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エットーレはどう思うのだろうか

2000年にフェルディナント・ピエヒ率いるフォルクスワーゲンの支配下に入ったフランスの伝説的ブランド、ブガッティ。その後に、ドイツ人たちが打ち出した方向性について、ブガッティの創業者エットーレとその息子ジャンが生きていたならどう感じたであろうか。興味深いが難問である。しかし、ブガッティの旗がモルスアイムにあったシャトー・サン・ジャンに再びはためくのを見たのなら、最も有名な自動車一族が喜んだであろうことは間違いない。エットーレなら、ヴェイロンの素晴らしい技術を間違いなく賞賛したであろう。それに対してジャンの場合、ヴェイロンの記録破りの速度を賞賛した一方で、優雅さが欠けている点について首をかしげたかもしれない。ブガッティのシンボルである馬蹄形のグリルと太字のEBのロゴを存続させたことは、誇り高い創設者の目にも少しやりすぎであったかもしれない。スーパーカーの王者としてのヴェイロンの知名度は、ブガッティの歴史において、T35とT57SCに並ぶ地位を保証している。究極のロード・モデルに関するいかなるレビューも、このW16エンジンを搭載したヴェイロンを欠いては完璧とは言えない。

巨大なリア・ウイングはスピードの上昇と共に角度が変わる。


眠っていた偉大なブランドの取得から、奇跡的とも言えるブガッティブランドのクルマの再生産まで、ヴェイロンの創造に至る一連の経過は、困難であったにしても、実に目を見張るものだった。1990年代後半、ピエヒの決定後すぐに、この一流ブランドを取得するための秘密交渉のターゲットがブガッティに絞り込まれた。イタルデザインがいくつかのコンセプトを提示した後、ジウジアーロによってスタイリングされたスーパースポーツ、シロン18/4がVWのスーパーカーの方向性に手がかりを与えた。同時に、フォルクスワーゲンのデザイン部門の責任者ハルトムート・ヴァルクスが率いるチームが製作したEB18/4も継続開発とされた。

世界最速ゆえに険しかった開発の道のり

カール=ハインツ・ノイマンを新生ブガッティの社長に迎え、クワッドターボ8ℓエンジンを搭載した知られている限り最初のヴェイロンである16.4が2001年にフランクフルトショーで発表されたが、その生産に至る道のりは険しかった。クルマのハンドリングの問題、オーバーヒート、前人未到の速度目標に苦労したし、ノイマンが社長を辞めた後、銀行家兼元ル・マンのドライバー、トーマス・ブシャーがこの難題に挑戦した。ヴォルフガング・シュライバー博士のエンジニアリング・チーフ就任が転機になり、ブシャーが顧客向けに約束した納期である2005年11月という期限を守るため、ヴェイロンは、優秀な90名のエンジニアリング・チームにより、24カ月の間に一新された。

ヴェイロン16.4スーパースポーツがギネス・レコードをマークした際のショット。


自動車雑誌による最初のロード・テストは、リラックスしたまま造作もなく320km/hに達する驚異的なヴェイロンを絶賛した。メディアは、「買物車にも使える1013psのスーパーカー」としてヴェイロンの驚異的な二重性についても絶賛した。

スーパースポーツで1200psに

ヴェイロンが450台生産される間に、スペシャル・バージョンや、ワンオフ・モデルなどが数多く作られたものの、その決定版といえるのは16.4スーパースポーツ・ワールドレコードエディションであろう。大胆な黒とオレンジの配色は、デザイナーズ・ブランドのジョギング・シューズのような塗装を施しただけのように見えるかもしれない。しかし、そのはち切れそうな筋肉質のカーボンファイバー・モノコック・ボディのスーパースポーツは、実は全面的に設計し直されている。クランクシャフトを共有する2つの狭角4ℓV8エンジンを実質的に組み合わせたW16エンジンは、改良された4つの大きなターボチャージャーを備え、圧縮率は低めなものの、出力は6400rpmで驚異的な1200psに達する。設計の見直しにより、トルクも127.0kg-mから壮大な153.0kg-mに引き上げられた。車重を50kg落として1838kgとしたことにより、パワーウェイトレシオが1t当たり662psになった。これは、675psのラ フェラーリにより、最近になってようやく突破されたが、マクラーレンF1の559psでも及ばない。しかし、パワーだけではない。

