10段ぐらいの階段を利用しないといけない。元気なうちはよかったが、要介護2となった今、問題になっているのが住居をどうするかだ。

「すでに階段に手すりをつけて、介護保険の住宅改修費は利用済みで、新たな課題が出た。施設に入るべきか、リフォームすべきか、どうすればいいのか」と筆者にAさんから電話があった。

 ご実家の図面も写真も見ていない、お父様の人となりや実際の状態もわからないなかでの相談だが、目の前のことに心を奪われて、長期的・包括的観点はまったく念頭にないことがわかった。

 誰が介護をするのかも決まっていないし、自宅を売却して父親を施設に入れるにしても、タイミングによっては移送の費用も異なる。さらに、どこの地域のいくらの施設に入所するかも考えなければ、母親が介護状態になった時にお金がないという事態に陥る。お金の問題は喫緊の課題になるが、税金や法律も併せて把握しておくことは不可欠だ。

 筆者は福祉用具専門相談員の資格を持つ。その立場からリフォームを考えるなら、いまば福祉用具の開発も進み、毎月のケアプランのなかで利用できるものもあるし、自腹を切ることにはなるが購入できるものもあり、大がかりなリフォームでなくても、それらを組み合わせて対応するプランも検討できる。

 単純に、玄関から道路までが問題になっているなら、介助者が操作する昇降機の設置なら、介護保険制度を利用できる。同時に、戸外だけでなく室内の動線ラインを確認して、壁のないところは天井と床を支えるつっぱり棒式手すりを利用したり、転倒しないように家具などの処分や配置換えをすることも大切だ。いずれにせよ、ケアプラン計画と照らし合わせて検討することはいうまでもない。

 地域行政によっては、所定の要件をクリアしなければいけないが、返済義務のない高齢者のための住宅改修の助成金制度もある。もちろん、その制度が整備されていない地域行政もあるが、最高で500万円の助成金が出た実例がある。同じ500万円の住宅改修をするのに、助成金をもらえるのと、ローンを組むのとでは天と地ほどの開きがある。

 専門家でない親族同士で話し合うことは大切だが、やはり餅は餅屋だ。専門家ならではのスキルと知識と情報を持っている。

 調停の控え室を思い浮かべるたび、事前に専門家が間に入ることで話を整理できたり、親族間の感情をなだめることもできるし、逆に必要不可欠ではなかったかとも思う。ただ、士業の先生方も専門がある。できるなら介護に明るい先生方にワンストップで相談できる相談先を確保することこそ、円満介護の秘訣だと確信している。
(文=鬼塚眞子/一般社団法人介護相続コンシェルジュ協会代表、保険・介護・医療ジャーナリスト)