ジャン・ブガッティなら優雅さが欠けている点について首をかしげたかも。

すべてがそのパワーに合わせられた

この驚異的な大パワーに対応するため、7段変速デュアル・クラッチ・トランスミッションを英国のレーシングカー専門会社リカルドと共同で開発した。このトランスミッションは、ハルデックスのフルタイム4輪駆動にパワーを分配する前に、フル・オートまたはセミ・オート・モードで作動する。

超高速性能に対応するため、ヴェイロンのダブル・ウィッシュボーン用に改良された制御機能を備えるオーダーメイドのダンピング・システムを開発する必要があった。巨大なカーボン・セラミック・ディスクを使ったブレーキは変更されなかったものの、ボディ・ワークを改良する際に冷却性能の向上に重点が置かれた。新しい20インチ・マグネシウム・ホイールに合わせ、ミシュランが特殊なタイヤ(フロントが265/35、リアが365/30)を設計した。ヴェイロンのあらゆる要素とまったく同様に、交換には巨額の費用を要し、新しいタイヤだけでも、フォルクスワーゲン・ゴルフの新車1台分する。ー

大胆な黒とオレンジの配色は、デザイナーズ・ブランドのジョギング・シューズのようだ。


スーパースポーツのスタイリングの変更には、ヘッドライト下部へのダクトの追加と、冷却効果を高め、2つのリアウィングへのエアフローを改善するルーフ上の大型のNACAダクトが含まれている。高速での視認性を向上させるためにAピラーも元のものより細くした。

378km/hを超えて加速する場合、リアにある幅の広い複葉ウィングが展開されるのを止めるための2つめのイグニションキーが用意されている。ウイングの動作は加速のテンポが速いため、標準モードよりも早く作動するというもの。

最高速度431km/hのギネス記録

ル・マンのエース、ピエール=アンリ・ラファネルが、自分の運転するスーパースポーツで、2010年にフォルクスワーゲンのエーラ・レシエン・オーバルテストコースを周回し、431km/hの記録を認定するようギネスブックに求めたが、その2番目のキーが改造であると見なされ、認定が取り消された。しかし、ギネスは、異議申立てを受け、リミッターにより車両やエンジンの基本的な設計が変更されていないことを理由に認定を復活させた。その後、ヘネシー・ヴェノムGTが435km/hを記録したものの、テストコースを一方向だけに走った記録だったため、ヴェイロンがまだギネス記録を保持している。また、マクラーレンF1は、1993年、ナルドでリミッターを外して最高速度386km/hを達成。これが自然吸気での世界記録となっている。

特殊な形状のエグゾースト・パイプ。


その後、ヴェイロンでラファネルを破った者はおらず、ラファネルも自分の記録を急いで更新するつもりはないようだ。「われわれが時計回りに高速走行したとき、最高の出来だと思ったのですが、記録が認定されるためには時計回り、反時計回りで計測する必要がありました。反時計回りに走ったところ、妙な振動が出たのです。最初は原因が誰にもわかりませんでした。それにはドキッとしましたが、路面のせいだったことが判明したのは速度記録を達成した後のことでした。これまでエーラ・レシエンを反対方向に走行したクルマはなかったため、小さな波紋が振動の原因になるとは思ってもいなかったのです。ヴェイロンの洗練された挙動は独特で、ドラッグスターとはまったく異なるものでした。全速で走行すると、たった1秒でサッカーグラウンドの長さを駆け抜けるのです」

実は運転しやすいクルマでもある

ラファネルは、人々の関心がヴェイロンの最高速度にばかり向いていると語る。「最も衝撃的だったのは運転のしやすさで、この決定版のモデルでさえも安全性に配慮した設計がされています。スーパースポーツは、他のクルマとは力学的に完全に異なっています。ステアリングが軽く、シャープで、しかもブレーキが優れています。また、エンジンのフィーリングも違います。それは3000-5000rpmといった回転域でフルブーストが得られ、よりスポーティなドライブが可能ということです。性能の密度という点でヴェイロンにかなうクルマはなく、その驚くべき限界に迫れるドライバーはほとんどいません。ヴェイロンは、アドレナリン全開のマシンであり、あらゆる操作をスムーズに行う必要があります」

マグネシウム製の合金のホイールとタイヤのセットで約270万円もする!


鍵となるのがESPシステムだ。これは、ドライバーの積極的過ぎるステアリングやアクセル操作を感知した場合に、クルマがまっすぐになるまで、出力を劇的に絞ることにより、「アンダーステアコントロール」に切り替わるというものだ。「確かにESPを切ることもできます」と彼は語る。「けれども、これほどの重量のエンジンを背負って、冒険をして良いクルマではありません。そのような無謀な運転はヴェイロンの設計思想に反しています。ヴェイロンが弱点を見せるのは雨の時だけです。深い水溜まりをタイヤが処理できないからです」

理解を遥かに超えた加速力

ラファネルと数周するだけで、ヴェイロンの爆発的な加速がすぐ判明する。AUTOCAR誌が2011年にテストした際、ヴェイロンは様々な記録を塗り替えた。0-322km/h加速の22秒という記録は人が理解できる領域をほとんど超えている。しかし、本当に印象的なのは、地平線に向かってロケットのように突進しても不安要素が一切存在しない点だ。その瞬間、テストコースの直線がとても短く感じられる。また、急ブレーキを踏んでも、コンポジット材でできた大型のディスクの効きは極めて良く、異常な振動も、そわそわする感じもない。エアブレーキによって支援され、減速する際の挙動は、発進する際と同じくらい印象的である。

ラファネルがヴェイロンへの強い愛着を持っていることは明白であり、スーパースポーツの大胆なツートンカラーさえ気に入っている。「私は、このデザインが気に入っています。というのも、最初のレース用ヘルメットがマルボロ・カラーだったからです」

墓石を連想させるダーク・カラーでまとめ上げられたインテリア。

非現実的な速度域でこれほど洗練されたクルマはない

運転席から見ると、暗色のインテリアは飾り気がなく、それは墓石を連想させる。過剰なまでに黒が使われた仕上げは、初期のヴェイロンの明るいデザインとは対照的である。しかしながら、超高速加速性能を解放し、視界がぼやけてくると、細かい美感は気にならない。驚異的な発進速度にもかかわらず、ヴェイロンの挙動は、フルスロットルに至るまでの間、完全に落ち着いている。ステアリングの重さは最適であり、4輪駆動が、1200psの馬力を戦慄するほど上手に処理している一方、7段DSGオートマティック・トランスミッションは、それぞれの切り換えをシームレスに行う。このような非現実的な速度域において、これほどまで洗練されていることに仰天する。人々はヴェイロンに過激な性能を期待しがちであるものの、その最大の成果は、このような巨大な出力を見事に落ち着いて供給しているその方法にある。他のスーパーカーの方が個性豊かなものの、ヴェイロンは、それまでの限界を押し上げた。

ステアリング・ホイールにつけられたスーパースポーツのレタリング。


噂によれば、ピエヒは、ル・マンのミュルサンヌ・ストレートでの速度記録に対抗するため、ヴェイロンの目標を407km/hに設定したという。ミュルサンヌで400km/hの壁を破ったのは、ザウバーC9とWM-プジョーP87のみだった。しかし、ヴェイロンが実に乗りやすく、老婆でさえ運転できる点を考えると、レーシングカーとのこのような比較は無意味に思えてくる。

「ブガッティ・ブランドで100万ポンド(1億8,500万円)、1014ps、最高速度402km/hのスーパーカーを製作します」。フォルクスワーゲンのピエヒ取締役会会長が2000年のジュネーブサロンでそう発表したとき、それが実現し、ましてや売り切れるなどとは誰が想像しただろうか。それから15年後、息をのむようなヴェイロンは、今なお新しい世代の愛好家のポスターを飾るクルマ。その不吉なまでに黒いボディを身にまとい、たくましい、硬質な存在感に匹敵し得るクルマは、バットモービルだけではないだろうか。

ブガッティ・ヴェイロン16.4スーパースポーツ

■0-100km/h加速 2.5秒 
■0-200km/h加速 6.7秒 
■0-300km/h加速 14.6秒 
■最高速度 415km/h 
■全長×全幅×全高 4462×1998×1190mm 
■ホイールベース 2710mm 
■乾燥重量 1838kg 
■エンジン W型16気筒7993ccクワッド・ターボ 
■最高出力 1200ps/6400rpm 
■最大トルク 153.0kg-m/3000-5000rpm 
■ギアボックス 7速DSG 
■サスペンション 4輪ダブル・ウィッシュボーン 
■ブレーキ 4輪カーボン・セラミック・ベンチレーテド・ディスク 
■タイヤ 265-680ZR500A / 365-710ZR540A 
■燃費(混合) 4.3km/ℓ